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コロナが引き起こす新たな大量出向スキームの帰趨

2020/10/30

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ANAホールディングスは400人以上の大量出向を計画

ANAホールディングス(ANAHD)は、2021年3月期連結決算の最終利益が、過去最悪の5,100億円の赤字に陥る見通しを発表した。国際線の本格的な稼働による売り上げ回復が当面見込めない中、構造改革案、コスト削減策も併せて表明している。全社員の月給を引き下げ、冬のボーナスはゼロとする方向だ。これによって、一般社員の年収は3割減ることになるという。さらに採用凍結で人件費の増加も抑制する。

驚いたのは、従業員をグループ外企業に、来春までに400人以上出向させる計画、とANAHDが説明している点だ。人件費抑制のためにこれほど大量の出向者を他企業に送るのは、異例のことだ。

ANAHDは、出向先としてスーパー成城石井、家電量販店大手ノジマの2社を公表している。さらに内部資料に基づく報道によると、人材サービス大手パソナ、通信大手KDDIへの出向も募集しているという。出向先での業務としては、データ入力、資料作成コールセンター、企画といった事務や営業、社員向けの英会話講師、接客マナー講師などが提示されたとされる。

出向の期間は半年から2年程度と想定されており、出向先への転籍はないという。また、会社から強制的に出向させることはなく、本人の意思を尊重する、と説明されている。

雇用調整助成金制度を活用し出向を人件費削減につなげるか

大量出向の最大の狙いは、当面の人件費抑制だ。給与の支払いは出向先企業には求めず、引き続きANAHDが負担する。そのため、人件費の抑制にはならないようにも見える。しかし、出向先企業からは、人材を派遣したことへの対価をANAHDが受け取ることができる模様であり、その結果、事実上の人件費抑制が実現できると見られる。

さらに、ANAHDは雇用調整助成金制度を活用することで、出向を人件費削減へとつなげていくものと推察される。雇用調整助成金は、経済上の理由により事業活動の縮小を余儀なくされた事業主が、一時的な雇用調整を実施することによって、従業員の雇用を維持した場合に助成される制度だ。その一時的な雇用調整の中に、休業、教育訓練と並んで、この出向が含まれているのである。出向の場合には、「3か月以上1年以内に出向元事業所に復帰するもの」であることが、企業が雇用調整助成金を受け取ることができる要件と明記されている。

雇用調整助成金制度の利用では議論も

企業が短期間の雇用調整手段として出向を選ぶ場合に限って、幅広く企業と労働者が負担する雇用保険基金から特定企業に助成金が支払われるのが、この雇用調整助成金制度での仕組みである。現時点では一般予算もあてられている。

ところが、ANAHDは出向期間を半年から2年程度と説明していることから、雇用調整助成金を受け取る場合には、1年以内とする要件を巡って、当局との調整が必要になってくる可能性もあるのではないか。

さらに、転籍させることは否定しつつも、出向する従業員と受け入れ先企業が仮に合意すれば、いずれ転籍を認めていくこともANAHDは念頭に置いているのではないか。恒久的な人件費削減となるためである。ただしその場合には、出向中にANAHDが受け取っていた助成金を返却するのか、等といった議論も生じるかもしれない。

産業構造の転換を促す側面も

ところで、三菱重工業も、新型コロナウイルス感染症の拡大に伴う経営環境の悪化を踏まえ、従業員の出向の受け入れをトヨタ系企業等グループ外の複数の企業に打診していることが明らかになっている。

業績が回復するまでの間、人件費を抑制するために従業員を休業させることに加えて、このように他企業へと出向させる大手企業は、今後増加してくるのではないか。コロナショックをきっかけに、新たな雇用調整手段としての出向制度が、今後は広まり根付いていくのかもしれない。

ANAHDや三菱重工業は、業況が回復すれば、出向させている従業員を呼び戻すことを想定しているだろう。ただし、売上がコロナショック前まで戻らない場合には、恒久的措置としての雇用調整も必要になってくる。その場合には、既に見たように、出向先企業に従業員が転籍することも、視野に入れているのではないか。

このような形で、従業員が、失業を経験することなく別の業種の企業へと移っていくのは、当人が望んでいることが前提ではあるものの、比較的円滑な形での産業・企業間の人の移動を実現するものであり、それが新たな産業構造の転換を促すものになる、とも言えるのではないか。

新たな出向スキームに様々な潜在力

一方、売上がコロナショック前まで戻らない場合には、雇用を調整してビジネスを縮小するという選択肢以外に、需要が期待できる新たなビジネスに進出していく、多角化によるビジネス拡大という選択肢もまた考えられる。この場合、出向先で従業員が吸収した他業種のノウハウが、新規ビジネスで大いに活かされていく可能性も考えられるところだ。

企業の出向は、雇用調整など後ろ向きのイメージで捉えられることも少なくないが、このように前向きに活用されていく可能性もある。コロナショックをきっかけに広がりを見せるグループ外企業への出向スキームは、企業の雇用調整、企業の新規事業の拡大、あるいは産業構造の変化を促すなど、様々な側面から今後その影響力と存在感を高めていく潜在力があるのではないか。

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