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ECBのラガルド総裁の記者会見―Holistic approach

2020/12/11

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はじめに

ECBは今回(12月)の政策理事会で、PEPPの5000億ユーロの増額と2022年3月までの期間延長、TLTRO IIIの実施回数の3回追加(2021年末まで)を柱とする金融緩和の強化を決定した。追加緩和自体は予想通りであったが、ラガルド総裁が景気回復のパスに慎重な見方を示したことが印象的であった。

経済情勢の評価

ラガルド総裁は、冒頭説明で、第3四半期の実質GDP成長率が予想以上に回復したが、2019年末の水準を回復できず、10月以降のCovid-19感染者の増加と経済活動の抑制のため、第4四半期は再び小幅なマイナス成長に陥るとの見方を示した。加えて、製造業とサービス業で回復に乖離が大きく、家計は所得環境、企業はバランスシートの弱さが支出を抑制していると説明した。

執行部による実質GDP成長率の新たな見通しは、2020~23年について、▲7.3%→+3.9%→+4.2%→+2.1%となり、前回(9月)に比べて、2020年と22年が各々0.7ppと1.0pp上方修正された一方、2021年は1.1ppの下方修正となった。新たな見通しによれば、実質GDPの水準は2021年前半にかけて前回(9月)見通しを下回るが、その後は元の見通しに回帰することになる。

また、ラガルド総裁は、Covid-19のワクチン導入はマインドの改善に繋がるとの期待を示しつつ、今後も感染や経済活動の抑制には不透明性が高く、下方リスクが大きいとの見方を維持した。

物価に関してもラガルド総裁は慎重な見方を維持し、現在の低インフレがエネルギー価格の既往の低下やドイツのVAT引下げ、ユーロ高といった一時的な要因だけでなく、総需要の弱さや賃金上昇の低迷といった要因にも影響されていると説明し、景気の回復に伴うインフレ圧力の回復は緩やかに止まるとした。

執行部によるHICPインフレ率の新たな見通しは、2020~23年について、+0.2%→+1.0%→+1.1%→+1.4%となり、前回(9月)に比べて、2020年と22年が各々0.1ppと0.2ppと僅かに下方修正された。新たな見通しによれば、HICPインフレ率は2021年前半までは前回(9月)見通しと同じだが、その後は下回ることになる。

質疑応答では、ユーロ圏経済はいつになればCovid-19の影響を脱するかという質問が複数の記者から示された。ラガルド総裁は、医療専門家の多数は2021年末には集団免疫を獲得しうるとの見方にあるとし、現時点では、景気回復が本格化するのは2022年の第1四半期になるとの前提で政策判断を下したと説明した。

また、別の記者はCovid-19の影響を脱してもインフレ率が低位で推移する見通しを踏まえて、物価目標の達成時期についての見方を質した。これに対しラガルド総裁は、インフレ率ががっかりするほど低い点を認めた上で、GDPギャップの縮小には時間を要するとの見方を示した。

政策判断

ラガルド総裁は、緩和的な金融環境の維持と、その下での与信の流れの支持によって、経済活動を支え、中長期的な物価の安定を達成することが、今回の追加緩和の趣旨であると説明した。

政策手段に即してみると、まずPEPPについては、買入れ額の上限を5000億ユーロ増加して総額1.85兆ユーロとした上で、買入れ期間を9か月延長して少なくとも2022年3月末までとした。この間、PSPPは従来通り毎月200億ユーロの買入れペースを維持し、本年春に追加された増枠(1200億ユーロ)の上積みは行われなかった。

ラガルド総裁は、PEPPの強化の主たる目的が緩和的な金融環境の維持にある点を強調するとともに、PEPPが備える柔軟性-買入れペース、資産クラスの配分、国別の配分-を活用して運営する方針を確認した。さらに、今後の金融環境如何で、更なる強化と買入れ枠の使い残しの双方の可能性があると指摘した。

質疑応答では複数の記者が金融環境の評価方法を質した。これに対してラガルド総裁は、①経済活動の状況、②与信の流れ、③ 金利やリスクプレミアムの状況といった要素を総合的に判断するとともに、③についてはソブリンだけでなく、企業や家計に適用される金利やリスクプレミアムも考慮すると説明した。

次にTLTRO IIIについては、2021年6月、9月、12月の合計3回を追加するとともに、適用金利の軽減措置(最大で▲1%)を2022年6月まで1年間延長した。また、金融機関による落札上限を適格貸出残高の50%→55%へ増やすとともに、上記の軽減措置の条件となる貸出増加の算定期間を2020年10月~2021年12月へシフトした。

さらに、TLTRO IIIによる貸出支援を強化するための適格担保の拡大措置も2021年6月の期限を1年間延長するほか、各回のTLTRO III に対する ブ リ ッ ジファ イナンスの役割を果たすPELTROも2021年に4回追加した。

これら一連の措置の主たる目的は、企業や家計に対する与信の維持にある。ラガルド総裁は、この間の銀行貸出の高い伸びや貸出金利の既往最低水準への低下といった事実を踏まえて、 TLTRO IIIが所期の効果を挙げているとの見方を確認した。一方で、貸出サーベイ等の結果が銀行による貸出姿勢の慎重化を示唆しているだけに、TLTRO IIIの強化が必要との考えを示した。

質疑応答では、借り手の問題がソルベンシーにシフトする中で貸出を促進することは適切かとの疑問が示されたのに対し、ラガルド総裁は、TLTRO IIIは企業がソルベンシーの問題に陥ることを防止する効果を持つと反論した。また、別の記者もTLTRO IIIが銀行の不良債権を増加させるとの懸念を示したが、ラガルド総裁は、銀行が適切な与信審査を行うことで不良債権の増加を抑制すべきと指摘した。

別の複数の記者は、政策金利の引き下げが選択肢であったかどうかを質すとともに、TLTRO IIIの適用金利は現状のままで十分かとの疑問を示した。これに対しラガルド総裁は、今回(12月)は現状維持を決定したが、既往のフォワードガイダンスに明記しているように、必要に応じて引き下げる用意がある点を説明した。一方、TLTRO IIIの条件は銀行にとって極めて魅力的であるとして、現状のままで適切との理解を示した。

なお、今回(12月)の政策理事会では、本年6月に導入したEUREP(域外国の中央銀行に対するユーロ建ての通貨スワップ)も、期限を半年延長して2022年3月までとした。この点も、 Covid-19の影響を脱する時期に関する見通しと整合的な形での政策手段の再調整である。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融イノベーション研究部

    主席研究員

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