デジタル人民元が1か月後開幕の北京五輪でお披露目か

1月4日に中国の中銀デジタル通貨（CBDC）であるデジタル人民元（数字人民元）の試行版ウォレット（財布）アプリの配信が、モバイルフォン向けのアプリストアで始まった。北京五輪のちょうど1か月前にアプリの配信が開始されたことは、当局が従来から指摘してきたように、デジタル人民元が北京五輪で世界にお披露目される可能性を示唆しているようにも思える。

デジタル人民元のウォレットアプリを開発したのは、人民銀デジタル通貨研究所である。今回のアプリは完成版ではなく試行版とされ、一部のユーザーのみが入手できる。利用できる地域は、五輪の会場となる北京や河北省張家口のほか、上海など一部の都市である。開幕まで1か月に迫った北京冬季五輪の関連施設でも利用でき、選手や大会関係者らを通じて、その利便性の高さを海外にアピールする狙いがあるとみられている。

このアプリは米アップルや米グーグルが中国で運営するアプリストアからダウンロードできる。利用者は、まず国有銀行と民間銀行の大手7行と電子決済サービス「アリペイ」、「ウィーチャットペイ」の中から事業者を選ぶ。その後に個人情報を入力するが、個人情報が携帯電話番号のみの場合は、ウォレットの残高の上限は1万元（約18万円）、取引の上限は1回2,000元（約3万6千円）となる。それ以外に、身分証番号や銀行口座など提供する個人情報を増やしていくと、限度額が上がっていき、最終的には上限はなくなるという。

デジタル人民元は納税、税還付にも試験的に利用

2021年には14の省・市でデジタル人民元の実証実験が行われ、延べ２億6千万元（約47億円）のデジタル人民元が抽選を通じて希望者に配られた。今回は、利用者自身の銀行預金などからチャージしてデジタル人民元を使う形である。より完成形に近づいていると言える。

試作版アプリの配信開始は、デジタル人民元の正式発効が秒読みの段階に入ったことを感じさせるものだ。それ以外でも、足元ではデジタル人民元について新たな試行が行われている。昨年12月には、デジタル人民元の試験運用機関に指定されている中国遼寧省大連市の中国農業銀行大連支店で、中国で初めて、デジタル人民元による税の還付が行われた。対象となる納税者は、デジタル人民元のウォレットを開設した後に申請すれば、銀行と税務局が情報の確認をした後に、ウォレットに還付相当額が払い込まれる。大連市では全国に先駆けて、デジタル人民元による納税と財政支出も実施されている。

中銀デジタル通貨を用いたクロスボーダー決済の標準化争いに

中国人民銀行デジタル通貨研究所の穆長春所長は昨年12月に、中国本土と香港はデジタル人民元を使ったクロスボーダー決済のテストの第2段階に入ったと述べている。既に完了した第1段階は、本土と香港が、香港の銀行や事業者と連携して、デジタル人民元ウォレットを使った送金、支払いを行うものだ。第2段階では、デジタル通貨システムと、香港の銀行間デジタル決済システム「FPS（Faster Payment System）」との連携が図られる。穆所長は「将来、中国本土からの観光客がデジタル人民元を使って香港でショッピングをした際、外貨の交換は2つのウォレット間で完了するようになる。現地の事業者は、人民元ではなく香港ドルでお金を受け取ることができる」と指摘している。

また、デジタル人民元は、中国本土、香港、タイ、アラブ首長国連邦のCBDCをつなぐ多国間プロジェクト「mBridge」でも主導的な役割を果たすと見られる。このようにデジタル人民元は国内での個人決済に使われるだけでなく、クロスボーダー（国際）決済でも広く利用されていくことになるだろう。CBDCを用いたクロスボーダー決済については、日本、欧州、米国など先進国の中央銀行は、将来の構築に向けた議論をしているが、まだ中銀デジタル通貨を発行する国が先進国から出ていない中では、その議論は具体性に欠く。他方、中国が間もなくデジタル人民元を正式に発行し、既にCBDCを発行している新興国との間で、CBDCのクロスボーダー決済の枠組みを先行して構築できるのではないか。それは、人民元の国際化や海外でのデジタル人民元の普及につながるだろう。

デジタル人民元の発行とともに、米中間での通貨・金融覇権争いが本格化するだけでなく、先進国と中国の間でのCBDCを用いたクロスボーダー決済の標準化争いも始まるのである。

（参考資料）
「デジタル人民元、中国でウォレットアプリ試行版の配信開始」、2022年1月4日、ロイター通信ニュース
「大連市でデジタル元の税還付＝農業銀支店、全国で初―中国」、2021年12月20日、アジアビジネス情報（時事通信）
「デジタル人民元、クロスボーダー決済のテストが第2段階に突入　(金融・保険・証券)」、2021年12月10日、ChinaWave経済・産業ニュース
「中国、デジタル元アプリ配信開始　北京五輪開幕1カ月前　(金融・保険・証券)」、2022年1月5日、ChinaWave経済・産業ニュース

執筆者情報

• 木内 登英

  エグゼクティブ・エコノミスト