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マネロン問題に揺れる世界の銀行と対策費用負担に苦しむ邦銀

2020/09/25

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大手銀行が適切なマネロン対策を講じなかった可能性

国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)とバズフィードなど複数のメディアは9月20日に、世界の大手金融機関が、マネーロンダリング(資金洗浄)に関わっているリスクがある疑わしい取引を、20年近くにわたって容認していた可能性がある、と報じた。

各国の金融機関は、米財務省の金融犯罪取締ネットワーク(FinCEN)に、マネーロンダリングを疑われる取引を報告することが求められている。これは不審行為報告書(SAR)と呼ばれる。バズフィードは漏えいした2,100を超える不審行為報告書を入手し、それをICIJやその他のメディアに提供した。今回報じられた、いわゆる「フィンセン(FinCEN)文書」は、それに基づいて分析された結果である。

ICIJの報告によると、漏えいした不審行為報告書には、1999年から2017年の間に行われた、2兆ドル超の取引に関する情報が含まれているという。この不審行為報告書は、疑わしい取引を銀行が報告するものであり、すべてがマネーロンダリングの取引と言う訳ではない。

銀行は、不審な資金取引を察知したら60日以内に不審行為報告書を届け出る必要がある。しかしICIJによると、問題のある取引が処理されてから数年も報告されずにいた事例もいくつかあるという。

不審行為報告書に出てくる世界の主要銀行は、HSBCホールディングス、スタンダード・チャータード(スタンチャート)、バークレイズ、ドイツ銀行、コメルツ銀行、JPモルガン・チェース、バンク・オブ・ニューヨーク・メロン(BNYメロン)などで、これらの金融機関幹部は詐欺や麻薬取引などの犯罪に関連した資金であると把握しながら、不正送金を許可していた疑いがあると、ICIJは指摘している。

金融当局の問題意識も高める

また、この「フィンセン文書」は株式市場にも影響を与えており、名前が挙がった大手銀行の株式が直後に売られた。特に、HSBCなどでは、そうした傾向がより顕著となっている。

他方で、名前が挙がった銀行からは、「フィンセン文書」は過去の情報であり、現在は、厳しいマネーロンダリング対策を講じている、との反論が多く聞かれる。HSBCは「ICIJが提供した情報はすべて昔のものだ」と述べ、またドイツ銀行は「(ICIJは)多くの歴史的問題を報道した」と指摘し、「当行は多大な資源を投じて管理を強化しており、責任と義務を果たすことに非常に注力している」と述べている。

それでも、この「フィンセン文書」は、銀行のマネーロンダリング対策が十分であるかどうかについて、問題意識を世界に広げるきっかけとなったことは疑いがない。金融当局にも相応の影響を与えただろう。

22日にイングランド銀行(BOE)のウッズ副総裁は、英国の銀行は不正資金対策を「最優先課題」にするべきであり、そうしなければ厳しい罰金を科せられる可能性がある、と述べている。これは、英国を本拠地とするHSBC、バークレイズ、スタンダード・チャータード(スタンチャート)が、「フィンセン文書」に含まれていたことを受けた発言だ。同氏は、「フィンセン文書」は犯罪者が自らの目的を果たすために金融システムを利用するという事実に注意を喚起しているとしている。そのうえで、「銀行は多くの取り組みを行ってきたが、さらなる対応が必要だ」と強調している。

「フィンセン文書」には複数の邦銀の名も

「フィンセン文書」には複数の邦銀の名も挙げられている。ある大手銀行は、不審な資金移転があった中国企業に対して多額の送金をした、日本国内の外国人に関する報告も行っていた。この大手銀行は、外国人の口座開設が、他行に比べて容易だ。通常は口座開設に6か月以上の滞在期間を条件とするが、この銀行は、在留期間満了まで3か月以上あることのみを要件にしている。昨年までは、その要件もなかった。

ただし、マネーロンダリング対策の強化で日本でも外国人の口座開設の条件が厳格化する中、この大手銀行が、「口座難民」に陥りかねない在留外国人の生活を支えた面もあったとみられる。このことは、マネーロンダリング対策の強化と、顧客の利便性とが相容れないことがあることを、裏付けていよう。

対策の負担増加で海外送金業務の撤退や縮小も

ところで、マネーロンダリング対策強化を当局から強く求められる中、その費用の増加に苦しむ邦銀は、それを顧客に転嫁する動きや、海外送金業務の撤退する動きを強めており、マネーロンダリング対策の強化が顧客の利便性を低下させていることが確認できる。

共同通信と朝日新聞が全国121の銀行に対して8~9月に実施した、マネーロンダリング対策に関するアンケート調査によると、半数超の63行が海外送金手数料を過去5年以内に値上げしたことが明らかになった。さらに、地方銀行10行は海外送金業務の撤退や縮小を検討しており、4行は既に撤退や一部撤退をしたと回答している。取引の監視強化などマネーロンダリング対策のコストが膨らんだことが背景にある。

地方銀行による海外送金業務の撤退や縮小は、業務の絞り込み、「選択と集中」の一環と前向きに捉えることもできる。しかし、日本企業の海外進出の拡大や在留外国人の増加を受けて海外送金の重要性が高まる中で、銀行の海外送金業務の撤退や縮小が広がることは、顧客の利便性を大きく損ねることになるのではないか。

当局は、銀行に対してマネーロンダリング対策を強く求めるならば、それに関わる巨額の費用の発生が広く一般に周知されること等を通じて、銀行の手数料引き上げがより容易になるような環境づくりを助けることも、今後は検討されるべきではないか。

さらに、送金事業者の規制緩和で、この分野でのフィンテック事業者の台頭も予想されるが、マネーロンダリング対策については、銀行とフィンテック事業者との間で求める水準に差が生じることがないような配慮も、当然ながら必要だろう。

(参考資料)
「米欧などの大手銀が違法資金移動に関与か、20年近くと報道」ロイター通信ニュース、2020年9月21日
「英国の銀行、不正資金対策を最優先課題にすべき=中銀副総裁」ロイター通信ニュース、2020年9月22日
「海外送金、半数超が値上げ―マネロン対策で負担増」共同通信ニュース、2020年9月22日

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