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ECBのラガルド総裁の記者会見-All about inflation

2021/10/29

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はじめに

ECBの今回(10月)の政策理事会は金融政策の現状維持を決定した。記者会見では、ECBによるインフレ見通しの妥当性と利上げ開始時期に関するECBと市場との見方の乖離が焦点となった。

経済情勢の評価

ラガルド総裁は、ユーロ圏経済が力強い回復を続けており、ワクチン接種の普及とともに娯楽、飲食や旅行、運輸といった部門の活動が改善していると指摘した。もっとも、財や設備の不足と輸送時間やコストの上昇といった供給制約によって、回復のモメンタムが低下していると評価した。

この間、失業率が低下し、域内国政府による雇用支援策への依存も低下していることが所得と消費の増加につながっていると指摘しつつも、就業者数や総労働時間がCovid-19前の水準を回復していない点も確認した。

また、先行きのリスクは上下に概ねバランスしているとの見方を示し、供給制約の長期化に伴う下方リスクを挙げた一方、家計のマインドが回復し、想定以上に貯蓄を抑制した場合の上方リスクも指摘した。

物価の評価

ラガルド総裁は、9月に前年比3.4%まで上昇したインフレ率が、年末にかけてさらに加速する可能性を認めた一方で、来年を通じて(over the course)減速するとの見方を確認した。つまり、足元のインフレ率の上昇が、主として①エネルギー(原油、天然ガス、電力)の価格上昇、②景気回復に伴う需要超過、③ドイツのVAT減税の反動等の水準効果の三要因に基づくと整理した上で、いずれも来年には効果が消滅ないし減衰するとの見方を示した。

一方で、経済が本格的に回復すれば賃金上昇も徐々に加速するとしたほか、市場ベースとサーベイベースの長期インフレ期待がともに2%に近づいたとの認識を示し、これらが基調的インフレを中期的に目標に近づけることに寄与するとの理解も示した。

先行きのリスクについては、供給制約とエネルギー価格の上昇が長期化を上方リスクとして指摘したほか、賃金上昇の加速や景気回復の加速も同様な効果をもつとの見方を示した。

記者会見では複数の記者がこうしたインフレ見通しの妥当性を質した。ラガルド総裁は、上記の三要因のうち①エネルギー価格については、低水準の在庫、欧州の一部国の風力発電の不振、ロシアの供給姿勢、中国での需要の急増といった多くの背景があるとしつつも、エネルギー価格の過去の急騰例を踏まえると、長期化するとは考えにくいとの考えを示した。

同様に②需要超過についても、需要が増加する限り供給者側による生産や設備投資の増強も期待できるとし、当初の想定より時間を要しているとしても、状況は徐々に改善するとした。なお、この点に関しては、ECBが大企業だけでなく中小企業も対象に最近実施した電話インタビューの結果にも言及し、供給制約は2022年の第1四半期には残存するが、2022年を通じて減衰するとの見方が多かったと説明した。

また、別の記者は”stagflation”への懸念を示したが、ラガルド総裁はユーロ圏経済は力強く回復しており、stagnationは生じていないと反論した。また、ドイツのように供給制約を理由に2021年の経済見通しを下方修正した場合でも、2022年はそうした要因の解消を理由に逆に上方修正している点にも注意を向けた。

資産買入れの運営

ECBによる金融政策面での焦点の一つは資産買入れであり、具体的には当面のPEPPの運営と来年春以降のAPPの運営がポイントである。

前者に関しラガルド総裁は、複数の記者の質問に答える形で、 PEPPがCovid-19による金融経済への前例のないショックに対応することに主眼があるとの考えを確認した上で、2022年3月に終了すべきと考える十分な理由(every reasons)があると明言した。もっとも、PEPPの買入れ上限(1.85兆ユーロ)までの余裕枠をどう使うかは今後の状況如何であるとし、12月会合における通常の四半期見直しによって具体的な運営を決定すると説明し、今後の柔軟性にも含みを残した。

一方、別の記者が2022年3月以降のAPPの運営を質したのに対し、ラガルド総裁は今回(10月)の政策理事会では議論していないと説明するとともに、12月会合で議論する考えを示した。ただし、PEPPにおいて採用された買入れルールの柔軟性の意義を評価し、この点は将来も活用すべきとの考えも示唆した。

利上げの方針

今回は数多くの記者がECBによる利上げの方針を取り上げた点も特徴的であった。その理由が、市場における早期利上げ予想の台頭にある点は言うまでもない。実際、複数の記者が2022年内の利上げ開始観測に言及し、その妥当性を質した。

ラガルド総裁は、本年夏に改定した利上げに関するフォワードガイダンス-①見通し期間の終了より十分前にインフレ目標を達成、②見通し期間を通じてそうした状況が持続、③基調的インフレが中期の目標達成に向けて前進-を再三強調した上で、先に見たインフレ見通しに照らすと、2022年内に条件が満たされるとは思えないと強調した。

また、基調的インフレには賃金の影響が大きいとの理解を示すとともに、Covid-19前に比べて失業者が約200万人多く、雇用支援策に依存する労働者が約300万人も残存している以上、賃金上昇率が持続的に加速する状況にはないとの理解も示した。

さらにラガルド総裁は、利上げ時期に関してECBと市場で見方に乖離があるとすれば、①フォワードガイダンスの趣旨が浸透していない、②インフレ見通し自体に相違がある、のいずれかによると整理した。その上で、①について適切な理解を求めるとともに、②についてECBの見方には自信があると再三強調した。

その意味では記者あるいはその背後にある市場とECBとは議論に齟齬がある。つまり、市場はECBのインフレ見通しの妥当性に異を唱え、最終的には見通しが上方修正されることで、利上げ開始も早まると考えている一方、ラガルド総裁はインフレ見通しの正しさに自信を示すことしかできない。この問題を緩和する方法の一つは、フォワードガイダンスの条件を先行き見通しだけにするのでなく、日米のように実績を加味したものに改定することである。この点も12月会合の焦点となりうる。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融デジタルビジネスリサーチ部

    シニア研究員

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