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EV補助政策に見られる米中の乖離

2018/12/07

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トランプ政権はEV補助金を廃止へ

クドロー米国家経済会議(NEC)委員長は12月3日、電気自動車(EV)等の購入に対する連邦政府の補助金打ち切りを検討していることを明らかにした。実施時期はまだ決まっていないが、2020年あるいは2021年になる可能性を示している。現在、EVの購入者は最大で7,500ドル(約85万円)の税額控除を受けることができる。

この補助金制度は、自動車の電動化を進めて温室効果ガス排出を減らすことを目的に、オバマ前政権が導入したものだ。トランプ政権は、オバマ前政権が始めた多くの政策を、経済、外交などあらゆる面で覆しているが、この補助金の打ち切りもその一つといえる。ただし補助金の打ち切りには議会手続きが必要になるとみられ、ねじれ議会の下でそれが実現されるか否かについては、不確実性が残る。

トランプ大統領は11月27日に、米国内の一部工場の閉鎖を決めた米自動車大手ゼネラル・モーターズ(GM)に対して、すべての補助金の打ち切りを検討していると、ツイッターに投稿した。その後、クドロー委員長は、そうした計画はないと大統領の発言の火消しに動いた。ただし、その発言の背景には、GM以外も含めてすべての自動車メーカーのEV補助金を打ち切る、という政府内での議論が既にあったのだろう。

中国シフトが進む日本の自動車メーカー

EV補助金廃止の方針は、EVに活路を見出そうとしている世界の自動車メーカーの米国での生産、販売戦略に、今後悪影響を与えることになるのではないか。

ところで、日本の多くの自動車メーカーは、中国での生産能力を大幅に増強する計画だ。日系車の世界販売量のうち、既に約3割が中国市場だ。また、2018年の中国での新車販売台数は3,000万台に達し、米国での1,750万台前後を大きく引き離す見込みだ。米国を抜いて世界最大の自動車大国になった中国は、日本車メーカーにとって最後に残された成長市場の一つとも言えるだろう。

さらに、日本の自動車メーカーが中国での投資を拡大させる背景には、合弁先との提携などを通じて中国にEVを投入し、それを足がかりにして世界最大のEV市場である中国市場の開拓を進めようとする戦略もある。

中国のEV市場は急拡大している。乗用車販売に占めるEV比率は今年4-6期に4%近くまでに上昇した。これは、欧州の2.2%、米国の1.6%を上回っている。また、世界のEV市場に占める中国シェアは、17年時点で47%にまで拡大し、今年は55%にまで高まると予測されている。

中国でEVの生産、販売が急速に拡大している背景には、中国政府による強力な政策が影響している。中国政府は、EVやプラグインハイブリッド車(PHV)を指す「新エネルギー車(NEV)」の普及拡大を進めている。そのための具体的な政策手段は、補助金やナンバープレート発行での優遇、そして、2019年から自動車メーカーに一定比率の新エネルギー車(NEV)製造・販売を義務付ける「NEV規制」である。新エネルギー車の中国での販売台数は、2017年に前年比1.5倍の約80万台に達したが、2020年には200万台を政府は目指している。

中国のEV化戦略は、乗用車だけでなく、商業用自動車についても積極的になされている。中国では、ガソリン燃料のタクシーやトラック数百万台を新しいEVに置き換える国家プロジェクトが、現在進められている。狙いは、世界規模での交通機関のEV化で、主導権を握ることだ(注1)。

日本メーカーは米国での現地生産拡大に慎重か

年明けには、いよいよ日米貿易交渉が始まる。米国は、対米貿易赤字の64%を占める対米自動車輸出の抑制を日本に要求してくる可能性が高い。その際、あわせて米国での自動車の現地生産の拡大を求めてくるだろう。

しかし、既にEVなど新エネルギー車の生産、販売の拡大に活路を見出そうとしている日本の自動車メーカーは、米国での現地生産拡大に慎重となるのではないか。特に、EVの普及を巡る政策的支援が、このように米中で大きく乖離していくなかでは、米国市場の相対的な魅力は一段と低下し、トランプ政権の思惑とは全く逆に、日本の自動車メーカーの中国シフトが一段と進む可能性があるだろう。

(注1)"China Takes Driver's Seat in Electric Buses", Wall Street Journal, December 4, 2018

執筆者情報

  • 木内登英

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部
    エグゼクティブ・エコノミスト

    金融ITイノベーション事業本部 エグゼクティブ・エコノミスト

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