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「中央銀行3.0」への道

2020/04/27

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はじめに

主要国の中央銀行は、市場心理の不安定化や市場機能の低下に対して主導的な対応を講じた後、政策対応の重心が財政支出にシフトする中で、どちらかといえば補助的な役割に転じている。しかし、足許での政策対応には、主要国の中央銀行が前例のない領域に向かう兆候を示す内容が含まれている。

中央銀行0.0から1.0へのシフト

筆者が1980年代半ばに社会人になった頃には、日本では預金金利の自由化が完成していなかっただけでなく、貸出金利についても、長短双方で制度金利の影響が大きかった。

こうした規制金利の下では、中央銀行が(商業手形の再割引のような)短期の「公定歩合」を変化させれば、中長期金利にも機械的に波及させることができ、資金需要が相応に強ければ、経済における与信量を調整することも容易である。これを「中央銀行0.0」と呼ぶことにする。

しかし、経済成長が成熟して市場メカニズムによる経済資源の効率的な(再)配分への要請が高まる中で、金融面でも金利自由化が進められた。主要国の中央銀行はこうした動きを歓迎した一方で、政策手段の変更を迫られることになった。

その結果が、(レポ取引のような)短期の資金供給や吸収のオペによって、短期の市場金利を政策目標に誘導する手法の採用である。しかし、こうした政策目標はごく短期の金利なので、それらを調整すること自体が経済活動に影響を与える訳ではない。

つまり、銀行を含む市場参加者が様々な裁定を行うことで、超短期の金利の変化が中長期の金利へ波及し、結果的に消費や投資に影響を及ぼす訳である。「中央銀行0.0」では金利規制によって作用した政策金利の波及が、市場メカニズムによって実現することになる。これを「中央銀行1.0」としよう。

中央銀行2.0の登場と意味合い

「中央銀行1.0」も、少なくとも日本では結果的には長続きしなかった。1990年代後半のバブル崩壊とその後の低成長や低インフレの下で、日本の政策金利(O/Nコールの誘導目標)は定常的にゼロ近傍に張り付いた。このため、通常の景気循環に対応するためにも、「量的緩和」が活用されるようになった。

ただし、世界金融危機以前の「量的緩和」は、金融市場に対して大量の資金供給を行うこと自体に主眼があり、長期金利を調節する意図は強くなかった印象もある。実際、日銀は国債を買入れていたが、満期構成は中短期にウエイトがあったし、「量的緩和」の大半は「中央銀行1.0」と同じく短期オペで行われていた。

それがどのような意図によるかはここでは深入りしないが、少なくとも初期の「量的緩和」が潤沢な流動性の供給を通じた金融システムの安定に寄与したという評価に繋がっているのであろう。

ところが、世界金融危機後に主要国が実施した大規模な国債買入れは、外見は「量的緩和」と同じでも、中長期金利の調整を明示的に目的としている点で異なる。つまり、短期の政策金利がゼロ近傍に達した中で、市場メカニズムによる中長期金利への波及という「中央銀行1.0」の考え方を放棄し、中長期金利に直接的な影響を与える考え方に変化した訳である。

その意味で、これをもって「中央銀行2.0」へのシフトが日本を含む主要国全体で実現したというべきであろう。

それでも、各中央銀行は国債買入れによるタームプレミアムの抑制を通じて中長期金利に影響を与える考えを維持していた。この点は、日本が先駆者となった「信用緩和」における(信用)リスクプレミアムの抑制という発想と同じである点で興味深いだけでなく、市場参加者によるリスクテイクを促す点で、市場メカニズムに対する一定の尊重がなされていた点に注意する必要がある。

これに対し、またも日本が最初に採用したイールドカーブ・コントールは、長期金利にも明示的な誘導目標を設定して、国債買入れを通じてその誘導を図る点で、同じく中長期金利に直接的な影響を与えるといっても介入度合いはさらに強まった。実際には、長期金利の相応の変動を容認しているとはいえ、「中央銀行2.0」の完成形というべきであろう。

中央銀行3.0への道

Covid-19問題に対し、主要国の中央銀行が最初に講じた対策は、市場心理の安定化や市場機能の維持を主眼としていた。しかし、足許でFRBは一連の企業金融支援策や地方政府の支援策に踏み出し、ECBも深刻な打撃を受けた国の国債を大量に買入れている。日銀も社債やCPの買入れを含めて、企業金融の支援策を一層強化する方向にある。

これらの背後にある考え方は、「安全金利」でなく「リスク金利」自体に直接的な影響を与えようとする点で、「中央銀行2.0」からさらに一歩踏み出しているように見える。

「中央銀行2.0」もタームプレミアムの抑制を狙っていたが、対象は国債利回りという「安全金利」であり、クレジット市場の金利は、市場参加者による「安全金利」と「リスク金利」の裁定に委ねていた。また、「信用緩和」がリスクプレミアムを抑制するといっても、それを通じて市場機能を回復させることに主眼があった。

しかし、主要国の中央銀行による足元の対策には、これまでの「ノート」で検討してきたように、市場参加者によるリスクテイクの促進よりも、自ら信用リスクを引き受けることで「リスク金利」を直接に抑制しようとする発想が窺われる。

主要国経済が成長パスに復するには時間を要する状況にあり、企業だけでなく公的部門に対しても、与信には相応の信用リスクを伴う。一方、中央政府や国際機関に財政的な余力が少なく、銀行を含む市場参加者にリスクテイクに不安が残る以上、主要国の中央銀行が発想を転換すること自体は避けがたい。

また、「中央銀行3.0」の生ずる一定の信用コストも最終的には「通貨発行益」によって処理されるであろうし、FRBのように最初から財政のバッファーを組み込むやり方もある。

むしろ筆者が心配なのは、中央銀行が中長期の「安全金利」だけでなく「リスク金利」まで支配する世界で、経済活動の効率性をどのように維持してゆけばよいかという点である。その意味では、もしかすると、「中央銀行3.0」は最終的には「中央銀行0.0」への回帰を意味することになるのかもしれない。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融イノベーション研究部

    主席研究員

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