フリーワード検索


タグ検索

  • 注目キーワード
    業種
    目的・課題
    専門家
    国・地域

NRI トップ ナレッジ・インサイト コラム コラム一覧 ユーロ圏の政策対応とその展望-財政の視点

ユーロ圏の政策対応とその展望-財政の視点

2020/04/14

  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn

はじめに

ECBが大量の国債買入れを行うなか、Eurogroupは先週に断続的に開催した会合で、ESMの機能の拡張を決めた一方、いわゆる「corona bond」の扱いを首脳会合の判断に委ねた。一連の対応の意味合いを考えつつ、今後を展望したい。

ECBの対応

ECBは、3月10日の定例の政策理事会で決定した資産買入れの強化に加えて、18日の臨時の政策理事会で導入を決定した新たな資産買入れ策(PEPP)を運用している。

その特徴は規模が大きいだけでなく、特定国(イタリア)の国債買入れに顕著なウエイトをかけている点である。ECBによれば、3月中のPSPPのネット残高増加額(373億ユーロ)のうち、イタリア国債は118億ユーロを占め、ウエイトは32%弱とcapital key(ユーロ圏分のみ)の約17%の倍近くに達した。PEPP(3月中のネット残高増加額は154置くユーロ)の国別分布は非公表だが、現地の市場関係者はPSPPと同様な傾向にあると推測している。

特定国の国債利回りに対する上昇圧力は、ECB自身による市場との対話に原因の一端があったとはいえ、その後の対応は機動的であり、capital keyとの関係もLagarde総裁が強調したように「柔軟」に運営することで、不安心理による売り圧力を緩和したことは事実である。しかも、域内の主要国が揃って大規模な財政支出を打ち出した結果、ECBの国債買入れがいわゆる「33%ルール」によって早期に限界に達するとの懸念も後退している。

このようにECBの対応は適切であったが、問題は今後の運営である。政策目的が市場心理の沈静化や市場流動性の支持にあったとすれば、日銀によるETF買入れのように、枠組み自体は維持しつつ買入れの頻度や規模を柔軟化していくことも考えられる。

Eurogroupの決定

先週のEurogroupは徹夜の議論でも決着せず、9日の再会合でようやく妥協が成立した。その内容には、域内国の医療や雇用への支援やEIBの機能の強化といった重要な成果も含まれていたが、最後まで意見が対立したのは「corona bond」の扱いである。

EUレベルでの機関ないし基金がこの債券を国際機関債として発行した上で、域内国に対してCovid-19問題への対応に必要な資金を供与するアイディアである。Covid-19対応は域内共通の課題であるとして、各国の財政状況による制約を受けることなく団結して対応するには実質的な財政統合が必要との考えに基く。

現地の報道によればオランダ、ドイツ、オーストリア、フィンランドの4か国を除くユーロ圏諸国が支持し、イタリアとスペインは強力な推進者であった。これに対しこれら4か国は、Covid-19対策での協力は必要としつつ、手段は医療や雇用のような個別分野に加えて、ESMの活用が適当との主張であったようだ。

ユーロ圏に最終的には財政統合が必要であることは筆者も強く同意する。しかし、いかなる枠組みであれ「corona bond」を実際に発行するには時間を要するだけに、域内国によるCovid-19対策の緊要性と整合的ではない。加えて賛成派の一部が、喫緊の財政支出の支援というよりも、積年の課題の決着が主眼であるような主張をしたことが、反対派の疑心暗鬼を招いた面もあろう。

結局、Eurogroupとしては、ESMのECCLに特例を設け、Covid-19対策に必要な資金の引出しについては、通常の条件(特定の経済指標等の改善目標)を免除することとした一方、「rescue fund」の設置について首脳会合に判断を委ねることで、将来の「corona bond」の発行の可能性も残した訳である。

これらは現時点で合理的な妥協であったと思われる。その上で残された問題は、域内国がECCLを活用して引出した資金を最終的にどう返済するかという点である。

ECCLはもともと国債の市場発行が困難といった理由での流動性支援であり、だから条件が緩い面もある。域内国が今後にECCLから引出す資金はCovid-19対策に使用されるので、収益を生むことは期待しにくい。返済原資の制約によってECCLの使用が結果的に長期化すれば、経済プログラムを伴う貸付に移行すべきとの批判を招き、利用国との対立に陥るリスクがある。

この問題を克服する上では、利用国が長期で低利の借入れを利用しうるようにすることが肝要である。そのためには例えば、 Covid-19問題が相応に終息した段階で、利用国にECCLをいったん全額返済させた上で、新たに設置する基金からの借入れに置き換えることが考えられる。

この基金はECCLの引出し如何に拘らず、Covid-19対策のために国債を増発した国に広く利用を認めても良い。基金は、EUなどが一定のequityを投入して信用度を高めた上で、国際機関債を発行して資金を調達すれば、利用国に長期かつ低利の貸出しを行うことができる。結果的には、これが「rescue fund」であり、発行する国際機関債が「corona bond」だと考えても良い。

景気回復の支援

それでもユーロ圏諸国には、Covid-19問題が終息した後の景気回復を財政面からどう促進するかという問題は残る。

完全に各国の対応に委ねれば、財政余力によって政策の強度が異なる結果、域内国経済の収斂という目標に逆行する事態を招く。一方で、必要な政策対応は経済構造の違いを映じて各々異なるはずであり、域内に一様な政策を講ずることも望ましくない。

その意味では、EUレベルで既に進められてきたが、域内全体にプラスの外部性をもたらすインフラの共同での整備や運営に注力することには意味がある。物理的な産業インフラに限らず、今回の雇用保険や依然として決着しない預金保険のようなセーフティネットの標準化や共同運用も重要である。

各国政府はこうしたインフラを活用しつつ、自らの経済構造を念頭に各々必要な政策を講じて潜在成長力を高めながら、経済活動を再活性化していくことになる。そのための資金を(すべてでなくても)国債発行等の形で市場から調達することは、財政規律に対する歯止めとして、引続き重要と思われる。

この点には、ECBの国債買入れも重要な影響を与える。市場機能を支えるためにECBが介入することは必要だが、事態が安定した後も大量の国債を買い続けるのであれば、その意味合いは明確に異なるものとなる。ECBは、政策効果が変質した場合は、それを踏まえて継続の適否を改めて判断することが求められる。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融イノベーション研究部

    主席研究員

  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn

新着コンテンツ