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ECBのドラギ総裁の記者会見-Achievements

2019/10/25

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はじめに

ECBの10月政策理事会は、全会一致で金融政策の現状維持を決定した。ドラギ総裁にとって任期満了前の最後の定例会見とあって、記者からは在任中の回顧といった質問が示された一方で、前回(9月)の金融緩和パッケージに関する理事会メンバーの意見対立を取り上げる向きも少なくなかった。

景気と物価の判断

ドラギ総裁が冒頭説明で示した判断は、当然ながら直前のIMFCでの声明文(ECBのウェブサイトに掲示されている)と基本的に同じである。

その上でドラギ総裁は、賃金や雇用の拡大に支えられている家計支出や、緩和的な金融環境、緩やかな財政支出の拡大といった下支え要因はあるものの、企業活動はやや悪化しているとの見方を示した。

つまり、7月の政策理事会までは製造業とそれ以外の産業が対照的な動きを示しているとしていたが、今やサービス業などにも下方圧力が波及し始めた可能性を指摘した。これに対し物価は、インフレの基調やインフレ期待が依然として低調ながら横這いで推移しているとした。

政策判断

冒頭説明と質疑応答の双方において、ドラギ総裁は、今回(10月)の政策理事会では前回(9月)に決定した金融緩和パッケージの遂行を全会一致で支持したことを強調した。

これに対し多くの記者は、政策決定に対する多くの反対意見が明らかになることの異常さを指摘したが、ドラギ総裁は、そうしたことは前例もあり、意見の相違は議論の健全さを示すと反論した。加えて、前回(9月)は反対意見を表明したメンバーからも、決定したことは実施すべきとの指摘や、政策理事会としての結束が重要との指摘があったと明らかにした。

また、一部の記者は、前回(9月)の政策判断に際しては、政策理事会が個々の政策手段に関して、NCBによる"committees"に予め検討を指示し、その報告を踏まえて議論する形をとったはずであるとして、ドラギ総裁の独断専行の可能性を質した。これに対し、ドラギ総裁は議事要旨を読み上げ、個々の政策手段にどのような議論があったか説明する一幕もあった(前回の本稿で説明したように、この議事要旨は賛否の状況を詳細に記載している)。

さらに、別の記者からは、こうした形でも金融緩和に踏み切ったことの意味を問い直す意見も示されたが、ドラギ総裁は、上記のように景気を巡る動きが厳しさを増す中で強力な金融緩和の実施には政策理事会で幅広い支持がある点を確認した。さらに、前回(9月)の政策判断はECBによる政策目標の追求に対するコミットメントをアピールし、政策運営に対する信認を高めたとして、判断の適切さを強調した。

その上でより根本的な問題として、別な数名の記者からは、こうした意見の対立によって今後の政策運営が制約されるリスクや、その点に関して後任のラガルド氏に助言すべき内容といった点に関する質問が示された。

ドラギ総裁は、上記のように政策理事会内では結束の重要さが共有されているとして、そうした懸念を否定するとともに、ラガルド氏はECBの政策運営を十分理解しているとして、特に助言すべきことはないと述べた。

在任中の回顧

ドラギ総裁は、在任中の誇れる点や後悔している点に関する多くの質問に対しては、直接的な回答を避け、そうした評価は歴史に委ねる姿勢を貫いた。ただ、先に退任したPraet理事が、金融政策の「正常化」を成し遂げられなかったことに言及した点に関しては、ドラギ総裁も「正常化」に向けて周到な準備を行ったことを指摘するなど無念さを示唆した。

一方で、この間にECBが達成した最も重要な点として、政策目標に対するコミットメントと、それが適切に理解されるようになったことを挙げ、金融政策の「正常化」を断念したのも、政策目標の達成を巡る環境が大きく変わったからであるとして、判断の適切さを強調した。

また、ドラギ総裁が就任した債務危機の当時は、ユーロ圏(EMU)の存続自体を危ぶむ声も少なくなかったことを確認した上で、今や、多くの域内国においてユーロの存在価値が理解され、かつてない高水準の支持を集めていると主張した。実際、ギリシャも市場での国債発行に復帰しているが、ドラギ総裁は、ギリシャ政府とギリシャ国民の努力の成果と賞賛するとともに、ECBも他の公的機関とともに幾分か貢献したと述べた。

この間、数名の記者はドイツにおけるドラギ総裁への根強い批判を取り上げ、これに関する感想や後任への助言を質したが、ドラギ総裁はそうした批判の強さを認めつつも、質問に対する直接的な回答は避けた。

将来の課題

質疑応答では、より長期的な視点からの課題についても取り上げたられた。なかでも数名の記者は、中央銀行に対する政治的な圧力が高まる傾向にあることに懸念を示したが、ドラギ総裁はユーロ圏も例外ではないとしつつも、他国に比べて顕在化していないとの認識を示した。

一方でドラギ総裁は、IMFなどの場でも、低金利はいずれは解消する事象との認識から、長期にわたって持続するとの認識に転換したことを指摘するとともに、マイナス金利を例に挙げて、副作用の軽減に配慮することの重要さも示唆した。

また、財政政策との協調がfinancial repressionなどのリスクに繋がるとの懸念を否定し、柔軟な財政運営によって金融政策の効果が発揮されやすくなるとの考えを確認した。また、上記のIMFCでの声明文を繰り返す形で、ユーロ圏においても、域内国が各々財政政策を運営するだけでなく、最終的には中央集権的な財政機能をもつことが望ましいと主張した。

なお、ドラギ総裁自身の今後に関しては、かつてラガルド氏がIMFの退任後はgrand motherになると回答したことを引き合いにしつつ、何らかの構想があるか質す向きもみられたが、ドラギ総裁は「わからない」との回答を繰り返すとともに、「妻の方が良く知っているので、妻に聞いて欲しい」と述べていた。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融ITイノベーション研究部

    主席研究員

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