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原油価格100ドルに向かう中での日本の原油高対策

2022/02/16

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石油元売り会社への補助金制度は十分に機能していない

WTI原油先物価格は、ついに一時1バレル95ドル程度と7年5か月ぶりの水準にまで上昇した。仮にロシアによるウクライナ侵攻が起これば、その後の先進国による制裁措置がロシアの原油供給に大きな打撃を与えるとの見方から、WTI原油先物価格は一気に1バレル100ドルを超えることも視野に入ってきた。

そうした中、国内ではガソリンなど燃油価格高騰への政府の対応が行き詰まりを見せている。政府は1月27日に石油元売り会社に対して補助金を支給し、燃油価格の急騰を抑える異例の対策を発動した。全国平均のガソリン価格が1リットル当たり170円を超えた場合、5円を上限に元売り会社に補助金を支給する仕組みだ。それを通じて、給油所や軽油・灯油の販売店での小売価格の上昇を抑える狙いである。これは、3月末までの時限措置となる。

しかし、海外市場で原油価格の急速な上昇が続く中、制度導入からわずか2週間で、補助金は1リットル当たり上限の5円にまで達してしまい、追加でガソリン小売価格の上昇を抑える効果は失われてしまった。

一方、ガソリンスタンドなどでの小売販売価格は、補助金の分だけ上昇が明確に抑えられたようには見えない。過去から持っている在庫のガソリンがあるため、元売り会社に対する政府の補助金が小売価格に波及するまでには時間がかかることは確かである。ただしそれだけではなく、元売り会社から購入する価格が抑えられても、小売業者の一部はそれを販売価格に十分に反映させず、価格引き上げを続けている可能性がある。

小売業者のそうした行動は、この補助金制度の政策効果を損ねるものだ。経産省は全国約3万か所の給油所や軽油・灯油の販売店に電話あるいは実地で調査し、値上げしている小売り業者には、制度の趣旨を説明して理解を求めている。しかし、それには強制力は全くないのである。

国民負担でガソリンスタンドなどの小売業者を利する

補助金によって上昇が抑えられた卸売価格を無視して小売業者が小売価格を引き上げれば、財政負担つまりは国民が負担した分が小売業者を利するだけで終わってしまう。そうした問題は、導入前から指摘されていた制度上の欠点であった。それが現実のものとなっている。

補助金が上限に達することが明らかになった2月10日に、政府はガソリンなど燃油価格の高騰への対応を協議する関係閣僚会合を開いた。ただし、追加策を検討することを確認したにとどまっている。補助金制度は3月末までの措置であるが、それが切れれば一気に卸売価格が5円上昇することになるため、政府は同制度の延長を決める可能性が高い。

他方で、補助金の対象となるガソリン価格の上限をさらに引き上げることも、追加の対策の選択肢ではある。しかし、それは慎重に検討すべきだろう。この先、原油価格がどこまで上昇するか見えない中、今後の上昇分を財政支出で穴埋めし続けていけば、財政負担は際限なく膨らんでしまう可能性がある。

しかも、既に見たように、補助金がガソリンなどを購入する消費者や中小事業者を助けるのではなく、ガソリンスタンドなどの小売業者を利することにさらに使われるリスクが相応にある。実際のところ政府も、上限のさらなる引き上げには慎重な姿勢を示している。

トリガー条項の凍結解除は問題

もう一つの選択肢となるのが、ガソリン税のトリガー条項の凍結解除である。ガソリンにはガソリン税(揮発油税+地方揮発油税)が1リットルあたり53.8円課税されている。このうち本来の課税より上乗せされている部分が25.1円だ。ガソリン価格が高騰した際に、この上乗せ部分を解除することができるというのがトリガー条項である。しかし、2011年に東日本大震災が起きた際に、復興財源を確保するため、その発動を凍結する法的措置が取られており、そのまま今日に至っている。

このトリガー条項の凍結を解除すればガソリン価格を25.1円下げることができる。しかしそれには法改正が必要であり、時間がかかることは避けられない。また、既に復興財源に充てられている上乗せ部分を解除することは問題であり、それはすべきでないだろう。

萩生田経産相も、国と地方の財政に与える悪影響の観点から、「現時点で『トリガー条項』の凍結解除は考えていない」と説明している。

原油高対策は弱者をピンポイントで丁寧に支援することが重要

原油価格高騰という海外の事情で生じている事象に対して、国内の政策を通じてその問題を解決することは基本的にはできない。できるのは、その痛みを和らげる対処療法でしかないと理解すべきだろう。

今回の原油高対策は、ガソリンなど燃油の価格上昇を抑えるために、元売り会社に補助金を支給するという異例の政策から始めた点が過去と比べた場合の大きな特徴だ。しかし、それは市場価格を歪める恐れがある、小売業者を利することになるなど多くの問題を生じさせる。また、ガソリンなど幅広い利用者の負担を減らすために、財政支出を用いて幅広い国民に新たに負担を生じさせているという構図もまた問題である。

WTI原油先物価格が1バレル130ドル台にまで上昇し、ガソリン価格が全国平均で180円を超えていた2008年に、当時の福田内閣が実施した原油高対策は以下のようなものだった。
(1)中小企業など業種横断対策

ⅰ 資金繰り支援・金融円滑化

ⅱ 窓口・相談体制の整備

ⅲ 原油等の価格上昇分の転嫁に関する周知徹底

ⅳ 下請代金法・独占禁止法の厳格な運用等

(2)建設業、漁業、農林業、運送業、石油販売業など業種別対策
(3)離島、寒冷地など地方の生活関連対策
(4)省エネ、新エネなど構造転換対策
(5)国際原油市場の安定化への働きかけ
(6)石油製品等の価格監視等の強化

他方、元売り会社に対する補助金制度以外に、現在、経済産業省が実施している原油関連中小企業・小規模事業者に対する原油高対策は、以下のようなものだ。

(1)相談窓口の設置
中小企業金融公庫などに「原油価格上昇に関する特別窓口」を設置し、原油価格上昇の影響により資金繰りに困難を来している中小企業に対する資金繰りや経営に関する相談を受け付ける

(2)セーフティネット貸付の運用緩和
日本政策金融公庫等が実施するセーフティネット貸付の要件を緩和し、支援対象を原油高等により今後の影響が懸念される事業者にまで拡大

(3)下請事業者に対する配慮要請
関係事業者団体約1,400団体に対して、原材料・エネルギーコスト増加分の適正な価格転嫁等を要請する。また、親事業者による一方的な価格設定などの買いたたきや減額など違反行為が認められた場合は、下請代金支払遅延等防止法に基づき、厳正に対処する

両者を比べてみるとかなり共通した部分があり、結局のところは、2008年に実施していた対策を繰り返しているようにも見える。しかしながら、それ以外に有効策はないのではないか。

ガソリン購入者を幅広く支援しようとするのが元売り会社に対する補助金制度である。しかしそれには多くの問題がある。そうではなく、原油高によって大きな打撃を受けている個人や事業者などの弱者を随時見つけ出し、そこにピンポイントで丁寧に手を差し伸べていくことこそが、国内の原油高対策の王道と言えるのではないか。

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