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コラム 木内登英のGlobal Economy & Policy Insight

覇権安定論とツゥキジデスの罠

2018/11/12

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キンドルバーガーの覇権安定論

世界恐慌後に生じた世界経済の混乱の背景を、世界的な指導国、覇権国の欠如に求めたのが、世界恐慌の研究などで知られる米国経済学者、チャールズ・キンドルバーガーだ。同氏は1973年の著書「大不況下の世界 1929-1939」で、第1次世界大戦後に英国が覇権を失った一方、米国がまだ世界をリードする覇権国にはなり得なかった、あるいはその自覚が十分になかったことが、世界規模での経済混乱の背景にあり、ひいてはそれが第2次世界大戦に繋がったと説明した。

キンドルバーガーは、大恐慌以前の世界経済が安定的であった一方、世界恐慌後には経済の悪化が防げなかったことは、国際経済を管理する覇権国の存在があったか否かの違いに起因すると説明した。さらに、ルールを作り出し執行する、強い指導国の存在が、政治、経済などのグローバル・システムの安定を確保すると主張した。こうしたキンドルバーガーの考えを政治学的に理論化したのが、「覇権安定論(theory of hegemonic stability)」だ。

トランプ政権は、米国が覇権国を維持することの負担を問題視している。米国が主導して作り上げてきた様々な国際的な秩序のもと、他国がそうした秩序、枠組みを自国の利益のために使い、その結果、米国の利益は損なわれてきた、との不満をトランプ政権は強く抱いている。覇権国がその負担に耐えかねて、自ら覇権国の地位を降りるというのは、覇権国の交代のパターンの一つとして長い世界の歴史の中では珍しいことではないだろう。

米中対立は歴史の必然か

ところで、米国に代わって中国が一気に世界の覇権国の地位を得ると考える向きは、まだ少数派だろう。

米ジョージ・ワシントン大学のデービッド・シャンボー教授は、覇権国に必要なのは軍事力のみならず、高い技術と強い経済力、影響力を維持するためのソフトパワーであり、中国はそれを理解しているという(注1)。しかし、中国には真の同盟国はなく、軍事力に加えて外交力も地域的に限定されており、未だ覇権国としての条件を満たしていないと指摘している。

他方、中国は、米国が作り上げてきた世界の秩序、規範が、中国のような新興国にとっては不利になっていると考えているのだろう。そうした考えが、南シナ海での中国の海洋進出と米国の間における対立などを生んでいる。

覇権国が、その地位を維持するための高い負担に耐えかねて、自ら覇権国の地位を降りる形で覇権国の交代が実現するケースよりも、覇権国同士の軍事的対立が覇権国の交代をもたらすケースの方が、歴史的に見ればより一般的なのではないか。こうした見方を米国の政治学者グレハム・アリソンは「ツゥキジデスの罠(The Thucydides Trap)」として警告する。ツゥキジデスは古代ギリシアの歴史家で、その著書「戦史」のなかで、海上交易を抑える経済大国としてアテナイが台頭し、陸上における軍事的覇権を事実上握るスパルタの間で対立が生じて、長年にわたる戦争、ペロポネソス戦争が勃発したことを記述している。

そこから、急速に台頭する大国が既成の支配的な大国とライバル関係に発展する際に、当初はお互いに望まなかった軍事的な対立に、いずれは及んでしまうという様子を、ツゥキジデスの罠と表現している。

ハーバード大学のベルファー・センターの研究によると、過去500年にわたる新興国とその挑戦を受ける覇権国との関係を示す16の事例で、実に12件までが戦争に至ったと分析している。また、20世紀に日本が台頭した際の日露戦争、太平洋戦争などもこれにあたるという。戦争を回避できた事例でも、覇権国が国際システムやルールの改変などの大きな代償を強いられたとされる。

過去の歴史を紐解けば、このように、戦争を伴う覇権交代が実現されるケースは確かに多い。しかし、そうしたいわば運命論に流されてしまうことなく、当事国である米国、中国、そして日本を含めた他国は、将来の戦争回避に向け、十分に知恵を絞らねばならない。

(注1)"What Does a Chinese Superpower Look Like? Nothing Like the U.S.", Bloomberg Businessweek, August 28, 2018

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