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日米貿易協議初会合に臨む日本の戦略

2019/04/11

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日米首脳会談直前の貿易協議開催の意味

日米貿易協議の初会合が、4月15~16日にワシントンで開かれる見通しとなった。日本からは茂木経済財政相が訪米し、交渉相手であるライトハイザー米通商代表部(USTR)代表と会談する。

日本側が物品貿易協定(TAG)交渉と称しているこの日米貿易協議は、昨年9月の日米首脳会談で決定され、米国議会の承認を経て今年1月下旬には開始することが可能であった。しかし、米中貿易協議が長引く中、協議の開始が先送りされてきたという経緯がある。

他方、このタイミングでの協議開始は、日本側からの働きかけで実現したのではないか。それは、4月26~27日の日米首脳会談の前に開催しておくことが、日本側にとっては重要であるからだ。

日米首脳会談で、トランプ大統領が貿易問題について日本を突如強く批判するような事態を避けるには、「とりあえずは、既に始まった閣僚レベルでの協議に任せてほしい」、とトランプ大統領を説得しておく必要がある。そのためには、日米首脳会談の前に、閣僚レベルでの協議が既に始まった、という実績を作っておく必要があるだろう。

協議の対象分野が優先議題となる可能性

これは、トランプ大統領を外して、麻生副総裁とペンス副大統領との間で貿易問題を交渉し、時間稼ぎを図った、以前の日米経済対話と似た戦略だ。しかし、それが上手くいかなかったがために、交渉の枠組みは今回の日米貿易協議に変わったのである。日米経済対話の背後にあった日本側の戦略も、トランプ大統領には見抜かれていたのではないか。その場合、今回の日本側の戦略も上手くいかない可能性も相応にあるだろう。

初回会合では、今後の協議の対象分野が優先議題となる可能性がある。日本側は、物品の関税を対象にした協議と説明しているのに対して、後に見るように、米国側は、サービス分野も含めたより広範囲な交渉を強く望んでいる。協議の名称についても、日本側はTAGとしているのに対して、米国側は日米自由貿易協定(FTA)としており、明らかに食い違っている。

ただし、協議の対象分野についての両国の認識の違いについては、今回の交渉では玉虫色に留めるよう、日本側は議論を誘導していく可能性もあるだろう。

USTRの交渉方針

ここで、今後の日米貿易協議に臨む米国側の姿勢を確認するために、関連する米国側の報告書の内容を振り返ってみよう。

USTRは昨年12月に、日本との新たな貿易協議について22項目にわたる交渉方針を公表した。米国の貿易関連法では、貿易交渉を正式に始める30日前までに、その具体的な方針を公表することが政府に求められている。この公表を受けて、日米貿易協議を今年1月下旬から始めることが可能となった。この方針は、日米貿易協議が日本にとってかなり厳しいものとなることを意識させる内容となったといえる。

交渉方針で最も注目されるのは2点だ。第1は、米政府が幅広い分野での協議を望んでいることが明らかになったことだ。日本政府は、日米貿易協議は物品関税の協議に概ね限る、との説明をしてきたが、今回の方針はこれを真っ向から否定している。

この方針では、情報通信や金融サービスなどのサービス貿易、知的財産、製薬や医療機器など広範な産業分野を交渉対象にするとされた。さらに、デジタル分野での国際取引や、労働・環境規制といった分野も含まれており、かなり包括的な協定の締結を目指す方針を表明している点が注目される。これは、日本政府が今まで強く否定してきた、日米自由貿易協定(FTA)の締結を目指した方針に他ならない。

自動車貿易に関しては、日本の非関税障壁に対処したり米国生産や雇用を増やしたりする条項の導入を強硬に求めている。非関税障壁とは、米国車の日本市場への参入を阻んでいると米国政府が考える、安全・環境基準の認証制度を意味していよう。

円安誘導阻止の方針

第2の注目点は、USTRが方針に「不公正な競争上の優位性を得るために、日本が為替レートを操作するのを防ぐ」と明記し、輸出を不当に後押しする為替操作の防止を正式に交渉目標に掲げたことだ。米政府は従来から、為替問題を日米貿易協議のテーマの一つにすることに言及していたが、それが、正式な形で示された。

昨年4月に米財務省が発表した為替報告書でも、円の価値は2013年上期から過去の平均を下回り始め、実質実効円レートは過去20年の平均を25%下回っていると記述された。これは、2013年春に始められた日本銀行の金融緩和策が、円安誘導を狙った措置だ、という米政府の認識を反映していよう。

今後始まる日米貿易協議は、幅広い分野で日本政府が防戦を強いられることが避けられず、さらに通貨問題も交渉対象となることから、日本銀行の金融政策にまで影響が及ぶことになろう。

米大統領経済報告は「日米FTA」と表記

さらに、今年3月19日に公表された米国の大統領経済報告でも、対日貿易協議に臨む米政府の厳しい姿勢が改めて確認された。その中で特に注目されたのは、「日米貿易協議ではFTA(自由貿易協定)締結を目指す」とされた点だ。

昨年9月の日米首脳会談後に、日本政府は、「日米間で締結を目指すのは、物品の関税等を議論するTAG(物品貿易協定)であって、サービス部門なども含む、より広範囲のFTAではない」と説明していた。これは、FTAという言葉に、日本側が農産物の関税引き下げなどで大幅な譲歩を迫られる、との悪い印象を持つ向きが少なくないことへの配慮だろう。

しかし、今回の大統領経済報告では、USTRの交渉方針と同様に、こうした日本政府の説明が、あっさりと覆されてしまったのである。同報告では、「関税・非関税障壁が米国の物品やサービスの輸出に立ちはだかっている」と日本を強く批判していることから、農産物の関税引き下げに加えて、米国からの輸入に対する非関税障壁を議論したい、ということだろう。その場合、米国からの自動車輸入を阻んでいると米政府が考えている、自動車の認証制度の見直し、などが主に想定されているのではないか。

また、同報告では、日本が豚肉や牛肉の輸入品に課す関税率について、米国と比べて、「オーストラリアなどの競合国に対する税率はかなり低い」と指摘している。これは、環太平洋パートナーシップ(TPP)協定、あるいは日・EU経済連携協定(EPA)が発効した結果、そこに加わらない米国にとっては、対日輸出の条件が悪化していることを意味していよう。

日米貿易協議では、豚肉、牛肉、あるいは農産物の米国の輸出について、TPP加盟国と比べて不利な条件とならないよう、日本に対して関税率の引き下げを米国は強く要求するだろう。実際、同報告では、「FTAを結べば競争条件を対等にできる」と強調されている。USTRのライトハイザー代表は、対日貿易協議では農業分野を中心に早期の取りまとめを目指す意向を示している。

日本側はG20と絡める戦略も

このように、米国側が強い姿勢で対日貿易協議に臨んでくる中、日本側はかなりの防戦を強いられる可能性は高い。しかしその中でも、米国側の強硬姿勢を緩和させる手段として、今年は日本がG20議長国であることを利用する戦略をとることも考えられるのではないか。

日本政府は、6月に日本で開かれる20カ国・地域財務相・中央銀行総裁会議(G20)、あるいは、早ければ4月11、12日にワシントンで開かれるG20で、モノの貿易やサービス取引の動向を表す経常収支の不均衡への対応を各国に提起する、と見られる。それには、2国間の貿易・経常不均衡は、双方の貯蓄投資バランスで決まる面があるということを、トランプ大統領に認知させる狙いがあるのだろう。

トランプ大統領は、米国の貿易赤字は、貿易相手国の不公正な貿易慣行と不当な通貨安誘導策によってもたらされていると思い込んでしまっている。しかし、実際には、2国間での貿易不均衡は双方の貯蓄投資バランス、いわば需要供給バランスで生じている側面がある。

米国の貿易赤字の拡大は、大型減税やインフラ投資の拡大など米国政府による財政拡張策が超過需要を生み出し、需要が供給を上回って輸入が増加するから生じている面があること、つまり米国の政策運営にも原因があることを、日本政府は米国側に認識させることを考えているのではないか。それを通じて、日米貿易協議、あるいは日米首脳会談で、米国側からの強い要求、批判をかわす狙いもあるのだろう。

さらに、日本の経常黒字については、その多くが貿易黒字ではなく所得収支で生じており、その一部は、日本から米国への投資拡大による投資収益収入であることを、米国に説明するのではないか。これは、トヨタを筆頭にする日本企業の積極的な対米直接投資や日本の金融機関による対米証券投資などが、米国経済に大きくプラスに貢献している点をアピールし、それがゆえに、「日本の対米経常黒字は、米国に不利益を与えていることの反映」とする考えは正しくない、ということをトランプ政権にアピールするのではないか。

このように、日本側はG20議長国という立場を利用しながら、貿易面での米国からの強い批判をかわそうとする戦略を考えているように思われる。しかし、トランプ大統領は、他国と同様に日本に対しても、米国を長い間騙し続け、米国から経済的な利益を不当に得てきたと、繰り返し批判している。経常収支のこうしたやや複雑な議論がどれ程理解されるかは不確実であり、トランプ大統領がそうした議論を容易に受け入れるとは思えないところだ。

執筆者情報

  • 木内登英

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部
    エグゼクティブ・エコノミスト

    金融ITイノベーション事業本部 エグゼクティブ・エコノミスト

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