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中長期財政試算はミスリーディング

2020/01/21

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基礎的財政収支の黒字化達成は目途が立たない

政府が目標とする国と地方の基礎的財政収支(PB)の黒字化達成が、一段と遠のいている。内閣府は1月17日に開かれた経済財政諮問会議に、基礎的財政収支(PB)の黒字化達成が、政府が目標とする2025年度ではなく2027年度になるとの試算を含む資料を示した。

内閣府は毎年1月と夏に、中長期の財政試算をまとめている。昨年7月時点の試算と比較すると、基礎的財政収支(PB)の黒字化達成時期は2027年度で変わらないが、2025年度の赤字額見通しは、2.3兆円の赤字から今回3.6兆円の赤字へと拡大している。足もとの税収の下振れなどがその背景だ。

しかもこの試算は、内閣府の「ベースラインケース」ではなく、「成長実現ケース」という楽観シナリオに基づいたものだ。実際には、基礎的財政収支黒字化の目途は、全く立っていないといえる。

この成長実現ケースでは、 2020年代前半に実質2%程度、名目3%程度を上回る成長率を実現することが想定されている。足もとの実質GDP成長率のトレンド、いわゆる潜在成長率が+0.6%程度と推定されている(日本銀行による)一方、基調的な消費者物価上昇率のトレンドは0%に近いわずかなプラスであることを踏まえると、日本経済に全く予期しない激変が生じない限り、こうした経済環境が近い将来実現されることはない。

デフレ脱却という安易な前提

さらに、ベースラインケースでも、2020年代前半の実質GDP成長率は+1.1%~+1.5%のトレンド、消費者物価上昇率は+0.6%~+0.8%のトレンドと、いずれも現状よりもかなり楽観的な前提となっている。内閣府の成長実現ケースは実際には「超楽観シナリオ」、ベースラインケースは実際には「楽観シナリオ」とするのが妥当だ。これ以外により現実に近いベースラインケースも示さなければならないのではないか。

成長実現ケースとして適当に前提を置いて財政を試算することは簡単なことだが、その前提を具体的な政策などによって達成する目途が立たないのであれば、その試算は全く意味がないものだ。

内閣府の資料によると、成長実現ケースでの実質GDP成長率見通しは、全要素生産性(TFP)上昇率が、日本経済がデフレ状況に入る前に実際に経験した上昇幅とペースで足元の水準(0.4%程度)から1.3%程度まで上昇することが前提となっている。つまり、デフレという異常な状態にある日本経済がひとたびデフレを脱して正常な姿に戻れば、生産性上昇率もデフレ以前の水準を取り戻す、との考え方である。これは大きな誤解であり、また人々に誤解をもたらすものだ。

現在の生産性上昇率、実質GDP成長率や物価上昇率は、日本経済の実力を反映した水準にある、いわば常態である。2013年以降、消費者物価上昇率はプラスの領域にあり、この点からデフレ状態は解消されているが、それにも関わらず、全要素生産性(TFP)上昇率はその間低下傾向を辿り、また潜在成長率も足もとではやや下振れている。この点をどう説明するのか。

ミスリーディングに溢れた試算と資料

また、基礎的財政収支(PB)の黒字化達成時期は後ずれを続けているとはいえ、内閣府が示している資料では、基礎的財政収支(PB)は、過去10年間は改善傾向を辿っている。この点が、財政環境悪化に関する政府及び国民の間で、危機感を削いでいる面があるのではないか。また、それが「消費税率のさらなる引き上げは必要ない」との首相の発言の底流にもあるのではないか。

しかし、基礎的財政収支(PB)の実績値を、この資料では2010年から表示していることが大きな問題だ。基礎的財政収支(PB)は2008年のリーマンショックで大幅に悪化した後、世界経済の歴史的な長期回復に助けられて改善傾向を見せているのである。しかし次に国内景気が本格的な後退局面に陥れば、再び基礎的財政収支(PB)の赤字は大幅に拡大する可能性が高いだろう。内閣府の資料では、基礎的財政収支(PB)は、景気後退局面を含む形で、リーマンショック以前の時期から表示すべきである。

このように、内閣府の中長期の財政試算とその資料には、ミスリーディングな部分が多い。これが、財政環境の悪化に対する国民の危機意識を高めることを妨げ、また、財政環境改善に向けた具体的な政策の実現に向けた求心力を高めることを妨げてしまっている点があるのではないか。

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