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FRBによる地方債買入れファシリティ(MLF)の課題

2020/04/23

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はじめに

FRBが、企業金融の支援策とともに先般導入を決定した社債買入れファシリティ(MLF)は、様々な課題が表面化する中、現時点(4月22日現在)で実施に至っていないだけでなく、スキームの細部も公表されていない。本コラムでは、この間の動きを振り返りつつ、今後を展望したい。

FRBによる原案

FRBが、さる4月9日に公表した地方債買入れファシリティ(MLF)の枠組みは概ね以下のようになっている。

FRBNY(4月9日には未定だったが、4月16日のFRBによる連邦議会向け報告でFRBNYと明記)が財務省とともにSPVを設立し、地方債を直接に引き受ける。適格発行体は、①州政府(ワシントンDCを含む)、②人口100万人以上の都市政府、③人口200万人以上の郡政府とされた(②と③は各々Census Bureauによる2020年4月の推計に基づく)。

買入れ対象となる債券は、①TAN(将来の税収を償還財源とする債券)、②TRAN(将来の税収と事業収入を償還財源とする債券)、 ③BAN(将来の長期債発行を償還財源とする債券)などであり、償還期間が24か月以内に限定される。また、各州、都市、郡について、各々1先のみの発行体に限定される。

買入れ金額は、各州、都市、郡における2017年度の一般税収および公共事業収入の合計の20%を上限とする。各政府は調達した資金を、①所得税猶予に伴う資金不足、②諸税の減免等に伴う歳入の減少や支出の増加、③既存の債務の元利払いに充当できる。また、州政府は他の使途に使用しうる余地を残している。

買入れ条件は、原則として各発行体の格付に沿って設定されるが、詳細は後日決定となっている。また、各発行体は買入れ金額(元本)の10bpを手数料としてSPVに支払う。

財務省は、いわゆるCARE法に基づき、350億ドルをequityとしてSPVに出資する。これにFRBNYが融資を行うことで、5000億ドルの買入れ能力を発揮するとされている。因みにFRBNYによるSPVへの融資も連邦準備法13条(3)に基づいて行われる。

SPVは2020年9月末まで新規の買入れを行うほか、財務省とFRBの合意によって期間を延長しうる。FRBNYは、SPVの保有する債券が償還するか売却されるまでは、SPVに対する融資を維持する。

本ファシリティの課題

本ファシリティ(MLF)は、一連の企業金融支援策と同時(4月9日)に決定されたが、筆者が以前にFRBの対応策を整理した際には対象から除外した。MLFのスキームは一連の企業金融支援策と似ているが、いくつか異質の課題を含んでいるからである。

米国メディアが報道しているように、多くの政治家がMLFの対象範囲が小さすぎて政策効果に問題があると批判している。なかでも最も政治的なのは、特定の人種が多数居住する都市が対象から外れているとの主張であり、 検索結果 ウェブ検索結果 ブルッキングス研究所の研究員(Klein氏とBussette氏)が取り上げたことで注目を集めた。実際、一部の民主党議員はパウエル議長に書簡を送って内容の再検討を求めているようだ。

一方、中央銀行の視点からは、SPVが地方債を市場から買入れるのでなく、発行体から直接引受けることに違和感があろう。ただし、州政府はともかく、都市や郡の政府が発行する地方債に厚みのある流通市場を要求することには無理があり、こうした発行体も対象にする以上、技術的に避けがたい問題のように思える。

加えて、引受けの対象となるTANやTRANといった債券は、将来の歳入を財源とする「資金繰り債」というべき性格を有しており、先にイングランド銀行(BOE)が導入した措置と同様に、「政府債務の引受け」に伴う問題は抑制されている。

ただし、こうした規模の小さい流動性の乏しい債券を引受ける場合の条件をどう設定するかは、技術的に難しい課題である。FRBが発行体の格付けに沿うという原則のみを示し、細部は今後に検討としているのも、こうした難点を反映しているのであろうが、最終的にも精緻な対応は不可能とみられる。

加えて、筆者がむしろ気になるのは、MLFを利用した地方政府による資金使途である。Covid-19問題への対応に伴う一時的な税収の減少や歳出の増加に充当するのであれば、買入れ対象となる債券の特性と整合的であるし、CARE法の目的にも即している。

しかし、地方政府は調達した資金を既存の債務の元利払いにも充当しうる。こうした使途を認めることで、地方政府に財政余力が生じ、Covid-19問題に手厚く対応しうるようになることは事実である。一方で、厳しく言えば過去の財政規律に起因する問題を、これを機に片付けてしまうことも可能になる。ユーロ圏のBad Bankに関して指摘したのと同じ質の副作用を生じうる訳である。

今後の展望

連邦議会の上院を通過し、下院でも程なく成立が見込まれる政府の追加支援策は、中小企業向けプログラム(PPP)の財源追加が主眼であり、民主党が主張していた地方政府の支援はほとんど含まれていない。しかし、雇用保険の新規申請件数の「爆発的」な増加だけを考えても、地方財政は一段と逼迫する状況にあり、早くも次の追加支援策の焦点となっている。

しかも、トランプ大統領が示したプランに沿って、各州が地元の感染状況に応じて経済活動を再開していった場合、結果として地域ごとの財政状況にもばらつきが生じ、支援のあり方に関する政治的な対立が一層先鋭化する恐れもある。こうした構図は、深刻さには違いがあるが、ユーロ圏と本質的に共通している。

FRBが厄介な政治問題に入り込んだことは否定できないが、 CARES法の規定や先に見たスキームの公表を踏まえると、もはや退却もできない。

副作用を抑えつつ政策効果を発揮する上で、少なくともFRBは、次の追加支援策における地方財政対策を見極めた上で、MLFの最終的なスキームを調整し、実行に移すことが望ましい。

その際には、①資金使途はCovid-19対策に限定する、②地方政府の財政規模に拘らず支援する(小規模な政府は証券化等を使って合同で調達させる)、③買入れ条件は格付を基準にしつつも、短期債として十分低位にする、といった対応が選択肢となる。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融イノベーション研究部

    主席研究員

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