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悪い長期金利の上昇と八方塞がりの各国金融政策

2021/03/08

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「良い金利の上昇」から「悪い金利の上昇へ」

今週から来週にかけて、主要中央銀行の欧州中央銀行(ECB)、米連邦準備制度理事会(FRB)、日本銀行などは、それぞれ定例の金融政策決定の会合を開く。そこでは、2月以降の長期金利の大幅上昇にどう対応するかが、各中央銀行にとっての大きな課題となる。

長期金利上昇の震源地は米国だ。米国経済がコロナショックから立ち直り改善を続けていく、また物価上昇率も先行き高まっていくとの観測が、その背景にある。バイデン政権による1.9兆ドル(200兆円超)規模の巨額の経済対策も、そうした観測を後押ししているだろう。金融市場の物価上昇率見通しを反映するとされる物価連動債(5年)から算出されるブレークイーブンインフレ率は、3月に入ってFRBの2%の物価目標を上回る2.5%まで上昇した。これは実に、リーマンショック(グローバル金融危機)が生じた2008年以来の高い水準だ。

長期金利の上昇が、景気・物価情勢の改善を背景にしており、また金融市場全体の安定を損なわない場合には、それは「良い金利の上昇」と言える。確かに当初は、長期金利の上昇は株価の上昇と足並みを揃えて進んでおり、「良い金利の上昇」だった。

ところが2月後半以降は、長期金利の上昇が株価の下落をもたらす局面が目立つようになってきたのである。これは、金融市場の安定を損ね、また景気情勢の改善にも水を差しかねない、いわば「悪い金利の上昇」に転じてきた感がある。

実際には、金融市場の物価上昇懸念は行き過ぎの感がある。車体用半導体不足などに代表される製品の需給ひっ迫、海運コストの上昇、原油価格の上昇などは、コロナショックによる経済混乱の余波あるいは反動、という側面が強いように思われる。コロナショックをきっかけに、米国経済あるいは世界経済の潜在力が高まり、また、物価上昇率のトレンドが高まったとは考えにくい。物価上昇率に大きく影響する米国の需給ギャップも、コロナショック前の水準を取り戻すのは今年中はまだ難しいだろう。

「テーパリング」なき「タントラム」とフォワードガイダンス

しかし、金融市場での物価上昇懸念は行き過ぎだとしても、それがもたらす金利の上昇や株価下落は、それらが大きな幅となれば、実際に経済を悪化させてしまうため、中央銀行としては黙認できない。また、安全資産である国債の金利上昇は、証券化商品、社債など様々なリスク性資産の価格調整も誘発し、それは金融機関に大きな損失をもたらし、金融不安につながる可能性もあるだろう。

足もとでの米国での長期金利上昇は、かつての「テーパータントラム(Taper tantrum)」を思い起こさせる。「テーパータントラム」とは、2013年5月にFRBのバーナンキ議長(当時)が、資産買入れ額の縮小を示唆したことから、金融市場が大きく混乱したことを表現したものだ。テーパーは縮小、タントラムは癇癪の意味である。特に新興国市場では米国からの投資資金が引き上げられるとの観測から、通貨安と金融市場の大きな混乱が生じた。これは、2008年のリーマンショックの打撃から、米国経済が立ち直ってきたタイミングだった。この点、今回の長期金利上昇と重なる面がある。ただし今回は、FRBが資産買入れ額の縮小を示唆しない中で、長期金利の上昇や金融市場の動揺が生じている点が異なる。「テーパリング」なき「タントラム」なのだ。

2013年、「テーパータントラム」が生じさせた長期金利上昇は世界に波及した。それが経済、金融市場の安定を損ねることを警戒した各国中央銀行は、長期金利の上昇を抑制する措置を講じ始めたのである。それが政策金利のフォワードガイダンス(先行きの方針)である。FRBは「2015年半ばまでは低金利を続ける」、ECBは「政策金利は現状あるいはそれ以下の水準で長期間続く」、イングランド銀行(BOE)は「失業率が少なくとも7%を下回るまで政策金利は上げない」とのフォワードガイダンスをそれぞれ示し、長期金利の上昇を抑えようとした。

FRBの物価目標政策の枠組み修正も背景に

今回も、政策金利のフォワードガイダンスを通じて、各中央銀行は長期金利の上昇を抑えようと試みる可能性がある。ただし日本銀行は、政策金利を2%の物価目標というほぼ達成不可能な高い目標と強く紐づけているため、別途、マイナス金利を続ける条件を示すのは難しいのではないか。あるいは新たな政策金利のフォワードガイダンスを仮に示しても、そもそも近い将来に政策金利が引き上げられる観測がほぼないため、長期金利の上昇を抑える効果は小さいだろう。

米国でインフレ懸念が高まり、長期金利が上昇している背景には、昨年FRBが示した物価目標政策の枠組み修正があるのではないか。FRBは、物価上昇率がしばらく2%の目標水準を下回った後には、目標水準を上回る物価上昇率を一定期間容認し、物価上昇率の平均が中期的に2%程度になることを目指す、としたのである。物価上昇率が目標値を上回る、いわばオーバーシュートを容認するこの新たな政策方針が、足もとでの市場の物価上昇率見通しの上昇、イールドカーブのスティープ化、長期金利上昇の一因となった可能性が考えられる。物価上昇率の上振れを容認するこのハト派色の強い政策姿勢によって、将来的に物価上昇率が加速して、コントロールできなくなるとの懸念が市場に浮上しているのではないか。

各国金融政策は八方塞がりに

従って、各中央銀行が政策金利を上げないという方針を示せば、インフレ懸念は一層高まり、長期金利はさらに上昇する可能性があるだろう。しかし、逆にFRBが早めに政策金利の引き上げに動く可能性を示唆すると、昨年導入したばかりの新たな物価目標政策の枠組みを自ら崩すことになり、金融政策に対する信認を低下させてしまう恐れがある。

ECB内では、長期金利の上昇を抑えるため、国債の買入れを増やすことも議論され始めた。しかし、それは金融緩和の強化に他ならないことから、景気過熱やインフレの懸念を煽り、むしろ長期金利の上昇を促してしまう可能性があるのではないか。

このように、経済や金融市場の安定を損ねかねない足もとでの長期金利上昇に対して、各中央銀行の対応は八方塞がりの感がある。長期金利の上昇を受けて、バイデン政権が財政拡張路線を修正することや、株価の急落が市場の景気過熱懸念を冷やすなどのイベントが生じない限り、中央銀行の政策によって長期金利の上昇を抑え込むのは当面は難しいかもしれない。

過去1年間は、各中央銀行ともに新型コロナウイルス問題による経済環境の悪化への対応に注力してきた。そうした政策がまだ続く中で、各中央銀行にはまた新たな試練が浮上してきたのである。

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