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ECBの3月政策理事会のAccounts-Slowflation

2022/04/08

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はじめに

ECBの3月の政策理事会では、ロシアによるウクライナ侵攻がインフレ圧力の強化と景気回復への下押し圧力につながるとの懸念が共有された。金融政策では柔軟性の確保が確認され、資産買入れ終了後の利上げ開始時期について慎重な意見が示された。

経済情勢の評価

レーン理事は、供給制約の緩和により昨年第4四半期に企業活動に緩和の兆しがみられ、労働市場の改善も続いた点を確認した。もっとも、ウクライナ情勢による供給制約の悪化や、エネルギー等の価格上昇による購買力の毀損に懸念を示し、エネルギー価格の上昇が昨年第4四半期のGDPを2%ポイント下押ししたとの推計も示した。

このため、執行部は2022年の経済成長率見通しを0.5pp下方修正したが、経済制裁の強化やエネルギー価格の高騰、センチメントの悪化などを想定した悲観シナリオでは、GDP成長率の更なる下押しが生じると説明した。

理事会メンバーもこうした見方に幅広く(broadly)合意し、今後の景気がウクライナ情勢に大きく依存する点を確認した。その上で個人消費がカギとの認識を示し、マインドの悪化やエネルギー価格の高騰見通しに対して予備的貯蓄を増やすとの意見と、コロナ期の超過貯蓄を取り崩すとの意見の双方が示された。

先行きも、ロシアとウクライナの双方がエネルギーと商品の主要輸出国であるだけに、供給制約と輸入物価に大きな影響が生ずるとの懸念を示し、リスクが下方にある点を確認した。もっとも、ユーロ圏経済は回復過程にあり、コロナ問題に見舞われた2020年3月より環境は良好との見方にも幅広く(broadly)合意し、第2~第3四半期にtechnical recessionに陥る恐れもあるが、財政の支援もあって景気後退のリスクは低いとした。

物価情勢の評価

レーン理事は、エネルギー価格の高騰と価格上昇の食品やサービスへの広がりによるインフレ圧力の高まりを確認した。このため執行部はインフレ率見通しを大幅に上方修正したが、大半はエネルギー価格の動向を反映したと説明し、中期的には水準効果の剥落に伴いPhilips Curveの構造に回帰するとした。

また、財のインフレ率の1ppが供給制約とエネルギー価格の寄与であり、サービス価格の上昇も経済活動の再開によるとして持続性に疑問を示した。さらに、モデル分析や金融市場のデータによる推計が2024年にインフレ率が2%を超える可能性を50%以下と示唆しているほか、ECBのサーベイ調査(SMA)でも長期のインフレ期待は2%近傍にあると説明した。

賃金についても、足許で上昇が加速していないと指摘し、賃金交渉の時間的ラグを考慮して2023年の1人当たり雇用者報酬を推計すると前年比+3.4%となるが、うち0.5ppはドイツの最低賃金の寄与によると説明した。

先行きについては、ウクライナ情勢によるエネルギー価格の高騰の恐れや賃金への二次的効果を含め、リスクは顕著に上方にあると確認した。もっとも、景気への下押しが物価にも影響しうると指摘し、執行部の悲観シナリオでも2024年にインフレ率が2%目標に収斂すると推計している点を指摘した。

理事会メンバーはレーン理事の説明に同意した一方、執行部のインフレ見通しの大幅な上方修正を取り上げ、インフレ圧力が持続的であった点や投入価格の波及が捕捉されていなかった点を問題視した。加えて、プラスのGDPギャップや長期インフレ期待の上昇、エネルギー価格の高止まりを踏まえ、2024年にインフレ率が目標に収斂するとの見通しの妥当性に疑問を示した。

さらに、2%を超えるコアインフレは広範な価格上昇を示唆し、価格や賃金の調整のラグのため中期的にインフレ圧力が継続するとの指摘があった一方、コアインフレの多くがエネルギー価格や供給制約等によるとの反論も示された。賃金も、ULCの上昇率は2%以内に収斂するとの見方や、実質賃金の減少は持続可能でなく、自律的な賃金上昇に繋がるとの見方が示された。加えて、二次的効果に関しても、時間的ラグや非直線性に懸念が示されたほか、今回のエネルギー価格の高騰はコロナ後の需要回復や供給不足といった過去と異なる要素がある点が指摘された。

その上で、理事会メンバーはリスクが上方にある点を確認した一方、中長期のインフレ期待については上昇の兆しがあるとの見方とリスクプレミアムによる面が多いとの見方に分かれた。

金融政策の運営

レーン理事は、過度なインフレに迅速に対応する一方、現在の危機が深刻化するリスクにも備える点で、柔軟なスタンスの維持が重要と主張した。その上で、新たなインフレ環境を踏まえてAPPの減速ペースを速めるほか、①追加緩和が必要であれば資産買入れを採用するので、政策金利の下方バイアスは削除、②APP終了後に直ちに利上げに移ると決定している訳ではない点を示唆、③緩やかな利上げを示唆、の3点を提案した。

理事会メンバーの大勢(a large number)は、金融政策の正常化に着手する必要性を認識し、利上げのフォワードガイダンスが既に達成されたとの見方も示された一方、基調的インフレの持続性に慎重な見方も示された。また、景気の出発点が良好であったので、StagflationでなくSlowflationになるとの見方も示された

その上で、戦争が財政支出を伴う点や二次的効果がラグを伴う点、高インフレの継続がインフレ期待を上昇させる点などを踏まえ、物価目標の重要性を示す上でも、レーン理事の提案を躊躇なく自信をもって実行すべきとの指摘がみられた。また、正常化に早期に着手することは、慎重かつ漸進的という原則に整合的との理解も示された。

理事会メンバーは、APPについて、インフレ率が目標を大きく超えて推移する下で必要性は乏しいとして減速に合意したほか、数名(some)のメンバーは、第3四半期での利上げ開始の可能性を明示するため、終了時期を決定すべきと主張した。これに対し、他のメンバーは、ウクライナ情勢による不透明性や短期のインフレに対する過剰反応のリスクを踏まえ、今回の会合ではwait-and-seeが適切との意見を示した。

最終的に、理事会メンバーはレーン理事による政策変更の提案をbalanced compromiseとして支持し、段階的な正常化を継続しつつ、APPの運営や利上げに関する柔軟性の確保や、APPの終了と利上げ開始の時間的な関係の分離のための対応に幅広く(broadly)合意した。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融デジタルビジネスリサーチ部

    シニア研究員

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