不確実性が高いデジタル新事業を企画する際は、ビジネスの戦略仮説やコンセプトの実効性を検証するPoC(Proof of Concept=概念実証)が欠かせません。しかし、そのPoC自体が目的になってしまって前に進まない「PoC疲れ」という問題も発生しており、新しい事業企画をつまずかせることがあります。今回は、このPoCにおける失敗の原因と対策をお伝えします。
連載「DX相談ルーム」では、DX推進担当者と、NRIのコンサルタントの対話を通じて、DXに関して、多くの方が抱く悩みや疑問にお答えしていきます。
※ DX推進担当者は架空の人物です。
話し手:コンサルタント 栗山 勝宏
1998年大手システムインテグレーターに入社後、2007年1月NRIに入社。
一貫して、業務改善を伴うシステム上流工程(構想、計画、システム調達)、システム開発時のユーザー側活動(要件定義、業務移行、受入テスト)および大規模開発PMOなどのITコンサルティングに従事。
2012年以降、ICTを活用した事業変革・新事業創造、顧客接点高度化(顧客接点改革、CRM/SFA導入、会員制度見直し、顧客情報統合)、業務改革・業務改善などのコンサルティングに従事。
経済産業大臣認定 中小企業診断士。
PoCの成功とは?
DX推進担当者
この半年、デジタル新事業のアイデアをいくつも出して、PoCをやってきたのですが、ひとつも事業になりませんでした。最近ではPoCに行き詰まりを覚えています。
栗山
PoCに取り組む人が増えるにつれ、PoCがなかなか事業に結びつかないといった悩みを打ち明けられることも多くなっています。どうなれば「PoCが成功した」ということになると思いますか?
DX推進担当者
新事業の企画が事業化に向けて前に進んでいけば、PoCは成功じゃないですか?
栗山
必ずしも前に進むだけが成功ではありません。PoCの目的は検証です。検証したかった項目が検証できれば、それが成功です。逆に、たとえば「このサービスにニーズはあるか?」を検証しようとしたのに、ニーズの有無が判明しなかったなら、失敗です。
DX推進担当者
つまり「このサービスにニーズはない」という結果が出ても、PoCとしては成功したということですか?
栗山
その通りです。具体的な問題点を洗い出して、アイデアを大幅に修正したり、ボツにしたりすることも、PoCの目的です。
一つのPoCで、あれもこれも検証したくなりますが、そうすると時間もコストもかかりすぎてしまいます。何を検証しようとしていたのか、目的を見失うケースが多いので注意しましょう。
検証項目を絞ることが、PoC成功の秘訣
DX推進担当者
PoCで検証する項目は絞ったほうがいいのですね。どういうふうに絞ったらいいのでしょうか?
栗山
私たちはPoCで検証する項目を大きく3つに分けて考えています。「価値検証」、「ビジネス検証」、「技術検証」です。
DX推進担当者
「技術検証」はわかります。たとえば、この技術でこのビジネスは実現できるのか、この技術とこの技術はうまく組み合わせられるのかなどを検証するわけですよね。
しかし「価値検証」と「ビジネス検証」の違いがよくわかりません。この2つはどう違うのでしょうか?
栗山
「価値検証」は、その事業(サービス)にユーザーが「これ、いいね」と価値を感じるかどうかを検証することです。一方、「ビジネス検証」は、ユーザーに対して「このサービスに100円を支払うかどうか?」などを質問したり、10万人規模の有償サービスユーザーが獲得できるかどうかを推計するなど、ビジネスとして成立するかどうかを検証することです。
価値がなければビジネスは成り立たないので、「価値検証」と「ビジネス検証」は似ていますが、イコールではありません。例えば、「このサービスを導入すれば、CO2の排出量が減らせますが、そのことに価値を感じますか?」と聞けば、多くの企業が「価値を感じます」と言ってくれるでしょう。しかし「ではこのサービスの利用料に月額500万円払いますか?」と聞いたら、難しいと答えるかもしれません。またそのサービスを提供するためにシステムの構築・維持費や外部のシステムサービス利用料などのコストがかかる場合、コストが見込み収入よりも大幅に超えてしまったら、ビジネスは成り立ちません。この場合、「価値検証」では、価値があるという結果になりましたが、「ビジネス検証」では、ビジネスとして成立しないという結果になります。
DX推進担当者
つまり、ユーザーに価値を届けられているかを見極めつつ、実現性は技術とビジネスの両方の観点から検証するということですね。
栗山
そうです。ビジネス検証では、サービス提供に必要なシステムを構築、維持するにはいくらかかるか、そして、それを回収し、利益を出すためにはどのぐらいの期間がかかり、費用対効果が合うのかどうかなどについて具体的に検証します。
DX推進担当者
検証したい項目が複数あった場合、同時に行っても問題ないでしょうか?
栗山
いいえ。もし検証したいことが5つあったら、PoCを5回行いましょう。「PoC」とひとくくりにして呼ぶよりも、たとえば「ユーザーインターフェイスの感受性検証」というふうに、検証したい項目で呼ぶほうが、ブレなくていいですね。検証項目はあいまいにならないよう、検証したいことの本質を突き詰めて具体的に考えないといけません。たとえば、「有料でも使うか?」よりも「月額100円を支払ってでも使うか?」のように、なるべく具体的に質問しましょう。
DX推進担当者
そうやって洗い出した検証項目はどういう順序で検証していけばいいでしょうか?
栗山
いま、何がわからないから企画を先に進められないのか、何を見極める必要があるのかを考えていくと、検証項目の優先順位がわかってくると思います。
今回は、効果あるPoCを行うために、目的設定の重要性と、検証項目の設定の仕方についてお話ししました。PoC自体が目的になってしまわないよう、これらをしっかりと考えることが重要です。
次回は、新事業と企業文化との関係を取り上げ、「企業の価値観変容がデジタル新事業創出には不可欠」をお届けします。
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