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ルネサス火災の影響も大きく二番底が続く日本経済(日銀短観・3月調査)

2021/04/01

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大企業製造業のDI改善だけでは判断できない

4月1日に日本銀行は日銀短観(3月調査)を公表した。注目が集まる大企業製造業の現状判断DIは「+5」と、昨年12月の前回調査の「-10」から大幅に改善した。事前予想の平均は「0」程度だった。これで3四半期連続での改善となり、日本経済がコロナショックから立ち直りつつある姿を裏付けている。DIの水準は、2017年の前回ピークと比べれば依然として低水準であるが、1年半ぶりにプラスに転じ、コロナショック前の2019年12月調査の水準を超えた。輸出が堅調な自動車、それに関連する鉄鋼、非鉄金属、そして石油・石炭製品、産業用機械など幅広い業種で景況感が大きく改善した。

しかしこの数字を持って、日本経済がコロナショックから順調に回復していると考えるのは誤りである。大企業非製造業の現状判断DIは「-1」と前回調査の「-5」から改善したものの、大企業製造業に比べて改善幅は僅かにとどまり、なおマイナスの水準にある。昨年末からの感染再拡大と1月からの緊急事態宣言再発令を受けて、宿泊・飲食サービス、対個人サービス、小売などの対人接触型サービスの景況感は、今回の調査で再び大きく悪化した。

他方、大企業製造業の現状判断DIの大幅改善も、国内需要の回復を反映したものではなく、輸出の堅調を反映している側面が強い。それは、中国、米国などを中心に、海外経済の方がコロナショックからの立ち直りが早いことを示唆している。

日本銀行が算出する実質輸出は、2020年7-9月期に前期比+13.4%、10-12月期に同+12.7%と急回復した後、2月までの数字から推定される2021年1-3月期の前期比は+0.9%と、増勢は鈍化しつつもなお安定を維持している。アジア向け輸出、情報関連及び資本財の輸出が堅調だ。

業種・規模間の格差はコロナショックの大きな特徴

ただし輸出増加の恩恵を大きく受けるのは大企業が中心だ。今回の調査では、中堅・中小企業の現状判断DIはなおマイナスの水準にある。これは、内需の弱さを反映していよう。

1-3月期の実質個人消費は、再び前期比で大幅なマイナスとなった可能性が高い。また、小売の先行き判断DIが再び悪化していることは、個人消費の基調の弱さを反映しているだろう。春闘の賃上げ率が前年の水準を0.2%ポイント程度下回ったことにも反映されているように所得見通しは厳しく、それが、感染拡大の悪影響を受けやすい対人接触型サービスに限らず、個人消費全体を抑制していよう。

また、2020年度の設備投資計画(全規模・全産業、除くソフトウエア・含む土地)は-5.5%と、前回調査の-3.9%から一段の下方修正となり、国内での設備投資需要の弱さを裏付けている。

非製造業の現状判断DIでも、大企業よりも中堅企業、中小企業の方がその水準、改善幅ともに低水準だ。これは、飲食関連を中心に、規模の小さい企業が感染拡大、緊急事態宣言再発令の影響をより大きく受けていることを示している。

このように、今回の短観調査では、大企業製造業の現状判断DIは予想以上に大幅に改善し、コロナショック前の水準を上回ったが、これだけで国内経済の状況を判断するのは危険である。また、コロナショックの影響から脱したと判断するのは明らかに誤りである。

製造業と非製造業の間の景況感の格差は非常に大きく、そして製造業と非製造業ともに大企業と中堅・中小企業との格差も大きい。このように業種別、規模別にみて景況感の格差が非常に大きいことが、通常の景気悪化時と比べたコロナショックの大きな特徴なのである。

金融政策運営への影響は小さい

今回の短観の数字が、政府の経済政策、あるいは日本銀行の金融政策に与える影響は小さいだろう。大企業製造業の景況感は大きく拡大したが、非製造業あるいは中堅・中小企業も含めた景況感は依然として厳しい。他方、企業の資金繰り判断DI、金融機関の貸出態度判断は緩やかに改善していることが確認されており、金融環境の逼迫を緩和する追加の措置が早急に検討される状況ではない。

また企業の物価見通し(全規模・全産業)では、5年後の物価見通しは1.0%と前回調査から0.1%ポイントと僅かに改善した。依然として2%の物価目標の半分の水準にとどまってはいるものの、コロナショックを受けた企業の中長期の物価見通しの悪化には歯止めがかかっている。この点からも、金融緩和の点検で修正を施した金融政策運営について、当面再修正の余地は低いだろう。

ルネサス火災の影響で2四半期連続のマイナス成長も

個人消費の大幅な悪化を映して、1-3月期の実質GDPは前期比マイナスとなった可能性が高い。日本経済研究センターが2月10日に公表した予測機関の平均値は前期比年率-5.5%程度である。

1-3月期に大幅に落ち込んだ個人消費は、緊急事態宣言の解除を受けて、4-6月期には幾分持ち直す可能性が現状では見込まれる。その結果、非製造業の景況も緩やかに改善を続けるだろう。

ところが安定した輸出に支えられて1-3月期に堅調であった製造業の活動は、4-6月期には一気に厳しいものになることが予想される。それは車載用半導体の不足のよる自動車の生産減少によるものだ。昨年より車載用半導体の不足は世界規模で続いているが、日本では2月13日の福島県沖の地震の影響が加わり、そして3月21日にはルネサスエレクトロニクスの那珂工場(茨城県ひたちなか市)から火災が発生し、自動車の走行を制御する半導体であるマイコン(マイクロコントローラー)の生産が停止したことで、供給制約が一気に高まった。その結果、4-6月期の国内自動車生産は大きく減少し、その影響は関連する業種にも広く及ぶ可能性が高まっている。

影響の詳細は以下に示す通りであるが、輸出の顕著な回復という助けがない限り、4-6月期の実質GDPは1-3月期に続いて2四半期連続でのマイナス成長となる可能性は否定できなくなった。二番底の状態が長く続くのである。

直接効果で生産は1.3兆円~1.8兆円減少

野村證券の最新の見通しによると、自動車の走行を制御する半導体であるルネサスエレクトロニクスのマイコン(マイクロコントローラー)の供給が一か月弱滞ることで、4-6月期の日系完成車メーカーの国内での生産は、60万台~80万台減少するという。それ以前の40万台程度という見通しが、一段と下方修正されたのである(コラム「宣言解除後の国内経済にルネサス工場火災が新たな打撃(4-6月期成長率を年率7.3%押し下げ)」、2021年3月23日)。

国内自動車が4-6月期に60万台~80万台減少することで、生産額全体は1兆3,380億円~1兆7,840億円減少する計算となる。これは名目GDP(年間)の0.24%~0.32%に相当する。ルネサスエレクトロニクスの工場火災の影響で、4-6月期の実質GDP成長率は前期比0.95%~1.27%、年率換算で3.9%~5.2%押し下げられる計算となる。

しかし実際の影響は、それだけにとどまらない。自動車生産が減少することで、自動車部品を中心に、自動車関連分野の生産も幅広く減少するのである。自動車産業の生産は他の産業の生産に大きな影響を与える。自動車産業はすそ野の広い産業である。経済産業省の産業連関表(平成27年)によると、乗用車の生産誘発係数は2.776である。つまり、乗用車の生産が1単位減少すると、それ自身と関連する部品メーカーなどを含めて、生産は2.776単位減少する。

こうした他業種への影響を含めて再計算すると、火災の影響で4-6月期の生産の減少額は3.7兆円~5.0兆円と推定される。波及効果も含めると、ルネサスエレクトロニクスの工場火災の影響で、4-6月期のGDP成長率は年率換算で11.0%~14.9%と大幅に押し下げられる計算となる。これは波及効果も含めた影響が4-6月期にすべて表面化することを前提とした計算結果であるが、実際には7-9月期のGDPにも影響はずれ込む形となるだろう。

今回の火災事故は、コロナショックからの日本経済の回復を大きく阻むことになる、不幸な事故である。

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