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年初の市場の楽観論に水を差す中東情勢の緊迫化

2020/01/06

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米大統領選挙の年に高まる中東情勢の緊迫化

年明け直後に、中東情勢が一気に緊迫の度合いを増している。米国政府は1月2日(米国時間)、イラクの首都バグダッドの国際空港で、ロケット弾攻撃を行った。これにより、イラン革命防衛隊の精鋭部隊「コッズ部隊」のガセム・ソレイマニ司令官を含む少なくとも8人が死亡した。

昨年12月末に、シーア派支持者らがバグダッドの米大使館を襲撃した。これに対してトランプ大統領は「(シーア派を国教とする)イランが襲撃を指揮している」と警告し、米兵750人の中東派遣を決めるなど緊張感が強まっていた。

トランプ大統領は、ソレイマニ司令官について、イラクと中東で米国民を攻撃する計画を進めていたとし、米軍は海外に駐留する米職員を守るため、ソレイマニ司令官を殺害することで断固とした防衛措置を講じた、と説明した。

革命防衛隊はイランの最高指導者であるハメネイ師の直属組織であり、コッズ部隊はその中核を占め、イランの対外工作を取り仕切る重要組織である。ハメネイ師は、今回の事件を受けて米国への報復を明言している。攻撃対象は米軍施設あるいはイスラエルの都市とみられている。また、イランは、ウラン濃縮活動をさらに進める姿勢を表明した。

ソレイマニ氏の殺害はトランプ政権のイラン政策を大きく転換させるものである。それは、トランプ大統領によるイラン核合意の破棄以降燻ってきた米国とイランの対立を決定的にするばかりでなく、中東地域の地政学リスクを一気に高めることになるだろう。トランプ大統領はイランによる報復措置が実施されれば、52の目標に対して攻撃を始めるとしている。イラン側の報復攻撃で米国側に死傷者が出れば、両国の対立は制御不能の軍事衝突に陥るリスクもある。

トランプ政権はイラクやアフガニスタンからの駐留米軍の撤収を公約に掲げてきた。しかし、弾劾問題で逆風にさらされる中、今年の大統領選挙を意識して国民の目を国外にそらす観点から、この公約を覆して中東地域での軍事行動を強める可能性もあるだろう。

リスクは米中貿易摩擦から中東情勢へ

年末から年明けにかけての世界の金融市場は、米中貿易摩擦の緊張緩和や世界経済の安定化への期待から、楽観の度をかなり強めていた。今回の事件は、こうした金融市場の楽観論に大きく水を差すものとなった。まさに、「好事魔多し」の例えのようだ。

今回の事件は、2020年の金融市場にとってのリスクの重心が、米中貿易摩擦、世界経済の失速懸念から、米大統領選挙とも結びついた地政学リスクへとシフトしていることを示唆している面もあろう。

市場では、原油価格が急騰するとともに、リスク回避傾向の下で円高が進んでいる。足もとでは1ドル107円台後半と昨年10月以来の円高水準だ。

昨年1月4日には、中国経済への懸念を背景に、いわゆる「アップルショック」によって一時円高が急伸した。今年もほぼ同じ時期に、地政学リスクの高まりによって日本市場は再び円高に見舞われている。

世界経済は米国、中国を中心に安定化の兆しを見せており、国内経済も今後はその恩恵を受けることが見込まれる。しかし、米国とイラクとの間で軍事的対立が強まり、原油高が進む場合には、それらが世界経済の持ち直し傾向に水を差す可能性が生じ得るだろう。特に日本市場では、原油高、円高、株安の3つの傾向が同時に強まれば、それによって国内経済の安定が大きく揺るがされる可能性も考えられるところだ。

原油価格の10%の上昇は、国内GDPを2年間で0.1%程度押し下げる程度であるが(内閣府の短期経済モデルによる)、同時に5%の円高進行が加われば、追加で、GDPは2年間で0.3%程度も押し下げられる。これに株価下落の影響が加われば、GDPの押し下げ効果はさらに強まることになるはずだ。中東情勢次第によっては、国内経済の失速懸念が強まる事態も考えられるところである。

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