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ECBのラガルド総裁の記者会見-New forward guidance

2021/07/22

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はじめに

ECBの今回(7月)の政策理事会は金融緩和の現状維持を決定した一方、先般決定した金融政策の戦略見直しに即して、政策金利に関する新たなフォワードガイダンスを決定した。

経済情勢の評価

ラガルド総裁は、ワクチン接種の進捗と感染抑制策の緩和によって、第2四半期に経済活動が回復し、今期もそうした傾向が維持されていると評価した。

製造業の活動は供給制約の影響を受けつつも力強く拡大し、サービス業も回復しているほか、直近の銀行貸出サーベイによれば設備投資にも動意がみられるとした。家計も雇用の回復や政府の支援によって消費を回復していると説明した。

もっとも、デルタ株の流行による旅行や宿泊への影響に懸念を示したほか、Covid-19前に比べて若年や非熟練の層を中心に330万人の雇用が喪失している点を挙げて、経済の完全な回復にはなお時間を要するとの見方を示した。

その上で今後の経済のリスクは上下にバランスしていると評価し、上方要因として貯蓄の取崩しによる消費の拡大やCovid-19の早期の収束、下方要因としてCovid-19の感染再拡大や供給制約の長期化を挙げた。

物価情勢の評価

同じく冒頭説明でラガルド総裁は、エネルギー価格の上昇やドイツのVAT減税の反動を主因に、インフレ率は今後数か月はさらに加速するとの見通しを確認した。もっとも、来年にはこうした要因が剥落する一方、労働市場のslackによる賃金の低迷や既往のユーロ高の影響によって減速するとの見方も確認した。

また、中期的には、経済活動の回復や金融緩和の効果によってインフレ率は緩やかに上昇するが、当面は目標を下回り続けるとの見方を確認したほか、長期のインフレ期待も回復しつつあるがインフレ目標とはなお距離がある点を認めた。

金融とマネーの情勢評価

金融政策の戦略見直しの結果として、これまでのマネーサプライの要因分析は、今回からは金融環境の評価へと拡充された。

ラガルド総裁は、経済と物価の回復には良好な資金調達環境が必要である点を確認した上で、市場金利は前回会合以降に低下し、ほとんどの企業や家計にとって資金調達条件は望ましい状況にあると評価した。また、企業や家計向けの貸出金利は歴史的低水準にあり、企業の手元資金が潤沢であるため企業向け貸出は減速しているが、家計向け貸出は回復していると説明した。

その上で、家計や企業は負債を増やしており、何らかの理由で景気が悪化した場合には、影響が銀行の資産内容の悪化に波及しうる点を指摘するとともに、こうした問題の顕在化の防止が重要である点を確認した。

政策判断-政策金利に関するフォワードガイダンス

今回(7月)の政策理事会が決定した政策金利のフォワードガイダンスは、ラガルド総裁も認めたように長いだけでなく、3つの条件(criteria)からなる、やや複雑なものとなっている。

具体的には、ECBの理事会は、①見通し期間の終了期限よりも十分早い時期にインフレ率が2%に達することを予想する、②そうした状況が残りの見通し期間を通じて維持されると予想する、③インフレの基調の実績が、インフレを中期的に2%に安定させるのに十分に前進したと判断する、といった条件がともに満たされるまで、政策金利を現状またはより低い水準に維持するとした。また、声明文はインフレ率が緩やかに目標を上回ることが一時的に生じ得るとも付言している。

このうち③は、FRBによるテーパリングの開始条件と似ているが、実績に基づく点でバックワードな視点を含むほか、それまでに低インフレであった場合は、声明文が付言するオーバーシュートを容認することになる。

①と②については、声明文によれば総合インフレ率を指すとみられるほか、ともにフォワードルッキングである。また、Lラガルド総裁は①が少なくとも見通し期間の前半であるべきとの理解を示したほか、声明文によれば、①~③の条件を判断するのは理事会であり、四半期ごとに提出される執行部見通しではない。

質疑では、複数の記者がマイナス金利の実質的な長期化を意味するのではないかと指摘したのに対し、ラガルド総裁は、フォワードガイダンスの変更は、あくまでも戦略見直しに即して、新たな物価目標の達成のために政策金利を運営するためのものであると説明した。

逆に、別の複数の記者は、前回(6月)の見通しによれば終了期限でもインフレ目標に達しないだけに、現時点で金融緩和を強化すべきではないかと指摘したが、ラガルド総裁は新たなフォワードガイダンスに即して忍耐強く緩和を続けることが重要と回答した。もっとも、戦略見直しの際には、低インフレの状況では力強く忍耐強い政策対応が必要と結論付けていた。

このほか、質疑ではフォワードガイダンスの変更に関する理事会での議論の内容を質す質問も目立った。しかし、ラガルド総裁は、金融政策の戦略見直しとそれに伴うフォワードガイダンスの変更の必要性には全会一致であった一方、今回決定された内容にはごく少数のメンバーが反対した点を認めつつ、反対意見の内容は個別に取材すべきとして明言を避けた。

政策判断-資産買入れ

今回(7月)の政策理事会では、PEPPやAPPに関するフォワードガイダンスは変更していない。質疑では数名の記者が議論の状況を質したが、ラガルド総裁は今回(7月)の理事会では全く議論していないと回答した。その上で、PEPPは経済と物価の回復に必要であり、次回(9月)の政策理事会で、インフレと資金調達条件の評価に即して、買入れペースの定例見直しを行うことを確認した。

また、別の記者が来年3月というPEPPの終了期限を見直す可能性を質したのに対し、ラガルド総裁はその頃にはCovid-19が収束すると見込んでいたと説明するとともに、Covid-19の収束如何は、雇用や製造業の生産、サービス業の回復、貿易など幅広い要素への影響をみて判断する考えを示した。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融デジタルビジネスリサーチ部

    主席研究員

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