フリーワード検索


タグ検索

  • 注目キーワード
    業種
    目的・課題
    専門家
    国・地域

NRI トップ ナレッジ・インサイト コラム コラム一覧 参院選は本当に国民の選択の場となっているか:消費税減税、財政健全化の議論に注目

参院選は本当に国民の選択の場となっているか:消費税減税、財政健全化の議論に注目

2022/07/06

  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn

真に求められる物価高対策とは?

参院選では、物価高対策が各党間での大きな争点となっている。与党は、既に実施しているガソリン補助金に加えて、農業支援や節電ポイントなどの政策を掲げた。これに対して野党は、物価高対策、個人消費喚起策として、給付金に加えて消費税の減税あるいは廃止を揃って主張している。

物価高という経済的ショックへの対応として第1に重要なのは、社会保障制度など個人のセーフティネットが十分に機能しているかを確認し、不備があるならばそれを修正することだろう。そのうえで、常設の制度で十分に対応できないのであれば、一時金の支給も検討すべきだが、それは、広範囲な個人、事業者を対象とするものではなく、エネルギー、食料品価格上昇で特に打撃を受けている個人、事業者を見つけ出し、ピンポイントで十分な支援を行うことが重要だ。

それに加えて、先行き賃金が上昇するとの期待を高めることで、物価高に対する個人消費の耐性を強めるといった、場当たり的でない骨太の政策を進めることが重要だろう。そのためには、労働生産性と潜在成長率を高める成長戦略の推進が有効となる。

さらに、日本銀行が金融政策の柔軟化あるいは正常化を実施することを通じて、中長期的な物価の安定へのコミットメントを示すとともに、「硬直的な金融政策のもとで先行き円安が一段と進行し、それによる物価押し上げが長期化してしまう」との消費者の懸念を緩和することが、重要な物価高対策となる。

消費税率引き下げは税収基盤を大きく損ね物価高対策としては不適

立憲民主党、国民民主党、共産党は消費税率を時限的に5%に引き下げること、日本維新の会は食料品などに適用される軽減税率を8%から3%へ引き下げること、れいわ新選組は消費税廃止、社民党は3年間税率ゼロ、NHK党は消費減税、をそれぞれ公約として掲げている。これに対して、自民党、公明党は、社会保障の安定財源と位置づけられている消費税率の引き下げについて、時限措置であるとしても反対の立場である。

有権者には一定程度支持されるとしても、現在のような厳しい財政環境の下で、それを一段と悪化させる消費税率引き下げを掲げることは、無責任な姿勢なのではないか。確かに物価高は日本経済、国民生活を脅かすものとなっているが、海外市況や為替動向によって情勢は短期間で変わりうる。それに対して、税収基盤を中長期的に大きく損ねることになる消費税率引き下げや廃止で対応するというのは、いかにもバランスを欠いた政策だ。時限措置といっても、ひとたび税率を下げれば、再び元の水準に戻すにはかなりの時間を要するだろう。

消費税は社会保障費の目的税ではないが、平成24年の改正で、「社会保障の安定財源の確保及び財政の健全化を同時に達成することを目指す」との位置づけが加えられた。消費税は社会保障制度を支える安定財源であるとともに、財政健全化の手段でもあるのだ。

「年金3割カット」の茂木発言の余波

自民党の茂木幹事長は6月26日のNHKの番組で、野党が主張する消費税減税について、「消費税は社会保障の大切な財源だ。野党の言うように下げると年金財源を3割カットしなければいけない」と発言した。また長崎市での講演でも「選挙になると野党は必ず消費税を下げるという話をする。聞こえはいいかもしれないが、消費税は年金、医療、介護、子育て支援の大切な財源だ。もし野党がいうように消費税率を引き下げると、年金、介護、医療、子育て支援、社会保障の財源が3割不足する。もし減税するならば、その財源をどうするのかをセットで話してもらわないと現実的な政策とはいえない」などと発言した。

茂木幹事長のこうした発言に対して、立憲民主党の泉代表は「冷酷だ」と反発し、共産党の志位委員長は「高齢者へのどう喝だ」と強く批判した。また、「年金3割カット」の根拠を示すべきだとの意見も相次いだのである。

岸田文雄は「消費税を5%引き下げた場合には約13兆円の財源が減る。それは年金を含む社会保障費45兆円の約3割にあたる」と説明していた。茂木幹事長の発言は、同様な計算を踏まえたものではないか。

国政選挙が国民の選択の場として十分に機能していない

「年金支給3割カット」という茂木幹事長の発言はセンセーショナルであり、やや乱暴との印象は否めない。しかしながらその発言は、本質を突いており、重要な論点を提示している、という側面もあるのではないか。

当然のことであるが、社会保障制度を支えるのは、保険料、税金、国債発行などを通じた国民の負担である。より充実した社会保障制度を望むのであれば、国民は応分の負担をしなければならない。他方で、負担を軽減したいのであれば、社会保障制度をスリム化する必要が生じるのである。

「高福祉・高負担」、「中福祉・中負担」など、どの組み合わせが望ましいのかを選択するのは国民であり、減税をする一方で社会保障制度を拡充せよとの主張は筋が通らない。本来、国政選挙には、政府サービスと国民負担との組み合わせについて、各党が具体的な提案を行い、国民がその中から最適なものを選び取っていく、とのプロセスが求められるはずだ。

ところが実際には、国政選挙で各政党は、社会保障制度の拡充を提案する一方で、減税の提案などを行い、また、国民負担増加の議論を回避する傾向がある。そうしたポピュリズム的傾向が生じるのは、選挙制度を根幹とする民主主義制度に本来備わった欠点でもあるのだろうが、そうした傾向が日本では強いように感じる。

財政の健全化は成長戦略の一環

その結果として、財政環境は悪化を続け、国債発行は増加の一途を辿る。一方で、大きな負担を負うことになる将来世代は、選挙でその意思決定に自ら参加することはできないのである。

選挙のたびに繰り返される問題先送りによって、国債発行残高が増加を続けると、それは将来、あるいは将来世代の所得を前借する傾向が強まっていくことに他ならない。前借を繰り返すことで将来の需要はその分奪われ、先行きの日本経済の成長期待は一段と低下してしまう。その結果、企業の設備投資意欲は低下し、また雇用、賃金にも悪影響が及ぶのである。

こうした点から、財政の健全化策は、日本経済の活性化にもつながる成長戦略の一環とも理解できるだろう。しかし、今回の選挙でも、財政の健全化は大きな争点とはなっていない。ここまで財政が悪化してしまうと、もはや短期間で立て直すことはできないが、中長期の方針として、財政健全化を政府は再度確認し、国民と考えを共有しておくことが重要なのではないか。

財政の健全化の観点に照らせば、消費税率の引き下げを掲げていない与党の姿勢は評価できるが、他方で、自民党は財源を示すことなく防衛費の大幅上積みを掲げている点が問題だ。自民党は、ウクライナ問題や中国、北朝鮮情勢を踏まえて、防衛費の水準に関してGDP比で「2%以上を念頭に、来年度から5年以内に達成」と選挙公約に明記している。2022年度の防衛費はGDP比で1%相当の約5兆4千億円であるが、これを2%にするのであればその規模は10兆円超となり、新たに5兆円の財源が必要となる。その財源が示されていないのである。

岸田政権の経済政策が、骨太の方針の4つの重点項目で示されたように、所得再分配から成長戦略重視にシフトしてきている点は評価できる。ただし、財政健全化の姿勢が後退し、財政悪化が一段と進めば、それは成長戦略の効果を損ねてしまうことにつながる、という点にもっと配慮が必要なのではないか。

(参考資料)
「最終盤、熱帯びる攻防 消費税、野党「減税」/与党「社会保障の財源」 参院選」、2022年7月4日、朝日新聞
「<参院選2022>消費税 激論*野党「減税」/与党「維持」*茂木氏「年金カット」発言に批判」、2022年6月30日、北海道新聞朝刊全道(総合)
「【主張】参院選と物価高 対症療法で不安拭えるか 財源なき消費減税は無責任だ」、2022年7月3日、産経新聞
「'22参院選/防衛費増、消費減税…力説の半面 財源 議論深まらず 改憲、コロナ対策も低調」、2022年7月1日、東奥日報
「(#政官界ファイル)自民・茂木氏「消費税の減税議論は財源セットで」」、2022年6月30日、朝日新聞
「'22参院選/茂木氏「減税なら社保費減」 物価高対策 消費税巡り応酬 野党「どう喝」と批判」、2022年6月29日、東奥日報
「「消費減税は財源セットでないと非現実的」自民・茂木氏」、2022年6月29日、朝日新聞速報ニュース
「<参院選2022>消費税 激論*野党「減税」/与党「維持」*茂木氏「年金カット」発言に批判」、2022年6月30日、北海道新聞朝刊全道

執筆者情報

  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn

新着コンテンツ