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中国の経験に学ぶ適切なリブラ規制

2019/08/02

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中国の施策にリブラ規制のヒントが

フェイスブックが新デジタル通貨・リブラの発行を計画しているが、大手プラットフォーマーによる金融業への参入では、中国のアリババグループ、テンセントがそれぞれ運営するアリペイ、ウィーチャットペイという(第三者)決済プラットフォームが先駆者である。そして、プラットフォーマーの金融業務に対する規制についても、中国当局によって既に数々の試みがなされている。世界の金融当局は現在、リブラへの規制策を検討中であるが、中国で採用された施策にその重要なヒントを見出すことができるはずだ。

近年採用された中国の規制措置の中で、最も重要なのは、決済プラットフォームが提供する投資商品に対する制限と、決済プラットフォームに中央銀行の当座預金の保有を義務付けたこと、の2点である。

まず、第1の点についてだが、電子商取引最大手のアリババは、顧客間の商品取引を仲介し、その支払いの安全性を確保するために、銀行に特別な口座、エスクロー口座を持って決済業務を始めた。それが、アリペイという決済プラットフォームであり、今やウィーチャットペイとともに、中国のスマートフォン決済を2分している。

顧客は、自身の銀行預金からアリペイの銀行口座(エスクロー口座)に資金を移しておく(預託)ことで、スマートフォン決済サービスを利用することができる。ただし、アリペイの口座に資金を置いたままでは金利は付かない。そこでアリペイは、アリペイの口座にある有休資金を簡単に運用できる金融商品、中国版MMF「余額宝」をユーザーに提供することを始めたのである。

決済プラットフォームのMMFを規制

ユーザーは、スマートフォン上の簡単な操作を通じて、アリペイの口座から資金を移し、余額宝で運用することができる。余額宝は最低0.01元から投資でき、手数料なしで現金を出し入れできる。余額宝を売却する際にも、一両日で資金がアリペイの口座に戻る。その運用利回りは年率4%を超えていた時期もあり、2018年3月には、余額宝の残高が総額で1兆7,000億元近くと、世界最大規模にまで成長した。

しかしその直後、余額宝の運用会社は自ら、その規模拡大に歯止めをかける措置を講じたのである。一人当たりの保有額の上限を、それ以前の100万元から10万元へと一気に10分の1まで引下げた。また、1日の販売額にも制限をかけた。その結果、余額宝の残高は1年間でピークから約4割も減ってしまったのである。

こうした措置は当局の指示によるもの、いわゆる規制であった可能性が高い。その狙いは明らかにはされていないが、大きく2つ考えられるだろう。第1は、銀行の資金調達をコントロールする狙いだ。余額宝の残高の半分は、期間が30日以内の銀行預金と銀行向け貸出である。それは、銀行、特に中堅銀行や地銀にとって重要な資金調達源となっているのである。

その結果、企業の過剰債務の抑制などの構造改革を進める際に、銀行の貸出を抑制しようと銀行の資金調達を絞るような金融政策措置を講じても、この余額宝がいわば抜け道となって、政策効果が弱められてしまうのである。

銀行システムの安定確保を狙ったMMF規制

余額宝などMMF規制の第2の狙いは、銀行システムの安定確保である。既に述べたように、余額宝の残高の半分は、期間が30日以内の銀行預金と銀行向け貸出である。ひとたび余額宝への投資リスクが意識されれば、個人は余額宝を一気に解約する、あるいは満期を迎えた資金を再投資しない可能性がある。その際には、余額宝の残高は急減し、それに資金調達を強く依存している銀行は、資金調達に行き詰って貸出を抑制する、あるいは経営不振に陥ってしまう可能性もある。こうした銀行システムの不安定化リスクを軽減するために、余額宝の残高を抑制することが意図されたと考えられる。

余額宝の解約は、決済プラットフォームの経営難などが生じることで、ユーザーがプラットフォーム全体から資金を引き揚げるような動きからも引き起こされるだろう。

銀行がその資金調達をプラットフォーマーが運営する決済プラットフォームに大きく依存するという形で、プラットフォーマーが提供するプラットフォームと銀行システムとが強く連動するという、新たな構造変化が中国では既にかなり進んでいるのである。

プラットフォーマーが提供するプラットフォームと銀行システムとが強く連動することで、銀行システムの安定が脅かされるリスクが生じるという構図は、リブラについても同様である。リブラの裏付けとなる準備資産、リブラ・リザーブには、主要国通貨の銀行預金が含まれる。何らかの理由でリブラの信頼性が揺らぎ、リブラの換金が集中的に起これば、銀行預金の大量引き出しから銀行経営に問題が引き起こされる可能性もある。

こうした点から、リブラ・リザーブでの民間銀行預金の保有に制限を加えることも、規制案の一つとなり得よう。

中銀当座(準備)預金の保有を義務付け

中国当局による第2の規制が、決済プラットフォームに中央銀行の当座(準備)預金の保有を義務付けたことだ。

2017年1月に中国人民銀行(中央銀行)は、アリペイ、ウィーチャットペイなど決済プラットフォームに対して、それぞれのエスクロー口座への入金額の12%~20%相当分を、中銀当座(準備)預金として保有することを義務付けた。さらに、2018年6月には、2019年1月までにその比率を100%とするよう、預金の比率を徐々に高めていくことを義務付けたのである。この措置の目的について中国人民銀行は、決済プラットフォームによるユーザーの資金を高リスク商品の投資に流用することを止めさせること、を挙げた。

アリペイ、ウィーチャットペイなどの決済プラットフォームのユーザーは、スマートフォン決済を利用するために、銀行口座からエスクロー口座に資金を移した場合、利子を受け取ることはない。そこで、余額宝などでユーザーが運用する資金以外の滞留資金を、アリペイ、ウィーチャットペイなどは自ら投資に回して、利益を得ていたのである。これは、銀行が顧客から預かった預金を基に、資産運用や貸出を行うというモデルにも似ている。しかし銀行預金との大きな違いは、銀行は預金者に金利を支払うが、アリペイなどはユーザーに対して金利を払わないことだ。ユーザーはアリペイが提供するほとんどの決済サービスを無料で受けられるが、このエスクロー口座の運用利益も、その無料サービスを支えてきた一つの要因と見られる。

2018年6月時点で、滞留資金は5,000億元(約8兆3,000億円強)規模にのぼり、年換算で1,000億円超の金利収入をアリペイなどは得ていた計算となる(注)。この収入が、一気に失われたのである。

リブラ・リザーブに中銀当座預金を含めることも一案

この規制は、アリペイ、ウィーチャットペイなど決済プラットフォームがユーザーから預かっている資金を、直接、中央銀行に預けるというものではない。その金額に相当する規模の中銀当座(準備)預金を保有することを義務付けるものだ。これは、いわば銀行の100%準備預金制度に相当するものだ。

アリペイ、ウィーチャットペイなど決済プラットフォームのバランスシートで考えると、その負債側にあるユーザーからの預り金に相当する額だけ、資産側で中銀当座(準備)預金の保有を義務付けられるということは、別途、資金調達をしない限り、資産側では中銀当座(準備)預金以外の資産を持つことはできない、ということを意味する。

アリペイ、ウィーチャットペイなど決済プラットフォームがユーザーから預かっている資金でリスクの高い投資を行なっている場合、そこで仮に巨額の損失が生じれば、ユーザーの換金、つまりエスクロー口座から銀行口座にユーザーが資金を戻すことができなくなる可能性がある。また、それ以外でも、アリペイ、ウィーチャットペイの経営が揺らぐようなことがあれば、同様のことが生じ得る。そうなれば、顧客資産が保全されない可能性が生じ、アリペイ、ウィーチャットペイなどが提供する決済システムの信頼性が大きく損なわれてしまうだろう。

同様に、リブラの発行を担うリブラ協会が管理する準備金、リブラ・リザーブの一部、あるいは全てを主要通貨国の中銀当座預金で持つことを義務付けることは、リブラの信頼性、安定性を高め、ユーザーの利便性を高めることに繋がる。それは、リブラ規制の中で一つの選択肢となるだろう。

さらに、中央銀行が中銀当座預金口座を通じ、必要に応じてリブラ協会に流動性を供給できる体制を整えることで、リブラの価値への信頼性、リブラの利用の安定性を高める効果も期待できる。

他方、中国でのこうした規制措置を改めて検証する中で、リブラ・リザーブの運用によってリブラ協会が巨額の利益を得る可能性があることに、改めて人々の関心が集まることも考えられるところだ。

金融当局が資金の流れを把握

今まで見てきた2つの大きな規制に加えて、中国の金融当局が決済プラットフォームによる資金の流れを把握し、マネー・ロンダリング(資金洗浄)などを防ぐことを狙った措置も講じられている。

中国人民銀行は2017年8月に、アリペイ、ウィーチャットペイなど決済プラットフォームが、2018年6月末までに、オンライン取引の清算プラットフォームとして設立された「網聯」に加盟することを義務づけた。決済プラットフォームと銀行が直接やり取りするのではなく、「網聯」が両者の仲介をすることで、金融当局が資金の流れを把握することができるようになった。

さらに、2018年4月には、決済プラットフォームが提供する店舗でのスマートフォン決済については、人民銀行の提供する銀行間清算システムなどを通じて行う必要があることが義務付けられたのである。

リブラ構想が発表されるかなり以前から、銀行ではない企業が提供する決済サービスの拡大に対して、中央銀行がどのように関与していくべきかについては、中国に限らず各国中央銀行の共通の課題となっていた。

プラットフォーマーを通じた資金の動きは、通常は中央銀行の決済システムを経由しないことから、マネー・ロンダリング(資金洗浄)に利用されても分からないといった問題点も、中央銀行の共通の関心事となっていた。

イングランド銀行(BOE)は、2017年5月に公表した報告書で、非銀行の決済サービス業者に対して、中銀当座預金を保有することや、中銀決済システムに直接参加することを認める考えを示していた。非銀行の決済サービス業者を既存の中央銀行の決済制度の中に取り込むことで、それに対する監視を強化する、そして、決済の安定性を確保することを狙っているのである。

中国人民銀行による規制強化の例もそうであるが、決済プラットフォームも銀行と同じ制度の中に取り込んでいくことで、利用者保護やマネー・ロンダリング対策などを強化していくという方向が、世界的に大きな潮流になってきているのではないか。それは、リブラの規制の議論にも大きな影響を与えることになるだろう。

(注)「中国、スマホ決済前払い金保全義務、アリババなどに打撃、運用収入減。」、2018年7月4日 日本経済新聞

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