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BOEの5月MPC-Scarring effect

2020/05/07

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はじめに

BOEは5月の金融政策委員会(MPC)で金融政策の現状維持を決定した(7-2の多数決)。その理由として、大規模な経済対策の効果を含めて、実体経済の動向を見極めたいとの理由を示している。公開版の記者会見に代わるベイリー総裁と幹部による基調説明(動画)や、MPCの議事要旨と金融政策報告(MPR)をもとに内容を検討したい。

Illustrative scenario

今回のMPRでは、景気や物価の見通しの定例改定は行わず、例示的シナリオ(illustrative scenario)と称する景気や物価のパスが示されている。ベイリー総裁は、先行きを左右する要素に関する不透明性が高いため、見通しの改定は困難との考えを示した。

こうした方針はECBでも採用されているが、BOEは複数のシナリオでなく単一のシナリオを示した上で、それを変え得る要素(sensitivity)を提示している点が特徴である。確かに、わかりやすさのメリットはあるが、通常の見通しと混同されるリスクもある。

それでもこの手法を採用したことには、金融システム政策委員会(FPC)との連携が関係している可能性もある。実は、FPCも同時に会合を開催し、暫定版の金融安定報告(FSR)を公表したが、その中でこのシナリオに基づくストレステスト(金融機関との議論を伴わない簡易版)を実施したからである。

そこで、シナリオの内容をみると、英国経済に関する主な前提は、 ①social distancingと財政支援とも本年前半まで続き、第3四半期に徐々に解除される、②政府の支援策が失業の抑制や給与の維持に効果を発揮する、③(本年後半に)pent-up支出が実現するが、マインドの後退や先行きの不透明性に影響を受ける、④来年初からEUとの貿易協定が発効する、というものである。

一方、海外経済に関する前提も、本年前半は感染防止策や金融環境のタイト化等によって急激に減速するが、本年後半以降は経済活動の再開と経済政策の効果によって回復するとしている。つまり、2020~22年の購買力平価でみた世界の実質GDP成長率を▲12%→+15%→+5%と推移すると想定した。因みに英国の輸出ウエイトでみても、▲13%→+14%→+4%と大差がない。

世界経済に関する前提は、国際機関の見通しなどに比べて楽観的な印象も受ける。この点に関しては、議事要旨や基調説明が、中国の経済指標が足許で好転の兆しを見せていることに言及し、英国自身を含む主要国の経済が感染防止策の解除に伴って同様なパスを辿るとの見方を示唆した点が注目される。相応に合理的な推論ではあるが、グローバルなサプライチェーンの問題や貿易摩擦の再燃など、不透明性はなお大きい。

これらの前提を元に、例示的シナリオは、2020~22年の英国の実質GDP成長率が▲14%→+15%→+3%と推移するとの見方を示した。このうち個人消費(前年比)は▲14%→+15%→+4%、設備投資は▲26%→+19%→+12%とされ、上記のように消費者行動の慎重化が長引くとの見方が示唆されている(因みに貯蓄率は17%→10%→9%と想定)。

これに関してベイリー総裁は、本年第2四半期には▲25%といった急激な実質GDPの落ち込みが生ずるとしても、その後の回復ペースは世界金融危機後よりも早い点を指摘した。その理由としては、上記のように感染防止策が徐々に解除されることや、金融財政の両面からの対策の効果が発揮されることを挙げている。

なお、例示的シナリオは、2020~22年のCPIインフレ率に関しては+0.6%→+0.5%→+2.0%との想定を置いている。その背景についてMPRでは、足元では総需要の低迷に加えて、原油価格の下落が下方圧力を生ずるが、その後は総需要の回復に加えて、ポンド相場の減価が上方圧力を生ずるとの見方を示している。

この間、総需要の減退に伴う余剰供給力(spare capacity)による影響は大きくないとしている点も注目される。実際、週当たりの平均所得は▲2%→+4%→+2%と抑制的な動きが想定されている。この点は、2020~22年の失業率が+8%→+7%→+4%と、 2008年並みの水準に上昇しても比較的短期に低下するとの見方と整合的になっている。

最後に、シナリオのsensitivityを確認すると、①世界経済の動向、 ②国内経済の停滞の長さ、③経済主体におけるト ラウマ(scarring effect)の程度、④経済活動と物価との関係の変化、の4点が挙げられている。このうち③は、企業が長期的な不透明性に直面する結果、研究開発を含む設備投資に消極化したり、 downsizingに傾く結果、マクロの生産性や成長力が長期にわたって低下するリスクである。

FPCの議論

上記のようにFPCは、この例示的シナリオに基づくストレステストを行った。基調説明でカンリフ副総裁は、銀行全体の信用コストが800億ポンドに達するが、自己資本のバッファーの半分に満たないので、銀行全体としては自己資本比率の最低基準をクリアしうるとの試算を示した。

加えて、例示的シナリオは、2019年のストレステストで使用したシナリオに比べて、銀行部門に対するインパクトが小さいと指摘し、①比較的迅速な景気回復を想定、②政府の資金繰り支援や債務保証によって企業の破綻を抑制、③政府の雇用維持策によってモーゲージや消費者ローンの不良資産化も抑制、といった理由を挙げた。

これらは実体経済と金融システムのスパイラル的な悪化を防ぐ点で重要であり、世界金融危機の教訓が生かされていることが窺われる。もっともカンリフ副総裁は、同じ基調説明の中で、銀行が企業や家計への与信を維持することが、英国経済の回復に不可欠である点も強調している。議事要旨によれば、英国の銀行は政府やBOEの支援策を活用しつつ与信を顕著に伸ばしているが、今後にはなお不透明性が残るということであろう。

政策判断

これらの議論を踏まえて、今回のMPCは金融政策の現状維持を決定した。多数派の判断は、例示的シナリオの妥当性を含めて、景気や物価の見通しに関わるより多くの情報を待つべきというものであり、英国が感染防止策の緩和にシフトしつつある点を踏まえた判断であろう。また、資産買入れや貸出支援策も発動途上という面もある。ただし、議事要旨によれば、全てのMPCメンバーは今後に追加緩和が必要となる可能性を意識しているようだ。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融イノベーション研究部

    主席研究員

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