フリーワード検索


タグ検索

  • 注目キーワード
    業種
    目的・課題
    専門家
    国・地域

NRI トップ ナレッジ・インサイト コラム コラム一覧 ESMを通じた財政支援策の合意とその意味合い

ESMを通じた財政支援策の合意とその意味合い

2020/05/11

  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn

はじめに

5月8日に開催されたユーロ圏の財務相会合(Eurogroup)は、懸案となっていた欧州安定メカニズム(ESM)による域内国のCovid-19対策の支援に合意した。その内容や意味合いとともに、欧州委員会が提示した分析について検討したい。

合意内容

会合後のセンテーノ議長の声明とEurogroupの公表文によれば、 ESMによる既存の支援策(Enhanced Conditions Credit Lines )をベースとした新たな資金供給ファシリティであるPandemic Crisis Support(PCSと略)の導入に合意した。

ユーロ圏各国によるPCSの利用額はGDPの2%を原則とし、資金使途はCovid-19に伴う医療や感染防止に伴う直接ないし間接の支出に限定された。このため、利用を希望する国はPandemic Response Plan(原則として今後12か月を対象とするが、6か月単位で2回まで延長可能)を提出する必要がある。

PCSによる資金の引出しは原則として2022年末までとするが、状況によって延長可能とした。また、資金提供の条件は全ての国に対して同一とした上で、期間は最長10年、当初手数料は25bp、年間手数料は0.5bpとした。また、利回りはESMによる市場調達利回りをベースに10bpのマージンを加えた水準とした。

この間、欧州委員会とECBは域内国の財政債務の持続性や財政資金ニーズ、金融システムのリスクなどに関する審査を実施し、結果をEurogroupに提出した。これを受けて今回のEurogroup会合は、ユーロ圏全ての国々がPCSを利用しうるとの予備的な判定を下した。これにより、ESM理事会による正式の承認(遅くとも5月15日)によって、PCSは直ちに発動可能となる。

また、欧州委員会が、PCSを利用した国に対する付加的なサーベイランスを、当該国によるPandemic Response Planの適切な実施や借入れ資金のそのための適切な使用に限定する点を公式文書で明記したことも注目される。もちろん、当該国はEUの一般的な財政ルールの順守とそのためのサーベイランスに服するが、PCSの利用に伴う追加的な負担は生じないことになった。

これらを踏まえると、合意後の迅速な発動に向けて工夫がなされている点や、経済プログラムの新たな策定義務やESMによる付加的なサーベイランスが回避されている点、さらにすべての国に対して同一の条件で資金を供給する点で、PCSは潜在的な利用国に対して配慮された内容となっていることがわかる。

加えて、最長10年に亘る資金をEU機関であるESMのクレジットによって借入れることができる点も、今回の問題で深刻な打撃を受けた国や財政状況が良好でない国々にとってメリットは大きい。このため逆に、各国の利用額の目途をGDPの2%とすることで十分かどうかには議論の余地もあろうが、PCSは迅速な発動を優先した上で、残された資金調達ニーズは宿題となっているRecovery Fundによってカバーするとの考えであろう。

財政の持続性に関する予備的審査

上記のように、欧州委員会はユーロ圏諸国に対する予備的審査を実施し、①今後10年を展望して財政債務が持続可能である、 ②合理的な条件による市場での財政資金調達が維持される、③ 過剰債務手続き(EDP)に服することがない、④過剰不均衡手続き(EIP)に服することがない、⑤対外収支ポジションが維持可能である、ことを全ての国が満たしたと判断した(5月6日付)。

このうち、焦点となる財政面での評価をみると、分析の前提は今般公表された欧州委員会による春季経済見通しである。同見通しによれば、2020年のユーロ圏の実質GDP成長率は▲7.7%で、同年後半から景気回復が始まるが、2021年も+6.3%に止まり、同年末になっても2019年末の水準を回復できないとしている。

また、域内国による直接的な財政支出は4月末時点で既にGDPの3.2%に達し、2020年全体では約7%(8300億ユーロ)、2021年にも約2%(2800億ユーロ)に達するとしている。もっとも、これらには各国間でばらつきもあり、2020年は約6%~9%超、2021年には約1.5%~約4.5%に分布するとの見方を示した。因みにドイツは7.7%→1.5%、イタリアは8.4%→2.5%と推計されている。

その上で欧州委員会は、今後10年を展望して二つのシナリオ(baselineとadverse)に基づく分析を行った。分析に使用した主な要素は、2021年末の債務残高見通しに加え、その後の1)財政赤字見通し、2)経済見通し、3)物価見通し、4)金利見通しである。

baselineシナリオでは、1)は財政赤字が3%以内の国は0.6%に向かって既定のパスに沿って低下した後一定、そうでない国は年率0.5PPづつ低下し、3%に達したら一定と想定した。2)は、潜在成長率を財政赤字による乗数で修正し、3)はECB見通しに即して、2%に達した後は一定とした。4)は市場見通しを使用した。これに対しadverseシナリオは、見通し期間を通じて、2)を0.5PP引き下げ、4)を500bp引き上げたものとした。

これらをもとに欧州委員会は、baselineシナリオの下では、2030年末の債務残高(対GDP比)が、プライマリーバランスの緩やかな改善を主因に、ユーロ圏全ての国において2020年末より低下する、ないし少なくとも同じになるとの推計を得た。

これらにもばらつきはあり、目立った低下がみられない国にスペインが含まれるほか、ピークが2021年末以降にずれ込む国が7か国に達する。因みにドイツは2020年末に72%でピークに達し、 2030年には約60%に低下する一方、イタリアは2020年末に約154%に達した後、2030年末には約140%と見込まれている。

もちろん、これらの数値はadverseシナリオの下では悪化し、 2030年末にはドイツは65%強、イタリアは約155%、スペインも約120%(baselineでは約110%)となる。

欧州委員会の分析が認めるように、経済成長率の中期的な展開には大きな不透明性があり、adverseシナリオの要素の一つは実現するリスクも決して小さくない。その意味でも、もう一つの要素である金利上昇を阻止することは不可欠であるだけでなく、政府債務の満期構成の長期化を下支えする上でも重要である。

加えて、欧州委員会は今回の分析で明示的に取り込んでいないが重要な要素として、域内国の居住者による国債保有の安定性を指摘した。中央銀行による緩和的な金融環境の維持と居住者による国債のドミナントな保有が、財政の持続性にとって極めて重要であることは、既に日本の実例が示している通りである。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融イノベーション研究部

    主席研究員

  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn