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BOEによる政策運営の課題-景気や物価の見通しの前提

2021/11/08

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はじめに

イングランド銀行(BOE)が今回(11月)のMPCで予想外に利上げを見送ったことが、為替や金利に大きな影響を与えた。市場ではBOEによるコミュニケーションのミスといった批判も目立つが、よりファンダメンタルな課題も関連しているものと思われる。

インフレ懸念

BOEが利上げを急ぐべきかどうかに関しては、経済のファンダメンタルズの面でいくつか慎重になるべき要素も存在する。

第一に、需要、なかでも家計消費のモメンタムである。今回(11月)のMPCのMinutes(BOEの場合は政策決定と同時に公表される)によれば、他国と異なり、家計のマインドが慎重化している点が指摘されている。しかも、その要因が燃料不足や実質所得の低下という供給側の問題に絡んでいる点も厄介である。

第二に、時短労働支援策の終了(9月末)の後の雇用の不透明性である。米国や欧州大陸諸国と同様に、コロナ対策としての労働市場の支援策が終了すれば、対象者が労働市場に復帰するという理由で、一時的な失業率の上昇が予想されるほか、その間には賃金への下押しも懸念される 。 しかし、 ベイリー総裁やブロードベント副総裁が会見で認めたように、現時点ではBOEが的確な判断を下せるデータが入手できない。

さらに、足許でコロナの感染者数が再拡大しているだけでなく、米国と同様に雇用のミスマッチが深刻化し、雇用の実質的なtightnessが把握しにくい点も、BOEの判断を難しくしている。 Minutesには、ONS統計で未充足求人が110万人と既往ピークに達し、RECの雇用のavailabilityも歴史的低水準にある点が指摘されている。

そこで問題は賃金だが、Minutesによれば、週次の平均賃金は年率7%近く上昇しているにも拘らず、上記の雇用支援策の終了の影響を含む雇用構成の変更の影響を調整すると4%強まで低下し、さらに契約賃金ベースでは3%程度との推計結果が示されている。これでは、上記のように実質所得の低下を意味する。

第三に、中長期のインフレ期待は不安定化していない点である。同じくMinutesによれば、サーベイベースの家計のインフレ期待は、今後1年は4.4%と2008年以来の高水準だが、5年先は3.7%と若干弱含んだ。また、CBIのサーベイによれば、企業の1~2年先の販売価格予想は過去の平均と概ね変わらず、エコノミスト対象のサーベイ結果も中期の期待は物価目標と整合的としている。

ベイリー総裁は、記者会見で多くの記者から市場の利上げ予想をミスリードしたとの批判を受けたのに対し、11月会合での利上げを明言した訳ではないし、市場の見方も分かれていた(closed call)と反論した。しかし、こうした説明もさることながら、上記の要素をしっかり伝えることも有用であったように感じる。

その上で、11月利上げ予想を醸成する背景となった、BOE幹部によるインフレ警戒発言は、上記の第三の点、つまりインフレ期待の不安定化を防ぐための「口先介入」であったとすれば、少なくとも事後的には辻褄も合う。

もっとも、「口先介入」の効果が永続する保証はないし、次回(12月)会合の時点では時短労働支援策の終了後の雇用や賃金に関するより詳細な状況も把握できる。その意味では、市場によるclosed callのもう一方が予想したように、結局は12月会合で利上げが実施される可能性は十分に残存している。

経済見通し

ベイリー総裁も、記者会見の中で、結局12月に利上げが実施されれば、経済ファンダメンタルズの観点では(11月利上げと)実質的に違いはない点を示唆した。この認識は適切である一方、より重要なのは、その後の利上げ戦略である。

市場では、少なくとも今回(11月)会合の直前まで、BOEが来年末までに政策金利を1%まで引き上げるとの予想が支配的であり、この点はMinutesでも明記されていた。このため今回(11月)の金融政策レポートは、この市場見通しを前提とする実質GDP成長率とCPIインフレ率の予想を示している。

具体的には、実質GDP成長率は2023年以降に明確に減速し、マクロの需給ギャップも2024年に小幅なマイナスに転ずるとの予想が示されている。CPIインフレ率も2023年末には2%強まで減速し、2024年には2%をわずかに下回るとの予想となっている。

しかし、今回の政策金利のパスに関する市場予想は、もともとBOE幹部によるインフレ警戒発言によって上昇した点に注意する必要がある。従って、MPCの利上げスタンスが実は慎重であった-政策金利の据え置きは7:2ので決定された-とすれば、政策金利の市場予想もより低い位置に修正される必要がある。

この結果、実質GDP成長率やCPIインフレ率の見通しもともに上方修正されることになる。記者会見でブロードベント副総裁が再三指摘したように、金融政策の効果の波及には時間的ラグがあることを考えると、上方修正は2023年以降で顕著になるはずであり、見通し期間の後半における経済成長率とインフレ率のソフトランディングのシナリオには修正が必要となる。

この問題は、市場の政策金利見通しを前提に景気や物価の見通しを作成するBOE固有の手法に関連している。

日銀やFRBの場合、政策委員やFOMCメンバーは自ら適切と考える政策金利のパスを前提に見通しを示すので、この問題は直接的には関係がない。しかし、日米でも原油価格のパスには先物価格のように市場の見方を援用する点で、問題を全く回避しうる訳でもない。

BOEも、実質GDP成長率とCPIインフレ率は、結果的には、政策金利に関する市場予想を前提とした推計と、(MPRが別途示しているように)政策金利が一貫して不変という前提の下での推計との間のどこかを推移するのだ、と開き直ることも可能であろうし、局面によっては誤差も大きくないかもしれない。

それでも今回は、本稿の前半でみたようにインフレのメカニズムは供給面を含めて複雑であり、従って、市場見通しの妥当性とその背景を巡って、BOEと市場が堂々巡りの議論に陥るリスクも小さくないように見える。しかも、いかなる理由であれ市場金利が動けば、金融環境を通じて実体経済にも影響を及ぼしうる。

その意味では、景気と物価の予想における重要変数の前提という技術的な問題であるが、日米型の前提による見通しも参考として示すといった丁寧な対応にも検討の余地がある。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融デジタルビジネスリサーチ部

    シニア研究員

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