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米中貿易停戦と日米交渉への影響

2018/12/03

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追加関税先送りで合意

12月1日に開かれた米中首脳会談では、来年年初から予定されていた中国からの2,000億ドル相当の輸入品への追加関税率を、現行10%から25%に引き上げる措置の実施を、90日間猶予することで両国が合意に達した。これは米中貿易戦争が、一時停戦の局面に入ったことを意味しよう。

両国は、米企業への技術移転の強要、知的財産権の保護、非関税障壁、サイバー攻撃、サービスと農業の市場開放、の5つの分野で協議を続け、90日以内に結論を得ることで合意した。90日以内に合意できなければ、2,000億ドル分の中国からの輸入品への追加関税率は25%に引き上げられる。

経済協力開発機構(OECD)の推計によると、現在までに実施された追加関税措置により、米国及び中国のGDPはそれぞれ0.2%、0.3%押し下げられる。来年年初から2,000億ドル相当の中国からの輸入品への追加関税率が25%に引き上げられれば、両国GDPの押し下げ効果はここから一気に倍増する計算だ。

こうした事態がとりあえず回避できたことは、世界経済にとっては良いニュースであり、当面の金融市場の安定にも貢献するだろう。

完全合意は見えない

しかし、トランプ政権にとっては、中国政府からさらなる譲歩を引き出すために圧力をかけ続ける、そうした場としての両国協議を続けることを合意した、という意味合いが強いのではないか。これは、中国政府に多少の時間的猶予を与えたに過ぎない。中国政府は、市場開放の拡大、米国産の農産品や液化天然ガスなどの輸入拡大で米国側と合意した。農産品の輸入拡大については直ぐに実施するとされているが、これは以前から中国政府が表明してきたことの延長でしかない。トランプ政権が、こうした中国側の措置だけで満足することはないだろう。

トランプ政権の最大の関心は、米中間の貿易不均衡是正よりも、「中国製造2025」のもと、あるいは米国からの技術流出などを通じて、中国の先端産業がいずれ米国を追い越し、米国の軍事的優位を脅かすことを未然に防ぐ点にあるはずだ。この点からトランプ政権は、製造業で強国を目指す「中国製造2025」の修正及び撤回や、知的所有権侵害への厳格な対応を中国に求めている。後者については、中国政府は多少対応を進めている感があるが、前者については、米国側の要請に中国は全く答えていない模様だ。国の関与で中国を世界の強国に発展させるという戦略は、中国の国家システムにも深く関わることでもあり、それを海外からの圧力で修正すれば、一気に政治体制の弱体化に繋がりかねない。

こうした中で、トランプ政権が中国との貿易戦争を終結させ、追加関税措置を撤回するようなことはありえないだろう。少なくとも90日の猶予期間内に、中国政府がトランプ政権を満足させる譲歩を示し、最終合意に達することは難しい情勢だ。

ムニューシン財務長官、クドロー国家経済会議(NEC)委員長ら、トランプ政権内での穏健派がまとめた感が強い今回の一時停戦合意に対して、再び政権内の対中強硬派が巻き返して、追加関税拡大を強く主張し、トランプ大統領もそれを受け入れる可能性は十分に考えられるところだ。穏健派がまとめた米中対話の枠組みのもとで、協議中は追加関税措置をとらないという約束を、トランプ政権が一方的に破ったという事例は、実際のところ、今夏に起きている。

日米貿易協議が始まる

来年1月下旬頃から、日米貿易協議が始まる。先週末にアルゼンチンで開かれたG20の場で、トランプ大統領は安倍首相に対して、「貿易赤字が巨大だが減ってきた」、日本による最新鋭ステルス戦闘機F35の購入方針に、「感謝を表したい」、などと述べている。こうした発言からは、トランプ大統領が対日姿勢を多少軟化させたかのような印象も受けるが、一方で、「貿易赤字が是正されるよう首相と協力していく」と述べ、日本に対して更なる対応を促している。

米中貿易戦争が一時停戦の局面に入ったことは、今後の日米貿易協議にどのような影響を与えるのか。今夏、貿易問題を巡って欧州連合(EU)と一時停戦で合意した直後に、トランプ政権は貿易政策で中国に対してより厳しい対応を示した。この経験を踏まえると、中国との貿易交渉で日本側から協力を得る必要性が薄れる、あるいは貿易交渉を一国に集中できる、という観点から、米中一時停戦は、トランプ政権が日本に対してより厳しい姿勢で貿易協議に臨むきっかけとなるのではないか。

トランプ政権は、対米自動車輸出の削減、米国自動車の輸入拡大、農産物及び牛肉の関税率引き下げなどを、日本政府に強く求めてくることは必至だ。交渉が行き詰まれば、「金融政策を利用して、輸出を拡大させるための不当な通貨安政策を実施している」と、トランプ政権は日本を批判する可能性があるだろう。そうなれば、円高リスクが高まる可能性が高い。

米中首脳会談では米中一時停戦がなんとか合意されたが、これから始まる日本の対米貿易交渉については、その見通しはかなり厳しい。

執筆者情報

  • 木内登英

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部
    エグゼクティブ・エコノミスト

    金融ITイノベーション事業本部 エグゼクティブ・エコノミスト

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