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ECBの7月政策理事会のAccount-Proportionality

2021/08/30

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はじめに

前回(7月)のECBの政策理事会では、政策運営の戦略見直しに沿ったフォワードガイダンスの見直しが焦点であったが、執行部提案には硬軟双方の観点から多くの意見が示された。

経済と物価の情勢判断

レーン理事は経済活動が回復を見せている点を確認した。製造業の生産は供給制約の影響を受けつつ拡大し、非製造業もCovid-19の影響が深刻であった部門も回復していると説明した。雇用も拡大しているが、雇用支援策が残存している点に留意を示した。

理事会メンバーも概ね(generally)合意し、景気回復が見通しに沿って推移していると評価したほか、先行きのリスクも上下にバランスしていると評価し、上方リスクとして消費者による貯蓄の迅速な取り崩し、下方リスクとして回復のばらつきに伴う中小企業の破綻の増加が指摘された。

物価についてレーン理事は、総合インフレ率の高止まりが、エネルギーに加え非エネルギー工業製品(NEIG)の価格上昇にもよる一方、サービス価格の上昇率は引続き停滞していると説明した。また、賃金上昇も契約賃金の面で停滞していると評価した。

理事会メンバーもインフレ率が想定以上である点を認めつつ、主因が一時的であるほか、基調的インフレ率は停滞しているとした。また、企業のマージンが減少した点には、生産性上昇を考慮すればユニットレーバーコストは低下したとの見方と、いずれは製品価格への転嫁が進むとの見方の双方が示された。

フォワードガイダンスの改定:執行部提案

レーン理事は、政策運営の戦略見直しのうち、①中期に2%の物価目標を達成、②政策金利の実質的下限(ELB)への配慮の2点を、フォワードガイダンスに反映する必要がある点を確認した。

また、新たなフォワードガイダンスは、物価目標の持続的な達成に理事会が高い確信を持つのに十分な証拠が得るまで利上げを行わない姿勢を明確化する必要があるとした。その上で、1)新たな物価目標への頑健な収斂という概念、2)政策金利がELB近傍かつ低インフレの下での政策反応関数の堅持、の双方を明確化すべきとした。

さらに利上げの条件として、a)見通し期間の終了より十分以前に物価目標を達成、b)物価目標の持続的達成を確信、c)基調的インフレ率も物価目標に向けて十分に前進と判断、の3点を含むことが必要と説明した。

これらを踏まえレーン理事は、「中期に2%の物価目標への頑健な収斂を確保するため、理事会は、見通し期間の終了より十分以前に物価目標を持続的に達成すると予想し、かつ基調的インフレが物価目標に向けて十分に前進したと判断するまで、政策金利を現在またはより低い水準に維持する」という案を示した。

その上で、前半部分は、見通しの予想誤差や一時的な物価上昇への反応を抑制するとともに、政策効果の波及のラグを考慮したものと説明した。後半部分は、利上げ時点での判断であり、幅広い指標を参照するとした上で、一時的かつ(供給要因のような)景気に抑制的な物価上昇への反応を抑制するためと説明した。

レーン理事は、新たなフォワードガイダンスについて、(1)状態依存の条件設定を通じて、市場の期待を自動的に誘導しうる、(2)見通し期間の早期の物価目標の達成は「中期」の考え方と矛盾しない、(3)条件の多くは事後でなく事前の達成が必要である、といった点も付言した。

さらに、現在の経済環境では、新たなフォワードガイダンスによって政策金利がより長期にわたり低位に維持されるとの見方が醸成されうる点を指摘した上で、相対的評価(proportionality assessment)の観点からは、フォワードガイダンスは従来から他の政策手段よりも物価目標の達成に有効であるほか、低金利環境の長期化による副作用は、景気刺激効果より小さいとの判断を示した。

フォワードガイダンスの改定:理事会メンバーの議論

理事会メンバーは、フォワードガイダンスを改定する必要性や早期の利上げ見通しを防止することの意義に合意したほか、フォワードガイダンスが政策金利の運営に関するコミットメントでなく状態依存の内容を維持することで、今後の情勢変化に対する柔軟性を確保する重要性も確認した。

その上で、理事会メンバーは執行部提案が、中期の物価目標の達成と政策金利がELB近傍にある点への配慮をうまくバランスしたものである点を幅広く(widely)支持したほか、2%がインフレの上限であるとの理解を払拭する必要性を指摘した。

もっとも、政策金利がELB近傍にあり、中期のインフレ期待が目標を下回り、市場は物価目標の達成以前の利上げを予想しているだけに、新たなフォワードガイダンスをより強化すべきとの意見も示され、物価見通しでなく実績に紐づける案や、最初にフォワードガイダンスを強化した上で今後の状況に即して弱める案が示された。

これに対し、見通し期間の早期に物価目標の達成を目指すことは「中期」の考え方と矛盾するとの指摘や、政策効果の時間的ラグを考慮するとインフレのオーバーシュートを意図しているとの批判、他の政策手段も目標達成に貢献しているとの指摘があった。

また、フォワードガイダンスの信認は時間的視野の長期化に伴って低下するとの懸念や、新たなフォワードガイダンスの条件が達成できないリスクも指摘され、後者に関しては、金融安定への副作用を抑制するためにも、理事会がインフレ率の上下双方の過度な動きをバランスよく警戒している点を明示すべきとの意見も示された。

その上で、執行部提案のうち、「見通し期間の終了の十分以前」の部分には、「中期」との関係や物価の見通しでなく実績に紐づける可能性も示されたが、執行部提案への支持も示された。

また、「持続的に」の部分には曖昧さが指摘されたほか、意図的なオーバーシュートに懸念が示され、結果的に急速な利上げが金融安定を損なうリスクも指摘されたが、一時的かつ緩やかであれば戦略見直しに整合的との指摘もあった。最後に「基調的インフレ」には、見通しの予測誤差や供給側要因による早期の利上げを抑止する意義が指摘された一方、指標の曖昧さや目標達成の困難化、物価目標の多元化への懸念も示された。

これらの議論を踏まえ、執行部提案は「持続的に」を「残りの見通し期間を通じて持続的に」と明確化し、「基調的インフレ」の部分を「インフレの2%での安定と整合的な形で十分前進」と修正した上で、理事会メンバーの大多数(a large majority)の支持を得た。これに対し賛成を留保した一部(a few)のメンバーは、オーバーシュートに特に懸念を示し、金融安定の観点でのフォワードガイダンスの停止条件の必要性を指摘した。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融デジタルビジネスリサーチ部

    主席研究員

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