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後ずれする日銀物価目標の柔軟化と政策修正:4月会合では2025年度物価見通しに注目が集まる

2023/04/21

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4月会合では政策変更は見送りへ

植田総裁にとって初回となる来週4月27・28日の日銀金融政策決定会合では、政策変更は見送られるとの観測が強まっている。実際、その可能性が高いと見たい。10年前に黒田前総裁は、初回の会合で異例の積極緩和策「量的・質的金融緩和」を打ち出したが、それとは対照的な対応となりそうだ。

植田総裁は、初回の会合から政策姿勢の転換を国民や金融市場に強くアピールする、あるいはサプライズを与える意図は全くないだろう。他方で植田総裁は、現在の金融政策の副作用、問題点を多く指摘しており、いずれは副作用の軽減を意図して金融緩和の枠組みの見直しを本格的に進めていく、と予想される。しかしそれを就任直後に実施するのではなく、一定の時間をかけることになるだろう。

18日の国会答弁で植田総裁は、2%の物価目標の達成について「良い芽は少しずつ出ている」と述べた。この発言に基づけば、しばらくは賃金、物価の動向を見極めたうえで、2%の物価目標の達成を待って、金融緩和の枠組みの見直しを本格的に進めていく心積もりのようにも聞こえる。

2%の物価目標を柔軟化してから本格的な金融緩和の枠組み見直しへ

しかしこれは、日本銀行による早期の金融政策見直しを強くけん制する議員らを意識し、彼らに配慮した発言ではないか。植田総裁は実際には、物価が持続的に2%程度になるという意味での2%の物価目標達成は難しい、と考えているだろう。4月10日の就任記者会見では、「どんな状況でも短期で2%の物価目標を達成できる訳ではない。外的ショックが存在し、また金利がほぼ0%に近く金融緩和の効果が限られる中、その達成は容易でなく、時期を区切って達成を目指すことはしない」として、「2%の物価目標達成は容易ではない」との考えを示した。

他方で、「(2%の物価目標の達成が)難しいということになれば、副作用に配慮しつつ持続的な金融緩和のあり方を探りたい」と説明している。

これらの発言から推察される植田総裁の考えは、「2%の物価目標というかなり意欲的な目標の達成を目指すのであれば、多くの副作用を持つ現在の異例の金融緩和の継続が正当化されるだろう。しかし、その目標の達成は実際には難しい。そこで、それを中長期の目標などに柔軟化すれば、現在の異例の金融緩和の枠組みは正当化されなくなる。金融緩和状態は維持しつつも、副作用を軽減する形で、金融緩和の枠組みを見直していく」といったものではないかと推察される。

そうであれば、まずは2%の物価目標を中長期の目標などに柔軟化することが、金融緩和の枠組みを本格的に見直していく起点となるのではないか。

2つの理由で後ずれする物価目標柔軟化と金融緩和の枠組み見直し

しかし、その時期は後ずれしてきているように見える。数か月前には、植田総裁就任直後にも、2%の物価目標達成に関する方針を含む、政府と日本銀行の2016年の共同声明(アコード)を見直す、と筆者は考えていたが、現状ではそうしたスケジュール感ではない。

後ずれの理由は大きく2つあるのではないか。第1は、自民党保守派が、2%の物価目標の見直し、金融緩和の見直しに強く反対していることだ。それは一種の政治的圧力であるが、日本銀行としてもそれを無視できないのだろう。

また、当初は政府と日本銀行の共同声明の見直しに前向きな姿勢とみられた岸田政権も、現在では、「共同声明は直ちに見直す必要はない」と見解を修正している。それも、政権の各種政策の遂行を睨むと、自民党保守派の意見に配慮せざるを得ないからではないか。

第2は、今年の春闘で、賃上げ率が予想以上に上振れたことだ。ただしそれによって、2%の物価目標達成が視野に入ったとは植田総裁は考えていないだろう。賃上げ率の上振れは、主にコスト上昇による物価高騰を反映させた一時的な側面が強く、一種のインフレ手当である。

しかし、賃金と物価の好循環への期待が世間一般に広がる中、日本銀行が2%の物価目標の達成は難しいとしてそれを見直し、さらに金融緩和の枠組みの見直しを進めれば、「賃金と物価の好循環の芽を摘んでしまう」との批判が国民、あるいは政府・国会から高まる可能性がある。

そこで、しばらくは、物価、賃金の動向を見守る必要が日本銀行に生じているのである。賃金上昇率が予想外に上振れたことで、金融緩和の枠組みの見直しの時期が後ずれするという、皮肉な結果となるのではないか。

25年度の物価見通しで早期の政策修正期待はさらに後退か

政府と日本銀行の共同声明の修正を通じて2%の物価目標を柔軟化していくことには時間がかかるだろう。自民党内保守派がそれに強く反対しているためだ。そこで、共同声明の修正ではなく、日本銀行が単独で2%の物価目標の修正、柔軟化を進める可能性も考えられる。その際に重要となってくるのが、展望レポートでの物価見通しの数字だ。

エネルギー価格は政府の物価高対策の影響でかく乱されていることから、展望レポートで生鮮食品・エネルギーを除く消費者物価の数字に注目すると、今年1月の展望レポートで示された政策委員の予想中央値は、2022年度+2.1%、2023年度+1.8%、2024年度+1.6%と緩やかに低下する見通しとなっている。海外での商品市況の落ち着き、円安による輸入物価押し上げ効果の後退、世界的な物価高騰の一巡などを映したものだ。

他方、足元での賃金上昇率の上振れも踏まえ、先行きの基調的な物価上昇率の見通しを示すのは、2025年度の数字となるだろう。そのため、28日に公表される展望レポートでは、今回初めて示される2025年度の物価見通し(中央値)に非常に注目が集まっている。報道では「1%台後半」、「2%近辺」などの観測が出ている。

実際には、1%台後半の数字と予想しておきたいが、そうなった場合には、金融緩和の枠組みの見直しに関する金融市場の観測は、さらに後ずれするのではないか。

まず、2%に達しないことで、金融緩和の枠組みの見直しが2026年度以降に先送りされるとの見方が浮上するだろう。他方、2025年度の物価見通しで2%の物価目標達成が視野に入ったとして、近い将来に日本銀行が金融緩和の枠組みの見直しを進める、との見方も後退するだろう。

注目は今年10月、来年4月の展望レポート。本格的な政策修正は来年後半以降

実際には、既に述べたように、金融緩和の枠組みの見直しという政策修正が行われる時期は、2%の物価目標が達成された時期で決まるのではなく、高すぎる2%の物価目標を柔軟化する時期で決まる、と考えておきたい。その場合、展望レポートでの物価見通しの修正が重要になってくる。

日本銀行は、2月に前年比+3.1%となった消費者物価(除く生鮮食品)上昇率が、今年度下期には+2%を下回るとの見方を示している。それを確認し、さらに、今年10月の展望レポートで2025年度までの物価見通しを下方修正したうえで、達成が難しい2%の物価目標を柔軟化する、という流れを現時点でのメインシナリオと考えておきたい。

他方、リスクシナリオとしては、来年3月の春闘での賃金上昇率の低下を確認したうえで、来年4月の展望レポートで2025年度までの物価見通しを下方修正し、さらに2%を相応に下回る2026年度の物価見通しを新たに示した後に、2%の物価目標を柔軟化することが考えられる。

内外景気後退、米連邦準備制度理事会(FRB)の利下げ観測の高まりが生じることを前提に考えれば、どちらのシナリオの場合でも、2%の物価目標の柔軟化を踏まえたマイナス金利解除などの本格的な金融緩和の枠組み見直しの時期は、2024年後半以降になると考えられる。

YCCの見直しは今年後半にも

ただし、大量の国債買い入れを強いられるなど問題を抱えるイールドカーブ・コントロール(YCC)の変動幅拡大、変動幅撤廃などは、金融緩和の枠組み見直しの一環という位置づけではなく、昨年12月の変動幅拡大措置に続く柔軟化策の一環として、日本銀行が今年後半に実施することを見込んでおきたい。

政府の財政規律を緩め、国債発行の拡大が経済の潜在力を低下させてしまうなど多くの副作用を踏まえれば、もっと早く金融緩和の枠組み見直しを進めて欲しいところである。それでも、植田総裁の任期を終えた5年後の時点では、マイナス金利政策もYCCも廃止され、政策の枠組みは現在とは一変していることが予想される。

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