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【第一話】金融の付加価値とデジタル化について考える上での補助線 -ナレッジ-

シリーズ「金融の付加価値とデジタル化」
【第一話】金融の付加価値とデジタル化について考える上での補助線 -ナレッジ-

2022/01/18

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ナレッジに注目

金融の付加価値とデジタル化の関係性、すなわち、金融の付加価値がデジタル化の進展に伴って今後どのように変化していくのかについて考えてみたい。その背景には、デジタル化の波が金融に押し寄せ、新規参入者と共に新たな金融サービスが次々と登場している一方で、低金利環境の影響もあって、 従来の金融サービスの付加価値がどんどん低下しているように見える、ということがある。金融ビジネスに対するデジタル化の影響はポジティブなのかネガティブなのか、それはDX(デジタル・トランスフォーメーション)が遅れていると言われる既存の金融プレーヤーのビジネス戦略にどのようなインパクトをもたらすのか、デジタル化が進んでいく先にある金融の将来像とはどのようなものなのか、このような疑問に回答を見出すべく、個別事象に焦点を絞りながら検討を進めていこうと思う。と言っても、金融業界ではサービス開発やデジタル化に向けた新たな動きが日々様々な形で起こっている。そのような変化の中にトレンドを見つけ、それを拠り所にして将来を見通すためには、何か思考の補助線ともいえる視点があると便利である。ここでは、その補助線の役割として、「ナレッジ」に注目することとしたい。以下で、ナレッジの定義とナレッジ視点の意義について説明するが、やや抽象的な議論となる点については、次回以降への準備ということでご容赦頂きたい。

ナレッジに期待を寄せるのは、ナレッジが付加価値と相性が良いからである。付加価値があると認められる活動には必ず、意思決定にとって有益な情報提供が存在すると想定し、この有益な情報のことを「ナレッジ」と呼ぶことにする 。例えば、金融のアドバイスに対する顧客の評価も、そのアドバイスが顧客の意思決定に有効な情報を提供したか否か、すなわちナレッジを提供したか、によって決まると考える(図表1)。なお、ここではナレッジを単なる情報ではなく、特定の目的にとって有益な情報と表現していることに留意して欲しい。情報を取得する際のコンテクストに合致している情報のことであり、特定の課題に対するソリューション(解決策)と表現しても良い。従って、例えば、単に辞書が存在してもそれはナレッジではなく情報に過ぎないと考える 。意味を調べたいと思って辞書を開き、そこで有益な情報を得て初めてナレッジが獲得されるということになる。 また、辞書のように形式的に目に見える形の情報だけがナレッジの対象となるわけではない。人の頭の中にあるため、他人と共有するのが難しい情報もある。そこから局面に応じて取り出される有益な情報は暗黙知と呼ばれ、これもナレッジの一形態である。 辞書のコンテンツのように文章や数式で表現できる情報から得られるナレッジを形式知と呼んで暗黙知と区別することが多いが、形式知か暗黙知かはイチゼロの区別ではない。ナレッジが取り出されるプロセスに文書等で表現可能な部分が多いか少ないかの差があるだけであり、どちらもナレッジであることに変わりはない 。先の金融アドバイスの例に戻れば、アドバイザーが必要に応じて書籍や辞書の情報にアクセスし、更にはWeb上の情報や有識者からの情報や頭の中の記憶情報などを使って、顧客から提示された課題(例えば「老後の資金は十分か」という問い)に対してソリューション(例えば「土地売却なしでも十分です」という解答)を構成できて初めてナレッジが提供できたことになる。

図表1 ナレッジの例としての金融アドバイス

また、金融アドバイザーや医者、更にはコンサルタントや弁護士などのように、一般的に知的業務と言われる職業だけがナレッジを提供するという考え方ではなく、より広くナレッジというものを捉えることにする。例えば、バックオフィス業務のスキル、銀行店舗の職員のスキル、更には、アダム・スミスが「国富論」においてピン製造工程が分業化していく過程を記述した際の作業員のスキルまでも、特定の文脈において有益な情報を引き出すことができるという理由ですべてナレッジと見なす。 もちろん、医者のナレッジと比較するとピン製造の作業員のスキルは定型化しやすくシステムで置き換えやすいという特徴を持つかもしれないが、有益な情報になりえるという面でナレッジであることに違いはない。このようにナレッジの範囲に、高度な専門技術だけでなく、広く一般のスキルまで含めて考えることで、ナレッジという概念は業務やサービスを組み合わせて付加価値を高めていく際の強力な検討手段となる。

ナレッジ視点で見ることの効用

【ナレッジ視点の意義①:付加価値の分かりやすい代替】
ナレッジという概念を持ち出して議論しようとすることは少しチャレンジをすることでもある。なぜなら、ビジネスの現場においてナレッジという言葉は半ば死語のようになっている現状があるからである。20年以上も前にナレッジ・マネジメント(以下、KM)が注目を浴び、当時盛んに議論され、多くの企業においてDWHやグループウェア導入などが流行ったけれど、当初想定したような成果が得られたとは言い難い。結局、KMの実践はビジネス界の表舞台から消えてしまった感がある。

そのような、ある意味手垢がついた概念を改めてここで引っ張り出す意義は、付加価値を作り出す工夫について考える時、より具体的なイメージ化を助けてくれるからである。付加価値という掴みどころのないものを直接の対象として考えるよりも、ナレッジに焦点を絞って、単なる情報をいかにして有益な情報に変えるかを考える方が、具体的で分かりやすいということである(図表2)。

図表2 ナレッジ視点の意義

以前、KMが期待外れに終わった原因については、様々な指摘があるところではあるが、最も多い意見の一つは、KMの検討がシステム面に偏重し過ぎたということだ。DWHを作ったけれど活用されなかったとか、ファイル共有の仕組みを作ったけれどもそれ以上の発展がなかったといった反省がその背景にある。このシステム偏重という現実は見方を変えれば、システム上の情報をナレッジとして活用することができずに情報のまま放置してしまった、ということでもある。今、改めてナレッジとは単なる情報のことではなく、コンテクストに合致した「有益な情報」であると定義の再確認から議論をスタートするのは、情報とナレッジの混同を繰り返さないためである。

【ナレッジ視点の意義②:人とデジタルの融合を促す】
また、ナレッジ視点を導入することによる効用をもう一点挙げるとしたら、人とデジタルの融合と言えるだろう。情報の受け手にとって「有益な情報」を作り出すには、受け手が情報を必要としているその背景、すなわちコンテクストを理解するのに長けた人間としての能力と、いつでもどこでも情報にアクセスできるというデジタルの有効性を組み合わせる努力が必要になるからである。最近のデジタル化ブームにおいて、金融アドバイザーを支援するシステムやリモート面談ツールやコンタクトセンターの高度化などに注目が集まっているが、これらはすべて、人とデジタルを組み合わせて顧客に有益な情報を提供しようとする試みと見做して良い。

【ナレッジ視点の意義③:デジタル化の意味が明確になる】
更に、人とデジタルの融合をデジタル部分に注目して眺めると、デジタル化の意義も浮かび上がってくる。情報からナレッジが引き出せない状況、例えば大量にWebサイト上のログデータが集められてもそこから有効な示唆を抽出できない状況を想像してみよう。これに対して、AI等を活用したアナリティクスの強化が脚光を浴びているが、これはデジタル化によって情報がナレッジになるということを表している。この例に限らず、ナレッジを作り出すことに貢献するというところが、従来型のITと比較して最近のデジタル化の特徴と言えるだろう。その意味において、金融にとってDXはどんな意味を持っているのか、どんな効果があるのか、という議論もナレッジ視点を抜きにしてはその本質を捉えきれないものとなる。

 

今回は少し抽象的な話に偏ったので、次回以降は、金融ビジネスの実例を取り上げながら、付加価値とデジタルの関係について考えていこうと思う。あわせて、それぞれの実例の中で、ナレッジ視点がいかに有効かについても示していきたい。

執筆者情報

  • 小粥 泰樹

    研究理事

    金融ITイノベーション事業本部 副本部長

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