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30年温室効果ガス削減目標で追い込まれる日本

2021/04/22

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2030年温室効果ガス削減目標の引き上げで各国が競う

4月22~23日(米国時間)に米国が主催する気候変動に関するオンライン首脳会議(サミット)に向け、各国は地球温暖化対策での積極姿勢を世界にアピールすること、あるいはこの分野で国際的な主導権を得ること、を狙った動きをそれぞれ見せている。各国が競っているのは、「温室効果ガスを2050年までに実質ゼロにする目標を達成するための中間目標」、との位置づけである2030年までの削減目標の引き上げだ。

最も意欲的な削減目標を示しているのが英国だ。英国政府は20日に、2035年時点で排出する温暖化ガスを1990年比78%削減する、という新たな目標を発表した。この新たな目標は、米国の気候変動首脳会議(サミット)を意識したものだ。さらに英国は、今年11月に開く第26回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP26)の議長国も務めるため、この分野で主導権を握り、議論を主導したいという思惑がある。

英国は2050年までの温室効果ガスの排出量を実質ゼロにする目標を、既に法制化している。また中間目標として2030年までに排出量を1990年比で少なくとも68%削減する目標も既に掲げていた。

欧州連合(EU)は、2030年までに1990年比で55%以上削減するという目標を掲げている。カナダ政府も19日に、2030年までに2005年比で36%削減する目標を新たに公表した。

地球温暖化対策は米中が協調する例外分野に

一方で、サミット主催国の米国は、2030年までに2005年比で50%減を最低水準とする計画、と20日の米紙ワシントン・ポスト紙(電子版)は伝えている。オバマ政権が掲げた「2025年までに2005年比26~28%減」という目標を引き上げる。

バイデン政権は、2兆ドル規模のインフラ投資計画を先月打ち出したが、その中では、EV充電施設を2030年までに50万カ所設置、消費者にはEV購入の見返りにリベートを提供、ディーゼルを使う輸送車両5万台削減、スクールバスの2割以上を電動化、など、中国に後れを取っている自動車の電動化を地球温暖化対策の柱に据えている。

そして米国は、最大の温暖化ガス排出国である中国に対して、より積極的な対応を求めている。習近平国家主席は昨年9月の国連総会で、温室効果ガスの排出量を「2030年までに減少に転じさせ、2060年までに実質ゼロにする」との目標を打ち出した。2050年までに温室効果ガスの排出量を実質ゼロにするという目標で足並みを揃えている先進国と比べて、やや消極的な目標に見える。

これは、産業革命以降、温暖化ガスを大量に排出しながら成長を続けてきた先進国こそが、より積極的な排出量削減目標を持つべき、という新興国・途上国の意見を反映しているものだ。また、米国など先進国による中国に対する温暖化ガス排出の削減要請には、中国の成長を阻害する狙いがある、との思いも中国にあるだろう。

しかし、人権問題で激しく対立する米中両国にとって、対立が危険水域に陥ることを避けるために、地球温暖化対策で協調姿勢を維持しておきたい、という狙いは共有していることだろう。

先週は、気候変動問題を担当するケリー大統領特使が訪中し、習近平国家主席のサミットへの参加を呼び掛けた。中国はまだ正式に姿勢を明らかにしていないが、習近平国家主席は参加の方向、との報道が出てきている。

また、「米中は地球温暖化対策の国際的な枠組みであるパリ協定の履行を支援するとともに、英国で開かれる国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP26)の成功を促す」とする共同声明を両国は発表している。地球温暖化対策、現時点では、米中の協調姿勢が維持されている例外的な分野だ。

2030年目標で追い込まれた日本

こうした中、追い込まれた感が強まっているのが日本である。昨年9月に菅首相は、2050年までに温室効果ガスの排出量を実質ゼロにするカーボンニュートラルを打ち出した。この時点でようやく欧州など他の先進国に追い付いたが、2030年目標では再び引き離されつつあるのだ。

2050年目標と比べて、2030年目標にはより現実的な裏付けが求められる。具体的な措置の裏付けが強く求められない2050年目標よりも、格段に難易度が上がるのである。

日本の現時点での温室効果ガス削減目標は、「2030年度に2013年度比26%減」である。2050年のカーボンニュートラルの達成目標と整合的にするためにも、この2030年の目標引き上げは必至であり、それを早急に実現する必要に日本は迫られている。

2030年度目標について、気候変動対策に積極的な環境省は45%減、対策積み上げによる目標策定を重視する経済産業省は35%減を主張しているとされ、政府は環境省が示す45%減に近い水準とする方向で議論を進めてきていたようだ。しかし、米国や英国は50%減にまで目標を引き上げるよう、日本に対して俄かに働き掛けを強めているようだ。

菅首相は気候変動サミットの前、あるいは開催中に新しい目標を公表するとみられる。しかし、今後の日本経済・産業に大きな影響を与え得る2030年の温室効果ガス削減目標をこんな短期間で策定するのは、無謀であるようにも感じる。震災後の原子力発電再開の難しさ、地理的な状況などを映した太陽光発電、風力発電などのコストの高さが、他国と比べて日本での地球温暖化対策のハードルを上げている面もある。

本来であれば、もっと具体策を積み上げ、産業界との調整を十分に経たうえで、日本経済の成長と整合的な実現可能性の高い中身のある目標を設定すべきではないか。

地球温暖化対策に否定的なトランプ前政権から、地球温暖化対策に前向きなバイデン政権に代わってからの米国そして先進国のこの分野での急速な動きに、日本はついていけていなかったように感じられる。2050年のカーボンニュートラルの発表で気を抜くことなく、その後の半年程度の間に2050年目標、2030年中間目標の具体策を、もっとしっかりと議論しておくべきではなかったか。

(参考資料)
「英、温暖化ガス削減新目標 2035年に90年比78%減」、2021年4月21日、日本経済新聞電子版
「温暖化対策では協調、探る米中 気候変動サミット22日開幕」、2021年4月21日、朝日新聞
「気候変動サミット 日本 脱炭素進め投資呼び込み」、2021年4月21日、産経新聞

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