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岸田首相所信表明演説へ

2021/10/07

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中長期の経済政策では成長戦略に期待

岸田首相は、8日に所信表明演説を行う。その概要が、報道により一部明らかにされている。経済政策では、首相が目指す「新しい資本主義」を実現する決意が表明される。それに関連して、従業員への給与を引き上げた企業に対する減税措置を抜本的に強化する施策が検討される見通しだ。

「新しい資本主義」の中身は明らかではないが、岸田首相が掲げる「格差是正」、「分配重視」の政策姿勢と深く関わっているのだろう。自由競争のもとで生じる格差に対して、政府が介入する形でそれを是正する、市場主義の修正であり、昔から議論されてきた「第3の道」に近いものなのではないか。

ただし、歴史を振り返ると、政府が経済に強く関与する社会主義国や高福祉国家は、経済の活力が低下するという共通の問題を抱えやすい。岸田首相は「成長と分配の好循環」を主張するが、分配、格差縮小よりもパイを拡大させる成長戦略をより重視すべきだろう。

過去30年程度を振り返った場合、企業、労働者間の分配(労働分配率)の格差、個人間での所得格差が大きく拡大した証拠は見られないのである(コラム「分配政策よりも経済のパイを拡大させる成長戦略が優先課題」、2021年10月4日)。

賃上げをする企業に対する減税措置については、安倍政権の下でも積極的に実施されたが、賃金水準と経済環境に目立った効果は見られなかった点を、改めて考えてみる必要があるだろう。将来の成長期待が停滞する中では、税制上の優遇措置が与えられても、企業は賃金を引き上げることに慎重な姿勢を崩さないのである。また、仮に政府の介入で無理やり賃金を上げると、それは収益見通しを悪化させ、設備投資の抑制につながりかねない。

短期のコロナ対策では格差縮小のための支援は必要

中長期の政策として分配政策を優先することには問題があると思われるが、短期の政策としては必要だ。それは、新型コロナウイルス問題への対応である。この問題が、企業間、個人間の所得格差を大きく拡大させたことは確かだ。所得環境が著しく悪化した事業者、個人がいる一方、所得環境は変わらない、あるいはむしろコロナ問題が追い風となって所得が増加した事業者や個人も少なくない。これが、通常の景気後退とは大きく異なる点であり、それゆえに通常の経済対策とは異なるアプローチが必要となる。

菅政権の下での支援制度は営業時間の短縮を受け入れた飲食店への協力金が中心であり、大きな打撃を受けている他業種の事業者に支援が十分に届いていないことが問題だ。幅広い業種を対象にする持続化給付金制度は、今年2月に受け付けを終了していた。

他方で、所信表明演説の中で岸田首相は、新型コロナウイルス問題で影響を受ける事業者に、「地域、業種を限定しない形で、事業規模に応じた給付金を支給する」と打ち出す見通しだ。これは、持続化給付金制度の事実上の復活であるが、適切な施策であり、大いに支持したい。

さらに岸田首相は、女性、非正規、学生など生活弱者を中心に、個人向け現金給付を検討する考えを、先般の記者会見で明らかにしている。新型コロナウイルス問題で打撃を受けた個人を、追加で支援する施策も支持したい。ただし、昨年実施された国民全員に一律10万円を給付するような政策は問題だ。それは、コロナ問題で拡大した格差の縮小につながらないからだ。追加の個人所得支援策は、ターゲットを絞り、助けを必要とする人に手厚い支援を実施することが重要である。

短期のコロナ対策と中長期の成長戦略を並行して進める

所信表明演説の中で岸田首相は、新型コロナウイルス問題への対応として、経済対策を策定する考えを明らかにする。その柱は、上記の事業者並びに個人への新たな給付であろう。必要かつ適切なコロナ関連の支出は、補正予算を編成して実施して欲しい。しかし、衆院選を意識して、野党と経済対策の規模を競うようなことは是非とも避けて欲しいところだ。

今年度の政府予算には、昨年度予算に計上されながらも支出されずに繰り越されたコロナ関連の30兆円超の繰越金がある。その中身を再度精査し、不要なものを削除する減額補正を合わせて実施することが重要だ。そうすれば、岸田首相が言及している数10兆円規模よりも、かなり金額を抑えることができるのではないか。

経済政策は、短期のコロナ対策と中長期の成長戦略を明確に分けるとともに、それらを並行して進めていくことが必要だ。その際に、コロナ感染問題を成長戦略推進の味方につける発想が重要である。

感染リスクは、デジタル化や地方経済活性を推進することの追い風となる。この点から、岸田首相が掲げる、デジタル円、デジタル田園都市計画、東京一極集中の是正はいずれも適切な成長戦略であり、今後の進展に大いに期待したい。

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