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人種差別・格差問題への対応を金融政策に求めるのは誤り

2020/08/20

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バイデン氏はFRBに人種間所得格差の是正を求める

19日にバイデン氏は、民主党の米国大統領候補に正式に指名された。バイデン氏は、大統領選挙戦で人種差別・格差問題に焦点をあてる戦略をとっている。黒人差別デモへの対応で国民からの支持を下げたトランプ大統領の大きな弱点を、この問題に見出したからである。

7月28日にバイデン氏は、人種間の所得格差是正を目指す政策を発表している。問題は、米連邦準備制度理事会(FRB)の対応を、その柱に据えたことだ。これは、大きな誤りなのではないか。

バイデン氏は、FRBに対して、雇用や賃金、所得面で長く続いている人種間格差を調査して、定期的に報告することを義務付ける方針を示している。また、金融政策や金融規制などを通じて、実際に格差是正に取り組むよう促す考えを示したのである。

バイデン氏は、「雇用の極大化や物価安定という現状の使命の範囲内で、雇用や賃金、資産について固定化されてきた人種間格差を積極的に監視して対応すべきだ」と指摘している。また、FRB幹部の人選についても、人種の多様性を考慮すべきだと提言している。

国民のFRB批判も味方につける戦略

バイデン氏がこうした主張をした背景には、「コロナショックに対するFRBの積極的な金融緩和措置が株価上昇、特にコロナショック下でも売り上げを伸ばすテクノロジー関連企業の株価の上昇をもたらすことで、富める者がより豊かになるという形での格差拡大を助長している」との国民の批判がある。また、金融緩和が格差拡大を助長したとの議論は、2008年のリーマンショック後から続いてきたものでもある。

バイデン氏は、格差問題への対応と同時に、こうしたFRBへの国民の批判も味方に付けようと、一挙両得を狙ってFRBに格差是正への対応を求めているのだ。

FRBのデュアルマンデートの達成を一段と難しくしてしまう

FRBの金融政策は「雇用極大化と物価の安定」という2つの使命(デュアルマンデート)を果たすことがFRB法によって定められている。経済面からの人種差別・格差への対応は、この使命には含まれていないのである。

仮に、バイデン氏が主張するように、金融政策の決定に際して、格差への配慮という要素を新たに加えた場合には、「雇用極大化と物価の安定」という2つの使命の達成がより疎かになってしまうだろう。

実は、「雇用極大化と物価の安定」という2つの使命(目的)でさえ、同時に達成することは難しい。完全雇用の状態で物価上昇率が目標水準を下回る、あるいは雇用情勢が悪化するもとで、物価上昇率が目標水準を上回ることなどは、しばしば生じ得るのである。

2つの目標を達成することさえ難しいのに、3つの互いに優先順位のない目標を設定した場合には、金融政策は3つの目標の間でまさに身動きが取れなくなり、機能不全に陥ってしまうだろう。さらに、FRBには金融システムの安定維持という、別の重要な使命もある。

格差対応は政府の役割

人種間での経済的な差別・格差への対応は確かに重要な課題であるが、それは、明らかに政府の役目である。

ただし、バイデン氏に限らず、中央銀行に対してその使命を超えた役割を求める傾向は、世界的に強まっている。最近では、中央銀行が地球温暖化対策に積極的に関与すべき、といった意見である。

しかし、これも中央銀行の本来の役割ではない。中央銀行の守備範囲は広くなく、その狭い範囲の役割をしっかりと果たしていくことこそが重要である。困った時の中央銀行頼み、という傾向は断ち切る必要がある。

トランプ大統領は、ドル安効果も視野に入れて、FRBに対して金融緩和を強く求める、政治介入を繰り返した。これはFRBの独立性を低下させ、最終的には金融市場の安定を損ねてしまう誤った政策姿勢だ。仮にバイデン氏が大統領選挙を制して政権を成立させれば、こうした愚策はとらないはずだ。政府とFRBとの関係は、現政権下よりも改善するだろう。

しかしながら、FRBに人種差別・格差対応を求める今回のバイデン氏の方針は誤りである。バイデン氏は、大統領選挙戦略にFRBを巻き込んでしまうことをせず、「人種差別・格差問題に適切に対応していない」と、トランプ政権を強く批判することに留めるべきである。

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