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輸入価格ショックからの正常化過程にある日本経済(短観3月調査予想)

2024/03/27

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経済の低調が続く

日本銀行が4月1日(月)に短観(3月調査)を発表する。日本銀行は3月19日にマイナス金利政策を解除するなど政策の転換に踏み切ったばかりであることから、今回の短観の結果が目先の政策判断に大きな影響を与えることはない。しかし、金融市場は追加利上げの時期を探るなど、今後の金融政策への思惑を巡らせており、短観はそれに影響を与え、金融市場の材料となるだろう。

時事通信による予測機関16社の調査によると、大企業製造業の景況判断DIは、前回12月調査から3ポイント低下と4四半期ぶりの悪化が見込まれている。これは、ダイハツ工業や豊田自動織機での認証不正による自動車の生産・出荷停止の影響によるところが大きい。他方で、インバウンド需要の影響などから、大企業非製造業は、1ポイントの改善が予想されている。特殊要因があったとはいえ、全体としては経済活動の低調さを示すものとなるだろう。

ESPフォーキャスト調査(3月調査)によれば、2024年1-3月期の実質GDPは前期比年率-0.4%とマイナスが予想されている。2023年10-12月期の実質GDP2次速報値は、1次速報値のマイナスから前期比年率+0.4%と小幅プラスに上方修正されたが、2024年1-3月期は再びマイナスとなり、2023年4-6月期以降は、マイナス成長の基調が続いているとみられる。

1-3月期は、実質個人消費、実質設備投資、実質輸出がいずれも前期比でマイナスの予想となっている。物価高、実質賃金低下が個人消費を抑制し、また、輸出の頭打ち傾向が、設備投資に悪影響を及ぼしているのが現状だ。

賃金上昇率の上振れだけで経済・物価見通しが一変する訳ではない

今年の春闘(主要企業)では、賃上げ率は5%を超え、33年ぶりの水準にまで達した。それが個人消費や物価に与える影響は、日本銀行の先行きの金融政策を占う観点からも当面の大きな注目点となる。

この点は、今回の短観では確認できないが、「販売価格判断DI」の動きは、今までの賃金上昇が物価に与える影響を推し量る観点から注目されるだろう。さらに、労働時間の規制に直面する運輸や建設業において、人手不足感がどの程度強まっているかも注目されるだろう。

春闘の賃上げ率が予想以上に上振れたことで、年内にも実質賃金が前年比でプラスになる可能性がある。こうした動きは、足もとで低迷している個人消費に多少なりとも好影響を与え、輸出環境が悪化しない場合には、今年後半の成長率のトレンドが再びプラスに戻ることを助けるだろう。

しかし賃金上昇率の上振れだけで、個人消費が力強さを取り戻すことはなく、その結果、価格転嫁は大きくは進まず、物価上昇率への影響も限られよう。実質賃金は1月まで22か月連続で低下しており、年内に実質賃金上昇率がプラスになるとしても、今まで低下した分を取り戻し、「輸入価格ショック」前の状態を取り戻すまでにはまだ何年かかかるだろう。

賃金上昇率の上振れは、輸入物価の大幅上昇という「輸入価格ショック」からの正常化の一環と位置付けることができるだろうが、そのプロセスは始まったばかりであり、個人消費が完全に安定を取り戻すまでにはまだかなりの時間を要する。

「輸入価格ショック」からの正常化過程にある日本経済

コロナショック、ウクライナ問題を受けて、日本経済は輸入価格の急上昇という「輸入価格ショック」に見舞われた。これは、基本的には日本経済や国民生活にとっては強い逆風である。輸入価格上昇によって引き起こされた国内物価の上昇ほどには企業は賃上げをしてこなかったため、実質賃金は低下し、労働者の所得の取り分の割合を示す「労働分配率」は大きく低下した(図表)。

こうした「輸入価格ショック」による、実質賃金低下、労働分配率低下という消費者への逆風は、物価上昇率が徐々に低下してくる一方、賃金上昇率が遅れて高まり、実質賃金が上昇することで修正されていくのが通例だ。それが、「輸入価格ショック」後の正常化プロセスであり、現在はその途上にある。

今回は、政府や世論の後押しから賃上げが促され、修正プロセスが通常よりも迅速化されている。しかしそれは、正常化のプロセスが迅速になるだけであって、正常化が終了した後の日本経済の姿には大きく影響しないのではないか。

大きく下振れた実質賃金、労働分配率を「輸入価格ショック」以前の水準まで戻した後にもなお大幅な賃上げを続ければ、今後は企業の収益が過度に悪化し、資本分配率が低下(労働分配率が上昇)する逆ショックを生んでしまう。そうなれば、企業は設備投資や雇用、賃金を抑制し、労働者にも打撃が及ぶだろう。

他方、日本銀行が期待するように、賃金上昇率の上振れ分が価格に顕著に転嫁されれば、その分、実質賃金改善の効果が弱められ、個人消費には逆風となる。個人消費の回復には、賃金上昇分の価格への転嫁が大きく進まずに、物価上昇率が着実に低下していくことが実は望ましい。この点から、「物価と賃金の好循環」という状態が起これば、それは経済環境の改善に逆行する面がある。

図表 労働分配率の推移

労働生産性上昇率が鍵を握る

「輸入価格ショック」の正常化が終了した後は、実質賃金上昇率は労働生産性上昇率に見合った水準となる。従って、賃金、物価という名目値が上昇するのではなく、労働生産性上昇率が高まるという実質の経済の変化が生じないと、個人消費の基調が従来よりも高まることはなく、その結果、物価上昇率も従来のトレンドから高まらないのではないか。

そのためには、「輸入価格ショック」によって一時的に物価上昇率、賃金上昇率が上振れたことを、日本経済の変化と捉えて静観するのではなく、企業、家計、政府が生産性向上に地道に取り組むことが、日本経済の成長力強化には欠かせない。

このように考えると、「輸入価格ショック」の正常化のプロセスが速められる形で、賃金上昇率が一時的に上振れても、物価上昇率はこの先も緩やかに低下を続けることが見込まれる。コアCPIの上昇率は、今年年末までには2%を割り込み、来年後半には1%台前半まで低下すると見ておきたい。

そうした物価環境の下では、日本銀行は短期金利の引き上げを急いで進めることはないだろう。今年後半の米連邦準備制度理事会(FRB)の利下げも逆風となることで、追加利上げは年明けまでずれ込み、また、政策金利は0.5%~0.6%程度で当面のピークとなることを、現時点でのメインシナリオと考えておきたい。

他方、リスクシナリオであるが、年内に追加利上げが実施される場合は、想定以上の物価上昇率の上振れ、円安進行が生じることが、その引き金となるだろう。

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