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トランプ大統領のコロナ感染で一層混迷を深める米大統領選挙戦

2020/10/05

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トランプ大統領は経済・雇用情勢では強い逆風の中で選挙を迎える

米国労働省が2日に発表した9月分雇用統計では、非農業部門雇用者数は前月比66万1,000人増加し、また失業率は7.9%に改善した。事前予想の平均値はそれぞれ約80万人増、失業率が8.2%だった。失業率は事前予想よりも良かった一方、雇用者増加数は事前予想を大きく下回ったのである。

雇用者増加幅は、4月以降で初めて100万人を割り込んでおり、改善ペースは明確に鈍化している。3・4月に合計で2,200万人分の雇用が失われ、その後5か月間で半分程度の雇用が回復した。しかし、回復ペースは足もとで明確に低下していることを踏まえると、雇用者数がコロナショック前の水準を取り戻すまでには、相当の年月が必要となるだろう。

今回は、11月3日の大統領選挙前に発表される最後の雇用統計である。トランプ大統領は、極めて厳しい経済、雇用情勢という強い逆風の中で、選挙を戦うことを強いられるのである。

大統領の感染が「オクトーバーサプライズ」

「オクトーバーサプライズ(October surprise)」という言葉がある。これは、米大統領選挙の1か月前の10月には、選挙の行方に大きな影響を与える予想外の出来事が生じやすいことを意味するものだ。

例えば、前回2016年の大統領選挙の際には、2016年10月28日にFBIのコミー長官が民主党候補ヒラリー・クリントンの国務長官時代の私用メール問題で新証拠を発見し、再捜査すると発表した。これによってクリントンの支持率が低下し、大統領選敗北につながったとの見方もある。

10月2日に明らかになったトランプ大統領の新型コロナウイルス感染が、今回の大統領選挙で最大の「オクトーバーサプライズ(October surprise)」となる可能性がある。

新型コロナウイルスへの感染が判明したトランプ大統領の病状は、比較的軽いものと主治医は当初説明していたが、その後説明を修正し、トランプ大統領の血中酸素濃度が一時低下し高熱が見られたことを認めた。ただし、トランプ大統領の様態は回復しているとしている。5日には退院する見通しと報じられている。

政権は、トランプ大統領の症状が悪化し職務の遂行が困難になった場合に備えた。合衆国憲法修正25条では、大統領自身が職務上の権限や義務を遂行できないと判断した場合、上下両院への書面通告を経て副大統領が大統領代行に就くことが定められている。つまり、ペンス副大統領が大統領代行となる。

さらに、ペンス副大統領も大統領の職務が遂行できない場合には、大統領職の継承順位に基づき、野党・民主党のペロシ下院議長が大統領代行になる。ちなみに両者ともに、現状では新型コロナウイルスに感染していないことが確認されている。

トランプ大統領の感染は選挙に逆風

トランプ大統領の感染によって、改めて新型コロナウイルス問題への対応が、大統領選挙の大きな争点に浮かび上がってきた。感染は、多くの点からトランプ大統領にとって選挙の逆風となっている。

第1に、今まで感染対策を軽視する姿勢も見せてきたトランプ大統領が、自ら感染したことで、感染対策の誤りが注目されやすくなった。第2に、自らの感染によって危機管理能力が問われている、第3に、仮にトランプ大統領が今後重症化した場合には、大統領職を続けることが体力的に難しいとの見方が有権者の間で高まる、第4に、少なくとも一定期間は選挙活動が制約される。集会で直接有権者に呼び掛けるといった、トランプ大統領が得意とする活動スタイルの実施が、今後は難しくなるだろう。

トランプ大統領は、再選に向けて全米を飛び回る中で、マスクの着用の有効性に疑問を投げかけ、大規模な選挙集会を開くことでの感染拡大のリスクを軽視してきた。ウォールストリートジャーナル紙によると、こうした大統領の姿勢を反映して、ホワイトハウスや陣営内でも、定期的にマスクを着用するスタッフはほとんどおらず、ソーシャルディスタンス(対人距離の確保)も守られていないという。エアフォースワン(大統領専用機)や選挙集会の会場でも、スタッフはめったにマスクを着けないという。ホワイトハウスは6月に、敷地内への入場者全員に課していた定期検温の実施を取りやめた。

またトランプ大統領は、遊説先の州・地方自治体の当局者から感染リスクを高めかねないとの警告を受けていたにもかかわらず、過密スケジュールで集会を続けてきた。

トランプ大統領は、9月29日の大統領選の第1回テレビ討論会でも、「必要ならマスクを着用するが、彼(バイデン氏)のようには着けたくない」と指摘し、「彼はいつでもマスクを着用している。私と200フィート離れて話すことができるのに、これまで私が見た中で一番大きなマスクを着用して現れた」などと、バイデン氏を揶揄する発言をしていた。

まだ不確定な要素も

他方、トランプ大統領の感染によって大統領選でより有利になると考えられる民主党バイデン陣営にとっても、対応を誤れば、むしろ逆風に代わる可能性も残されている。

バイデン氏が、今後トランプ大統領の感染対策を批判する中で、「トランプ大統領の病状が悪化することを望んでいる」との印象を国民に与えてしまう場合には、国民からの反発を受ける可能性がある。また、トランプ大統領がそうした批判を煽る可能性もあるだろう。

バイデン氏は「トランプ大統領の病状回復を祈る」とのコメントを迅速に発表し、そうしたリスクへの対応は、今のところは上手くやっている感じだ。

一方、トランプ大統領が重症化せずに比較的早期に回復する場合には、その自身の経験を「感染のリスクは誇張されてきた」ことの証拠として利用し、従来からの自らの感染対策が正しかったことを改めて主張する可能性もある。

そうした前例がブラジルにある。ブラジルでは今夏に、感染リスクを軽視する発言をしていたボルソナロ大統領が自ら感染したものの、軽症で終わり、自身の早期の回復を理由に、感染のリスクは過大評価されているとして、ブラジル国民はウイルス対策のために日常生活を止めるべきではないとの論拠を強めたのである。

トランプ大統領も同様な演出で、選挙までに自身のコロナ対策への支持を回復させる可能性も残されている。このように、トランプ大統領の感染は、大統領選挙に向けて逆風となる可能性が高いものの、不確定要素は多く、まだトランプ大統領の敗北を決定づけるものとは言えない。

大統領感染で株価下落の背景は複雑

2日には、トランプ大統領の感染のニュースを受けて、アジアや欧州では株価下落の傾向が見られた。米国ではダウ工業株30種平均は最終的には134ドル安にとどまったものの、取引開始直後に400ドル超の値下がりとなった。

株価下落には複数の要因が絡み合っており、その背景は複雑だ。第1に、米国大統領の執務遂行に支障が生じることは、世界的な株安要因となりやすい。世界最強の国である米国の大統領は、核兵器使用権限を握る米軍最高司令官であり、その大統領の執務遂行に支障が生じれば、世界安全保障環境に重大な影響を及ぼしかねない。これに乗じて、他国が米大統領選挙への干渉を試みることや、挑発的な軍事行動を起こす懸念もあるだろう。この点から、トランプ大統領の感染のニュースに、世界の株価が悪い反応を見せたのは当然のことだ。

第2に、トランプ大統領の感染を受けて、既に見てきたような理由から、市場は民主党のバイデン氏が勝利する可能性がより高まったと考えた。民主党政権のもとで、法人・個人所得増税が実施されるとの観測は、米国企業と株式市場にとって逆風と捉えられる面がある。

市場は大統領選挙の結果よりも選挙後の混乱を懸念

第3に、トランプ大統領の感染を受けて、民主党のバイデン氏が勝利する可能性が高まることは、大統領選挙後に混乱が生じるリスクがより高まることも意味する、と市場は理解したのではないか。

開票の過程でトランプ大統領の勝利が決まる場合には、バイデン氏は素直に敗北を受け入れるだろうが、逆にバイデン氏の勝利となる場合には、トランプ大統領は敗北を受け入れない可能性が相応にある。トランプ大統領は、郵便投票や投票用紙の破棄などの不正行為によって、選挙結果はバイデン氏に有利になるように歪められたと主張して、最高裁の判断に委ねることが予想されるのである。

この場合、大統領選挙の結果が長らく確定せず、政権移譲が行われないことから、米国の政治・社会に大きな混乱が生じよう。それは、米国の民主主義制度に対する信認も損ね、金融市場にも悪影響が及ぶだろう。トランプ大統領の感染を受けて金融市場は、そうした混乱のリスクがより高まったと判断したのではないか。

トランプ大統領の感染は、大統領選挙でバイデン氏に有利に働く側面が強いと見られるが、選挙の行方は未だ混とんとしている上に、選挙後に政権移譲が平和裏に進まずに、米国政治・社会に大きな混乱が生じるリスクはむしろ強まった可能性も考えられるところだ。

選挙が近づく中で、世界の金融市場もそうしたリスクへの警戒心を、日々強めていくことになるだろう。

(参考資料)
"Trump and His Aides Have Long Downplayed Importance of Face Masks, Distancing", Wall Street Journal, October 3, 2020

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