フリーワード検索


タグ検索

  • 注目キーワード
    業種
    目的・課題
    専門家
    国・地域

NRI トップ ナレッジ・インサイト コラム コラム一覧 春闘で予想を大幅に上回る賃上げ:日銀マイナス金利政策解除の決定打に

春闘で予想を大幅に上回る賃上げ:日銀マイナス金利政策解除の決定打に

2024/03/18

  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn

日銀マイナス金利政策解除はほぼ確実か

連合は3月15日に、春闘の第1回回答集計値を発表した。定期昇給分を含む賃上げ率の平均値は+5.28%と昨年の第1回回答集計値の平均値+3.80%を大幅に上回った。33年ぶりの+5%超えとなる。事前予想の平均値は+4%程度だった。

また、一人当たりの平均賃上げ率に大きな影響を与える基本給の引き上げ率、いわゆるベースアップは+3.70%と、昨年の第1回回答集計値の平均値+2.33%をやはり大幅に上回った。

この大幅な賃上げ率は、3月18・19日の金融政策決定会合で、日本銀行がマイナス金利政策の解除を判断する決定打になったと考えられる。

現時点で、実質賃金上昇率のトレンドは、-1.5%~-2.0%程度と考えられるが、高い賃上げ率を受けて、これが一気に-0.5%程度まで縮小する可能性がある。筆者は実質賃金が安定的にプラスになるのは2025年後半と今まで予想してきたが、これを2024年後半へと前倒しする。

実体経済への影響は大きくない

賃上げ率は33年ぶりの+5%超えとなるが、賃金上昇率に大きな影響を与える消費者物価上昇率は、昨年時点で既に40年ぶりの水準まで達していたことを踏まえると、予想外に上振れたとはいえ、異例な事態が生じたとまでは言えない。

そして、賃金上昇率の上振れは、個人消費に好影響を与えるとともに、先行きの物価上昇率見通しを上方修正させる要因ではあるものの、それは大幅なものではないだろう。物価上昇率の低傾向が続く中、来年の春闘での賃上げ率は今年の水準をかなり下回ると予想する。

そもそも実質個人消費の基調を決めるのは、実質賃金上昇率のトレンドであり、それは労働生産性上昇率で決まる。そこに変化がないのであれば、実質個人消費のトレンドは変わらない。また、実質個人消費のトレンドは変わらないのであれば、企業の価格引き上げ姿勢のトレンドは変わらず、その結果、賃金上昇率のトレンドも変わらないことになるだろう。

1回の賃上げ率の上振れで、日本経済や物価、名目賃金、実質賃金のトレンドに大きな影響を与えることはないだろう。影響は、比較的短期的なものにとどまると見ておきたい。

労働分配率の正常化プロセスを早める

今回の予想外の賃金上昇率の上振れがもたらすものは、物価高騰のもとで一時的に大きく低下した労働分配率の正常化プロセスを早める、ということだ。

物価上昇率が上振れる局面では、企業は物価上昇ほどには賃金を引き上げないのが通例であり、その結果、実質賃金が低下して個人消費の逆風となる。その後、一時的に上振れた物価上昇率は次第に低下していく一方、賃金は遅れて物価上昇分にキャッチアップしていくため、やがて実質賃金はプラスに転じ、そして労働分配率は物価高騰前の水準へと戻っていく。これが、一時的な物価上昇後に、経済が安定を取り戻していく「正常化プロセス」だ。今回の賃金上昇率の上振れは、そのプロセスを従来よりも早く進めることになるだろう。

しかしこれらは、歪んだ分配が元に戻る正常化に過ぎず、実質所得が拡大し、企業も個人もその恩恵に浴するといった、パイの拡大、経済成長率の高まりとは異なるものだ。

ひとたび正常化のプロセスが一巡すれば、実質賃金は労働生産性上昇率のトレンドに沿ってしか増えていかず、それは+0.5%程度と低水準だろう。そのもとで、物価上昇率も賃金上昇率も再び低水準へと低下していく。広く期待されているような「物価と賃金の好循環」は起きないだろう。

企業に賃上げを促すだけでは問題は解決しない

仮に、今後も政府が企業に無理に賃上げを迫り、物価上昇を大きく上回る賃金上昇に至れば、今度は実質賃金が大きく上昇し、労働分配率が高まる形で、企業収益環境が悪化してしまう。それを受けて企業が設備投資を抑制し、雇用や賃金を抑制するようになれば、個人にも逆風となる。企業に賃上げを促すだけでは、経済は良くならない。

分配に変化がない中では、実質個人消費を大きく左右する実質賃金の上昇率は、労働生産性上昇率と一致する。持続的に実質賃金上昇率を高めるためには、一時的に企業の賃上げを促すのではなく、労働生産性の向上が必要となる。

その結果、実質賃金と実質収益は高まり、労働生産性向上の恩恵を、企業と個人とがともに持続的に享受できるような環境を作ることを目指すべきだ。

労働生産性向上の取り組みを地道に進めることが重要

高い賃上げ率に満足することなく、労働生産性を向上させ、潜在成長率を高める、つまりパイの拡大を目指す地道な取り組みを続けることが重要だ。

企業は引き続き資本効率、収益性の向上に努めることが必要だ。労働者は、リスキリング(学び直し)などを通じて技能を磨き、労働生産性向上に努めることが重要である。

さらに政府には、労働市場改革、少子化対策、外国人労働力の活用、インバウンド需要の拡大、大都市一極集中の是正などの成長戦略を推進することで、労働生産性上昇率や潜在成長率を高める取り組みが求められる。高い賃上げ率に満足することなく、労働生産性を向上させ、潜在成長率を高める、つまりパイの拡大を目指す地道な取り組みを、今こそ企業、個人、政府の3者が足並みを揃え、気を抜くことなく進めていくべきだろう(コラム「春闘での高い賃上げ率に満足せず労働生産性向上の取り組み継続を」、2024年3月14日)。

執筆者情報

  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn

新着コンテンツ