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日銀新体制の課題④:植田新総裁は異例の金融緩和の枠組みを慎重に見直しへ

2023/02/13

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植田氏のスタンスは黒田路線とは距離

政府は2月14日に、植田和男元日銀審議委員(共立女子大学教授。東京大学名誉教授)を日本銀行の新総裁とする人事案を国会に示す方向だ(コラム「日銀新総裁に植田和男氏起用との報道」、2023年2月10日)。

植田氏の政策姿勢については、金融市場での見方はやや交錯している感がある。同人事案の報道が流れた当初は、政策修正への観測から円高や長期金利の上昇が生じた。しかし本人が、「金融緩和の継続が必要」とメディアにコメントしたことなどから、緩和修正に慎重との見方も生じ、為替市場は円安方向にやや揺り戻されている。

結論から言えば、植田氏は黒田総裁の政策姿勢とは距離を置いており、新総裁に就任すれば、事務方と一体となって、慎重かつ緩やかに金融緩和の枠組みの見直し、金融政策の正常化を進めていく方向と見ておきたい。やはり、黒田路線の修正となるだろう。

金融緩和は続けても金融緩和の枠組みの見直しは進むか

現在の金融緩和が適当、とする植田氏の発言には、政策修正観測から金融市場が大きく動くのを避ける狙いもあるだろう。金融市場の安定に配慮して、新総裁が拙速な政策修正を行わないことを当初はことさら強調する可能性は、従来から筆者も想定してきたところだ。

また、「金融緩和の継続が必要」との発言が真意だとしても、明確な金融引き締めに転じることに否定的ということなのであり、緩和姿勢を継続する中で、政策の枠組みを見直していくことに否定的ではないだろう。例えば、政策短期金利を現状の-0.1%から0.0%に引き上げてマイナス金利を解除しても、国債買い入れ額を縮小しあるいは残高を削減しても、それは現在の政策の枠組みを大きく見直すことにはなるものの、金融政策を引き締めに転じることにはならない。緩和を縮小しつつもなお緩和的な姿勢は維持することになる。

植田氏は反黒田の論陣を張ってきた訳でなく、学者らしく、個々の政策の効果と副作用を冷静に分析する姿勢であるように見える。総裁になってもそのような姿勢を続けるだろう。

拙速な利上げには否定的

植田氏は2022年7月の日本経済新聞の「経済教室」で、海外の中央銀行に続いて日本銀行が拙速に利上げを実施すべきではない、と主張していた。この記事が、植田氏が政策修正に慎重な姿勢との見方をする人の根拠の一つともなっている。

ただし、ここでの主張は、物価上昇率が目標の2%を超えたことを受け、円安けん制の狙いも含めて海外の中央銀行に続いて日本銀行が拙速に利上げを実施することに反対するものである。それは、日本での物価の上振れは一時的なものであり、2%の物価目標の達成はまだ見えないこと、海外で実施されているような本格的な利上げは日本経済に悪影響を与えかねないこと、に基づいた主張であろう。この点では、黒田総裁の考えに近いと言える。

「異例の金融緩和枠組みの今後については、どこかで真剣な検討が必要だ」

しかし同記事では、現在の金融政策の枠組みが柔軟性を欠いている点への問題意識も覗かせている。さらに、「異例の金融緩和枠組みの今後については、どこかで真剣な検討が必要だ」との考えも明確に示している。現在の政策に賛成ということではない。

また、同記事では、「そもそもなぜ持続的な2%のインフレ率を目指すのか」との問いかけもしている。2%の物価目標の妥当性についても、今後は議論が進められていくだろう。2%の物価目標を中長期の目標にするなど柔軟化が図られれば、それは金融政策の枠組み修正と金融緩和の縮小へとつながっていくだろう。

国債を大量に買い入れる日本銀行の量的緩和策に効果については、それが政府の財政支出の拡大と結びついた場合(いわゆるヘリコプターマネー)には効果を表すが、日本銀行の国債買い入れの単独の効果については、否定的な見解を植田氏は従来から示してきた。

ただし、政府の財政支出の拡大と結びついた国債買い入れとは「財政ファイナンス」に他ならず、それは財政の規律を大きく緩めてしまうなど問題は多い(コラム「日銀新体制の課題②:財政規律低下への対応」、2023年2月10日)。植田氏は、現在の日本銀行の資産買い入れ策について、強い問題意識を持っているのではないか。

黒田総裁のもとでも事務方主導で「事実上の正常化」は進められてきた

金融緩和に積極的な黒田総裁のもとでも、日本銀行の事務方は政策を部分的に柔軟化し、副作用の軽減を図る「事実上の正常化」を進めてきたと考えられる。黒田総裁の姿勢とは距離を置く新総裁のもとでは、その傾向は加速され、より「明示的な正常化」に転じていくとみておきたい。

植田氏は、金融政策を専門分野とする学者である一方、1998年から2005年まで7年間、日本銀行の審議委員を務めた。つまり、理論と実践の双方から金融政策の専門家である点が評価された人選である。ただし、それは、日本銀行が推薦したものである可能性が高い。黒田総裁のもとでの「事実上の正常化」を進めてきた事務方の意向が反映されているだろう。

植田氏は事務方と一体で、金融政策の枠組みを点検し、修正していく方向に動くことが予想される。植田氏は、国会、政治対応などでの手腕は未知数であり、多くの点で事務方の強いサポートが必要だ。そうした点で事務方の協力を仰ぐことの引き換えに、政策運営では事務方の意向も柔軟に取り入れる姿勢となるのではないか。

植田氏は、審議委員退任後も日銀金融研究所特別顧問に就くなど、現在に至るまで日本銀行との関係は深い。戦後初めての学者出身の総裁という点が注目されているが、日本銀行としては日本銀行に極めて近い人物が、再び総裁になると歓迎しているだろう。

柔軟で機動的な金融政策を取り戻す

メディアへの説明の中で植田氏は、「経済、物価を見て金融政策を考える」との主旨の発言もしている。これは、経済環境の変化に応じて金融政策を軌道的に修正していくという、金融政策の本質を示している。

ただし、現在の金融緩和の枠組みの下では、そのような柔軟な政策運営はできない。そのため、金融緩和姿勢は維持しながらも、現在の枠組みをより柔軟なものへと修正していくことが見込まれるのである。

他方、経済、物価を重視して金融政策を決める、ということであれば、経済、物価、金融環境が逆風の中では、無理に政策の見直しを進めない、という考えでもあるだろう。この点から、内外経済が減速方向にあり、米連邦準備制度理事会(FRB)の金融引き締め策が終盤に差し掛かり、間もなく利下げ観測が広がる可能性があり、それが円高圧力を高めかねないような現状で、無理に政策の修正を急ぐということではないだろう。

昨年12月20日のイールドカーブ・コントロール(YCC)見直しを受けて、金融市場の一部では、早ければ4月にも政策金利の引き上げが行われると予想されたが、植田氏が総裁に就任すれば、その可能性はかなり低下するとみられる。

今後の政策正常化の展望

新総裁には課題は山積している状況だ(コラム「日銀新体制の課題①:金融政策の柔軟化・正常化が最優先」、「日銀新体制の課題②:財政規律低下への対応」、「日銀新体制の課題③:共同声明と政府との政策協調の見直し」、2023年2月10日)。

新たな総裁の下、金融政策で日本銀行が最初に着手するのは、第1にYCCの大幅な見直しであり、利回り変動の再拡大や変動幅の撤廃などが考えられる(コラム「新総裁の下で日銀が最初に着手するのはYCC改革か」、2023年2月9日)。これは最短では今年4月に実施されよう。

第2に、2%の物価目標を中長期の目標などに修正することで、柔軟な金融政策を取り戻し、正常化を進める環境を整えることだ。これは、共同声明の見直しという形で最短ではやはり今年4月に実施される可能性があるが、実際には政府との調整、あるいは政府と自民党との調整に手間取り、実施が遅れる可能性がある。いずれにせよ、この2点については2023年中の実施が見込まれる。

第3が、マイナス金利解除、YCC撤廃と考えられるが、その実施は、経済・金融面での環境が整った後であり、2024年半ば以降と考えられる。その後に、保有国債残高の削減など量的引き締め策、ETFのオフバランス化などが、数年かけて進められるのではないかと予想される(コラム「日銀新体制の課題①:金融政策の柔軟化・正常化が最優先」、2023年2月10日)。

植田新総裁の任期中に金融政策の正常化が完了することはなく、その次、さらにそれ以降の日本銀行の総裁も、政策正常化の重責を担わされることになるだろう。

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