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米中対立は激化も貿易合意は破棄されない方向

2020/08/24

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「第1段階」合意の検証を行う米中会合は延期に

今年2月に米中は貿易協議での「第1段階」の合意が成立したが、その進展を検証する会合が、当初8月15日に予定されていた。合意発効から6か月後に検証することが、予め決まっていたのである。米通商代表部(USTR)のライトハイザー代表と中国の劉鶴副首相が、ビデオ会議の形式で協議する予定だったとされる。ところが、会合は突如延期となった。

18日になってトランプ大統領は、理由を明らかにすることなく、「私が延期した。今は中国と話したくない」と述べたのである。

米国は、新型コロナウイルスへの対応や香港国家安全法の制定などで、中国政府を強く非難している。また、中国通信機器大手の華為技術(ファーウェイ)など中国のハイテク企業への制裁を実施するなど、コロナ問題発生後は、中国に対する攻勢を一段と高めている。さらにトランプ政権は、安全保障上の懸念を理由に、米国での中国のアプリ排除を進める強硬姿勢を見せているのである。

TikTok問題で米中対立が強まる

トランプ大統領は14日に、中国IT企業の北京字節跳動科技(バイトダンス)に対して、同社が運営する動画投稿アプリ「TikTok(ティックトック)」の米国事業を、90日以内に売却するよう命じた。中国政府は、このトランプ政権の姿勢を、投資の安全保障審査を政治的な道具として乱用し、中国企業の米国での正当な権益を損ねているとして、強く批判している。

検証会合が延期された背景には、中国側が貿易問題だけでなく、中国企業に対するこうしたトランプ政権の措置も議題にする考えを示したことがあったのではないか。実際、中国外務省報道官は、米国の中国企業に対する措置が貿易合意に影響する、と説明している。

トランプ政権は、検証会合はあくまでも「第1段階」の米中貿易協議の進展を検証するものに限りたかったのではないか。それは、議論が紛糾することで、「第1段階」の米中貿易協議が破棄される事態に至ることを避けたかったからではないか。

中国の米国製品輸入は目標を下回っている

「第1段階」の合意では、中国は、2017年の輸入額を基準に米国からのモノやサービスを2年間で計2千億ドル増やすことを約束した。ところが、新型コロナウイルス問題による経済の悪化から、中国側の輸入増加の進捗はかなり遅れているのが現状だ。

米国側の統計で見ると、米国から中国への輸出額は、今年上期(1月~6月)に前年同期比4.6%減となり、中国の米国からの輸入は伸びていない。米ピーターソン国際経済研究所の調べによると、今年6月時点で、中国による米国製品の購入額は、合意に基づく年初時点での目標の約47%にとどまるという。

ところがやや驚くことに、トランプ政権からは、中国側の輸入拡大の取組みを評価する声が多く聞かれる。本来、反中国的な姿勢が強い高官も含めてである。

米国家経済会議(NEC)のクドロー委員長は20日に、米中関係は貿易以外の面では悪化しているものの、両国とも貿易協定には引き続き取り組んでいる、そして中国は基本的に貿易合意の計画通りに行動している、と述べている。さらに、USTRのライトハイザー代表が「進展に満足している」と話すのを何度も聞いており、「コロナ問題の影響を調整したとしても、中国は米国産品を大量に購入している」とも語っている。

さらに、反中姿勢が極めて強いナバロ大統領補佐官さえも、第1段階の米中貿易合意は順調である、としているのである。

貿易合意は大統領選挙でアピールできる重要な成果

こうした発言は、おそらく大統領選挙を強く意識したものだろう。香港問題では中国に対して強い姿勢を示し、また中国企業に対する制裁を強化することは、米国民にも支持され、選挙に有利に働くとの考えが、トランプ政権にはあるだろう。

他方で、第1段階の米中貿易合意は、トランプ政権にとっては、大統領選挙でアピールできる重要な政策上の成果である。特に中国による大豆など、米国からの農産物の輸入拡大は、米国の農家の支持を得ている。

そのため、第1段階の米中貿易合意が破棄され、米国企業や国民に批判されかねない追加関税を再び課すことを余儀なくされるような事態に追い込まれることは、少なくとも大統領選挙までは避けたい、というのが、トランプ政権の本音なのではないか。そして、この点は、中国側に見透かされていることだろう。

延期された貿易合意の検証会合は開かれる

中国商務省は20日、中国と米国は貿易合意の進展について協議するため、近く電話会議を行うことを決定した、と発表した。中国側が、貿易以外に議論の対象を広げないことを、米国側に約束したのかもしれない。この点からも、金融市場が警戒する米中貿易合意破棄の可能性は、かなり低下したと推察できるのではないか。

米国の対中攻撃は今後も続くことは必至であるが、その対象は貿易から、新型コロナへの対応、ウイグル人権問題、香港問題、中国企業の米国での活動などに、比重を移していこう。さらに制裁措置としては、追加関税から中国高官の米国資産凍結、あるいは銀行への制裁措置、といった金融面へと移っていくことになるのではないか。

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