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NRI トップ ナレッジ・インサイト コラム コラム一覧 終わりの見えない悪循環に陥る北朝鮮の瀬戸際外交

終わりの見えない悪循環に陥る北朝鮮の瀬戸際外交

2022/01/28

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バイデン政権の北朝鮮政策はオバマ政権の「戦略的忍耐」に陥いる

バイデン政権発足1年のタイミングと重なるかのように、北朝鮮の動きがにわかに活発化している。北朝鮮は27日、日本海に向けて短距離弾道ミサイルとみられる飛翔体2発を発射した。今年に入ってから6度目のミサイル発射である。

北朝鮮は、1年間はバイデン政権の姿勢を伺ってきたが、事態が改善する兆しが見られないことで、バイデン政権に揺さぶりをかけ始めている。

米朝首脳会談を3回行い、トップ会談で一気に事態打開を図ろうとしたトランプ前政権、北朝鮮側に制裁を掛けつつ粘り強く譲歩を引き出す姿勢を続けた「戦略的忍耐」のオバマ元政権とは異なる、いわば第3の道を新たな北朝鮮政策としてバイデン政権は選択したのである。それは、北朝鮮に対話を呼びかけつつ、制裁措置も安易に緩めないといったものだ。

しかし、数度にわたるバイデン政権の呼びかけにも関わらず、北朝鮮は対話に応じていない。経済制裁の緩和、解除が対話の前提との姿勢を崩していないためだ。対話が実現しない場合のバイデン政権の次の対応策はおそらく用意されておらず、結局、オバマ政権の「戦略的忍耐」に陥ってしまっているのが現状だ。ただしそうなることは、当初から十分に予想されたことだ。

米国との関係が膠着状態に陥れば、北朝鮮は米国や国連決議による経済制裁が長期化し、北朝鮮経済は一段と疲弊してしまう。北朝鮮にとって大きな懸念であるのは、バイデン政権の外交政策で、北朝鮮対策の優先順位が高くないことである。現状では、ウクライナ侵攻のリスクが高まるロシアへの対応、台湾海峡の緊張を含めた中国への対抗にバイデン政権の関心は向けられている。そこで、再び北朝鮮に目を向けさせるため、忘れられないようにするために、立て続けにミサイルを発射している、という面がある。他方、「極超音速ミサイル」などより技術力を高めた兵器をアピールすることで、米国側の危機感を高める狙いもあるだろう。

北朝鮮は、核実験と大陸間弾道ミサイル(ICBM)発射の再開を示唆

こうした北朝鮮の行動に対して、バイデン政権は経済制裁の強化で応じている。1月12日には、北朝鮮国籍の個人6人とロシア国籍の個人1人の計7人に新たな制裁を科したと公表した。さらにバイデン政権は、国連安全保障理事会に北朝鮮への追加制裁案を提示したが、中国とロシアが賛同しなかったことで空振りに終わった。北朝鮮を擁護する中露は逆に制裁緩和を求めており、両国が北朝鮮の後ろ盾に回る中、経済制裁の強化も思うようにできず、バイデン政権の対北朝鮮政策は、この点でも手詰まりに陥っている。

そうしたなか、北朝鮮がさらに強硬姿勢を見せ始めている。朝鮮中央通信は1月20日、朝鮮労働党中央委員会政治局会議が、「暫定的に中止していたすべての活動を再稼働する問題を、迅速に検討するよう当該部門に指示した」と報じた。この会議には金正恩総書記が出席していた。これは、核実験や米本土に届く大陸間弾道ミサイル(ICBM)発射の再開を示唆したものと考えられている。北朝鮮は、迎撃回避能力の高い「極超音速」と称する弾道ミサイルや、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の発射を立て続けに行ってきたが、今までのところはいずれも飛行距離は1千キロ未満と短距離であり、米国を過度に刺激する行動は避けてきたのである。

北朝鮮は2018年6月にシンガポールで開かれた史上初の米朝首脳会談に先立って、核実験やICBM発射を中止すると宣言した。ハノイで開かれた2019年2月の米朝首脳会談が合意なしに終わった後も、核実験とICBMの発射は行わず、短距離弾道ミサイルなどの発射にとどめてきた。北朝鮮はこれまでに6回の核実験を行っており、現時点では2017年9月が最後である。またICBMについては、米本土に届く液体燃料型の「火星15」を2017年11月に発射したのが最後である。

軍事的デモンストレーションは4月にも強まるか

北朝鮮が1月に入って立て続けにミサイルを発射したのは、2月4日に北京冬季五輪が開幕すれば、中国に配慮して発射が難しくなるからとの見方が多い。つまり、駆け込みでの発射である。そうであれば、2月20日の北京冬季五輪の閉幕までは、北朝鮮は目立った行動を控えるだろう。

また3月9日には韓国で大統領選挙が行われる。北朝鮮の軍事的デモンストレーションは、南北融和を重視する与党候補に不利に働いてしまうことから、そこまでは、北朝鮮は目立った行動を控えるだろう。

一方4月15日には金日成主席生誕110年を迎える。こうした記念日に北朝鮮が軍事的デモンストレーションを行う可能性は十分にあるだろう。また米韓関係筋によると、毎年3月に実施してきた米韓合同軍事演習については、韓国大統領選や新型コロナの状況をふまえ、4月に延期する方向で米韓が調整中であるという。北朝鮮は、以前より強く批判しているこの米韓合同軍事演習に合わせて、軍事的デモンストレーションを行う可能性も考えられる。4月が大きな注目時期となりそうだ。

ICBM発射や核実験は米国本土の安全保障を直接脅かすものであることから、北朝鮮が強行すれば米国との緊張が高まるのは必至となる。それでも、ICBMの発射は近い将来に実施される可能性はありそうだ。経済制裁や新型コロナによる国境封鎖で国内状況の悪化が限界に達していることから、北朝鮮は局面打開を狙って「瀬戸際外交」を一気に強める可能性がある。

終わりの見えない悪循環に

米政府系の自由アジア放送(RFA)によると、短距離弾道弾は1発あたりの発射費用が100万ドル~150万ドルに上るとされる。北朝鮮の名目GDPは158億ドル(2020年)と推計されている。1月に入って6つの短距離ミサイルを発射したことでかかった費用は600万ドル~900万ドルと、1年間のGDPの0.03%~0.04%に相当する。日本のGDP比率に基づいて計算すると、2,500億円~3,300億円規模が一気に空に消えたことになる。他方、短距離弾道弾の開発費用は10億ドル(約1,100億円)とされる。

北朝鮮が手がける各種の新型ミサイルの開発は、米国などに脅威を与えることで自国への攻撃を思いとどまらせ、外敵から体制を守る抑止力の意味合いが大きい。そして、ミサイルの技術や精度を高めるためには様々な実験が必要になる。

巨額の費用がかかるミサイル開発と発射実験の資金源の一つは、海外へのサイバー攻撃との指摘がある。2021年3月に国連安全保障理事会の北朝鮮制裁委員会専門家パネルが公表した最終報告書によると、北朝鮮は仮想通貨交換業者などへの攻撃で2019~2020年の間に、推計で3億1,640万ドル(約360億7,000万円)を奪ったとされる。

新型ミサイルの開発及び発射実験の費用は、一部は海外へのサイバー攻撃によって得ている可能性があるとは言え、やはり国内経済に大きな負担となり、国民生活を圧迫しているのではないか。コロナ問題、経済制裁に加えて、軍事的デモンストレーションも北朝鮮経済に打撃を与えているだろう。他方で、経済の悪化、国民生活の疲弊が、政府を事態打開に向けた軍事的デモンストレーションに向かわせ、それが米国からの経済制裁強化を促し、それがさらなる経済の悪化、国民生活の疲弊につながるなど、悪循環に陥っている可能性がある。

北朝鮮が踏み出そうとしている「瀬戸際外交」の加速は、こうした終わりの見えない悪循環を一層増幅することになるのではないか。

(参考資料)
「北、対決戦術にシフト バイデン政権揺さぶりへ 対米交渉より兵器開発」、2022年1月21日、産経新聞
「朝鮮半島、一気に緊迫も 核実験再開を示唆 米の関心ひく「瀬戸際戦術」か」、2022年1月21日、朝日新聞
「北朝鮮、経済疲弊でもミサイル連発 「米の無関心」背景」、2022年1月20日、日本経済新聞電子版
「北朝鮮、半月で4回 経済困窮でもミサイル連射の理由」、2022年1月19日、日本経済新聞電子版
「北朝鮮「全ての活動再開」―核実験とICBM示唆、米にらみ」、2022年1月20日、共同通信ニュース
「北朝鮮、核・長距離ミサイル実験再開を警告 米の敵視政策受け」、ロイター通信、2022年1月19日、ロイター通信ニュース

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