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RCEPは米中対立の新たな火種か対立緩和の糸口か

2020/11/27

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地域的包括的経済連携(RCEP)が発効へ

日中韓3か国と豪州、ニュージーランド、東南アジア諸国連合(ASEAN)10か国の計15か国は11月15日に、自由貿易圏構想「地域的包括的経済連携(RCEP・アールセップ)」について正式に合意し、協定に署名した。ASEAN10か国のうち少なくとも6か国、その他5か国のうち少なくとも3か国が自国の議会での批准プロセスを完了して、初めて正式に発効する。

RCEPが発効すれば、参加国の人口やGDPの合計は、環太平洋経済連携協定(TPP)や欧州連合(EU)などの経済連携協定(EPA)よりも大きくなり、世界人口の約3割、GDPの約3割を占める超巨大経済圏が誕生する。

日本にとっては、最大の貿易相手国である中国と第3位の韓国との間で結ぶ、初めての自由貿易協定となる。また、RCEPは中国が参加する初の大型自由貿易協定でもある。

ピーターソン国際経済研究所の推定によれば、RCEPにより2030年までに世界のGDPは1,860億ドル増加する見通しだ。また日本国際問題研究所によると、各国・地域のGDPへの影響は、日本が+5.0%、中国が+4.6%、韓国が+6.5%、ASEANが+5.4%と、それぞれ大きな効果が期待される。

中国はRCEPを新たな輸出入先の開拓とサプライチェーンの構築の足掛かりに

RCEPの交渉は、2012年に中国の提唱によって始められたが、その後交渉は長らく滞っていた。インドは2019年までは交渉に参加していたが、中国製品の流入が国内市場に打撃をもたらすことへの懸念や、RCEP交渉に参加していない米国への配慮などから、最終的には協定の署名を見送った。

コロナショックで各国が内向き傾向を強めやすい環境下で、こうした自由貿易協定の締結が先送りされずに成立したのは、まさに画期的である。各国共に、コロナショック後の経済回復の原動力として、貿易の拡大に期待していることの表れ、という面もあるではないか。

また、米国市場あるいは先進国市場から自国製品が締め出されつつある中国にとっては、新たな輸出入先の開拓とサプライチェーンの構築をRCEPに求めている、という側面があるだろう。

TPPと比べて参加のハードルが低い

自動車部品など日本の工業製品に各国がかける関税は、全品目の91.5%で撤廃される。無関税の品目の割合は、中国で現在の8%が86%に、韓国で19%が92%へとそれぞれ拡大される。ただし、ほぼ100%であるTPPや日EU・EPAと比べれば関税撤廃率は低く、また撤廃までの期間が20年などと長いものも少なくない。

TPPに比べて自由化の程度が緩いことが、各国がRCEPで合意できた大きな理由の一つでもある。またTPPにおいては、知的財産、労働者の権利、環境問題、国有企業に関する厳格なルールが定められているが、RCEPはこれらを含まず、経済的メリットのみを追求する枠組みとなっている。

これは、特に中国にとっては好都合なことだ。知的財産権や国有企業は、米中貿易協議でも米国からの激しい批判を浴びていた分野であり、それらを大きく見直すことは、中国の政治・経済システムを修正することにもつながりかねず、中国としては簡単には受け入れられない。

中国のTPP加盟の意向に日本は警戒

中国の習近平国家主席は19日の演説で、米国を念頭に「今年に入り単独主義や保護主義がまん延している」と批判した上で、「積極的に多国間の投資と貿易のメカニズムに参加し、より高い水準で開放した経済をつくり上げる」と発言している。中国が自由貿易推進のリーダーであることをアピールしたものだ。

その上で、TPPも含めてさらなるEPAへの参加に前向きな姿勢を示した。21日には、TPP参加の意向をより明確に示している。しかし実際には、中国のTPP参加はハードルが高いだろう。中国がTPPに参加すると、TPPをより中国に都合の良い協定へと変質させることを、日本は強く警戒するだろう。

日本は中国の「お目付け役」に

最終的にインドがRCEPに参加しなかったことは、日本にとっては誤算であった。中国と政治・経済的に対立するインドが加わらないRCEPは、中国の影響力が大きくなり過ぎる可能性があるためだ。これは、日本にとっても脅威である。

それでも、最終的に日本がインド抜きでのRCEP発効に賛成し、自らも参加を決めた背景には、自国の経済的メリットに加えて、2つの狙いがあるだろう。

第1は、中国の牽制である。日本がRCEPに参加することで、中国がRCEPをベースとして国際ルールとは異なるルールで他国との貿易を拡大させ、また経済的に他国への支配を強めることを牽制することができる。いわば、日本は、RCEP内で中国の「お目付け役」を果たすことになるのである。

米国を自由貿易主義に引き戻す狙いも

第2は、米国を自由貿易主義の路線に引き戻すことだ。米国市場などから製品が一部締め出された中国が、RCEPのもとで新たな経済圏の拡大を進めることは、経済覇権の維持の観点から米国にとっては脅威である。通商政策で米国が自国第一主義を続ければ、中国と他国、特にアジア新興国との貿易関係がより強化され、米国の貿易面での優位は低下してしまう。

日本としては、RCEPの締結が刺激となって、米国が自由貿易主義路線に戻ってくることを期待している。特に米国のTPP加盟を望んでいることだろう。TPPは、もともとは中国がアジア地域で貿易圏を拡大させ、また新たなルールを築いていくことを牽制する狙いから、米国のオバマ前大統領が始めたものだ。次期大統領のバイデン氏も、オバマ政権の副大統領として、その交渉を担っていた。

バイデン氏はトラプ大統領の下での自国第一主義を修正するとともにTPP加盟にも比較的前向きである。バイデン氏は、「TPPには再交渉の余地がある」と発言している。

しかし、民主党が8月に採択した政策綱領には、「米国の競争力に投資をするまでは、新たな貿易協定の交渉はしない」と明記されている。民主党内で慎重意見が少なくない一方、議会勢力が共和党主導となる見通しの下では、TPPの再交渉はなかなか実現しにくいだろう。しかし、それでも日本としては、いずれ米国がTPPに参加することを期待しているのである。

日本に期待される米中仲介の役割

RCEPとTPPには、日本、ニュージーランド、オーストラリア、シンガポールといった双方に重複参加している国があるとはいえ、将来的に米国がTPPに加われば、アジア太平洋地域で、中国を中核とするRCEPと米国を中核とするTPPとの対立の構図となり、両者間で貿易圏を巡る争いが高まる可能性もあるだろう。また、それは安全保障上の対立とも深く関係してくる。

その際、双方に参加している日本が、世界経済の安定のために果たすべき役割は大きいのではないか。日本は、中国が国際的な貿易ルールを遵守するよう、RCEP内で牽制、監視することができる。他方で、歴史的に見ても常に自国第一主義に陥りやすい米国に対しては、自由貿易のメリットを訴え続け、それを通じて米中間の貿易摩擦の緩和を働きかけるのである。

日本は、RCEPとTPPの統合も模索するだろう。その中で、米中間の対立を抑えることができれば、それは貿易立国である日本の利益になるとともに、世界経済の安定にも貢献できる。そうした役割を果たすことができるのは、世界の中で日本だけだ。

(参考資料)
「中国、RCEP署名で高まる存在感 日本はインド取り込めず」、日本経済新聞電子版、2020年11月16日
「ルールで中国を縛る インド抜きでもRCEP参加の狙い」、産経新聞速報ニュース、2020年11月18日
「習主席、演説でRCEP署名誇示 『多国間貿易に積極参加』-『米中分断の試み』非難 バイデン氏けん制」、日本経済新聞電子版、2020年11月19日

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