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15~30%割安の円がもたらす真の弊害は何か

2022/01/17

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日本銀行の金融政策正常化観測が円安に歯止めをかける

予想以上に長引く物価の高騰を受けて、米連邦準備制度理事会(FRB)が利上げ(政策金利引き上げ)に踏み切る時期は、早ければ今年3月、との観測が強まっている。また年内の利上げの回数についても、4回あるいはそれ以上との観測が浮上しており、タイミング、ペースともに利上げ観測は日々高まっている状況だ。

他方で、物価は上昇傾向にあるものの、欧米諸国と比べて低位にあり、また物価目標の2%を安定的に達成できる可能性が低い日本では、日本銀行は当面政策変更を行わないとの見方が大勢だ。そのため、日米の金利差の拡大から、先行き円高ドル安がさらに進行する、との観測は市場に根強い。

しかし、年明け後に一時116円台に達したドル円レートは、FRBの利上げ観測が一段と強まる中にも関わらず、14日の東京市場では113円台まで円高方向に巻き戻された。これは、当面の日米金利差だけでドル円レートが決まる訳ではないことを改めて印象付ける動きだ。

日本でも物価上昇率が高まる中、日本銀行もいずれはマイナス金利の解除を含めた金融政策の正常化に踏み切る、との観測が円安に歯止めをかけている面がある。日本銀行が近い将来、明示的に金融政策の正常化に踏み出す可能性は低いものの、来年4月の黒田総裁退任後であれば、その可能性は十分にあるだろう。将来の日本銀行の正常化策への観測が、足元の円安進行を食い止める効果は、今後も続くのではないか。

FRBの利上げで一方的に円高ドル安が進むとは限らない

さらに、足元での円の巻き戻しには、米国での急速な利上げ策が、米国経済や金融市場を不安定にする、との懸念が高まっていることを反映している面もあるように思われる。そもそも、業種ごとに需給ひっ迫と物価高の状況にばらつきが大きく、また、供給側の要因によるところも相応に大きい米国の物価高騰を、需要全体への影響が期待される金融政策を通じてどの程度対応できるかは不透明である。金融引き締めが行き過ぎて景気を失速させるリスクもあるだろう。また、金利上昇がリスク性資産の調整を引き起こし、金融市場が不安定化してしまうリスクもある。市場がそうしたリスクを意識すると、代表的なリスク回避通貨である円が買われやすくなるのである。

以上の点を踏まえると、FRBが利上げを進めていく中でも一方的に円高ドル安が進むとは限らない。

ところで、円安が進む中で、それが物価を押し上げ、国民生活を圧迫することを警戒する「悪い円安」論が強まっている。実際には、原油価格の上昇などと比べれば、円安の物価押し上げ効果は大きくなく、「悪い円安」論はやや行き過ぎている感がある。過去1年間の約10%の円安が消費者物価を押し上げる効果は0.2%程度である。これに対して、過去1年間の原油価格上昇が消費者物価を押し上げる効果は約0.8%程度にまで及ぶ。

円は10%から30%程度割安か

それでは、現在の円の水準はどのように評価できるだろうか。現在のドル円レート(名目値)は、90年以降約30年程度の平均と比べて5円程度と、小幅に円安方向の水準にある。しかし、名目値の平均から円の妥当水準、中立水準を考えるのは正しくない。ここでの妥当水準、中立水準は、内外の貿易の競争条件を等しくさせ、貿易収支を一致させる水準と考えよう。

内外の相対物価は常に変化しており、それが各国間の貿易の価格競争の条件を常に変えている。米国と比べて日本の物価上昇率は一貫して低いことから、名目のドル円レートが変わらなくても、物価上昇率の差の分だけ日本企業の製品の国際競争力は高まっていくことになる。このことは、国際競争力の観点に基づく名目ドル円レートの均衡水準、中立水準は、円高方向に常に変化していることになる。この点を踏まえると、現在のドル円レート(名目値)は、90年以降約30年程度の平均と比べてわずかに5円程度の円安であるが、実際にはもっと円は割安となっている可能性が高い。

そこで、他通貨に対する円の価値を貿易相手国の加重平均で算出し、さらに海外との物価上昇率の差で調整した「実質実効円指数」に注目しよう(図表)。昨年11月時点での実質実効円指数は、1973年の変動相場制移行以来の平均値と比べて29.4%と大幅安の水準にある。現在よりも3割程度円高の水準が均衡値、ということになる。

ただし、日本企業の技術競争力が海外と比べて低下したため、価格条件の変化だけでは、内外の競争条件を一致させ、貿易収支を均衡させる均衡水準、妥当水準は決まらない、との批判も一部にある。そこで、内外の技術競争力が変化しているという構造変化を考慮するため、実質実効円指数の10年後方移動平均を算出した。それでも昨年11月時点での実質実効円指数は、その移動平均値から13.8%円安水準にある。幅を持ってみれば、円は10%から30%程度割安、という目途となるだろう。

(図表)実質実効円指数でみる円の評価

円安長期化は日本企業の技術競争力に悪影響も

現在の円の水準がかなり割安ということであれば、何らかのショックがあれば、大きく円高に巻き戻されやすいということを意味するのではないか。きっかけは、既にみたようなFRBの急速な金融引き締めによる、世界経済の悪化、金融市場の混乱、そして日本銀行のゼロ金利解除などである。

既にみたように、円安進行による物価押し上げ効果は大きくなく、「悪い円安」論はやや行き過ぎている感がある。他方、円の割安が長く続くことの経済的な意味は何だろうか。

輸出企業の国際競争力が高まることは、確かに短期的には日本経済にはプラスである。しかしながら、円安によって日本企業の国際競争力に追い風が続けば、それに甘んじて競争力を高める企業努力が低下してしまう可能性があるのではないか。いわゆる企業の構造改革が進まなくなる。それは、海外企業に対する日本企業の技術競争力の低下にもつながりかねない。これこそが、円安の大きな弊害なのではないか。

このような弊害を生む円の割安状態が長らく続いていることは、日本銀行の異例の金融緩和の長期化によってもたらされている面があることもまた否定できないところだ。この点も、日本銀行の金融緩和の副作用の一つと言えるだろう。

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