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SXコラム ビジネスと人権

-人権デュー・ディリジェンスの実施方法と直面しがちな難しさ-

2024/04/01

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概要

国内における人権意識の高まりや、企業持続可能性デューディリジェンス指令案(CSDDD)をはじめとした欧米における人権尊重を要請する法制度整備の進展など、企業における人権対応の重要性はますます高まっている。本コラムでは、人権対応の中でも多くの企業が課題を抱える人権デュー・ディリジェンスについて、実施方法と実施する上で直面しがちな難しさを紹介する。

人権対応に関する動向

2011年に国連人権理事会において「ビジネスと人権に関する指導原則(※注1)」が支持され、企業が事業活動を遂行する上で人権尊重の責任を有する旨が明記されて以降、企業における人権対応の重要性は年々高まっている。
日本では昨年、国連ビジネスと人権作業部会のメンバーによる訪日調査と関連する一連の報道により、経営者やサステナビリティ部門の担当者の間では人権に関する意識が一段と高まっている。作業部会のメンバーは2023年7月から8月にかけて来日し、政府や企業、様々なステークホルダーとの対話を実施した上で、政府や企業における人権対応の状況や、特に留意すべき人権リスクなどを取りまとめたミッション終了ステートメントを公表した。ステートメントでは、グローバル企業や先進企業における取組の進展はありつつもいまだ取組が遅れている多くの日本企業の存在や、苦情処理メカニズムにおけるアクセス可能性や透明性の確保、技能実習制度における転籍の制限緩和といった課題に加えて、企業側より公正な競争条件確保を目的として人権デュー・ディリジェンスの法制化の要望が挙がっている旨に言及している。日本における人権デュー・ディリジェンスの義務化については以前より超党派の議員連盟による議論がなされており、今回の言及はその動きをさらに加速させる可能性がある。
欧米では、既にビジネスと人権に関する指導原則に基づく人権対応の法制度整備が進展している。特に現在EUにて検討されている企業持続可能性デューディリジェンス指令案(※注2)(CSDDD)には、人権デュー・ディリジェンスをバリューチェーン上の取引先も対象範囲に含む形で実施することの義務化が盛り込まれている。また、違反した場合の罰則や損害賠償責任についても言及されており、今後の動向が注視されている。昨年12月に、EU理事会と欧州議会が指令案の暫定合意に達し、3月にはEU理事会で修正案が承認されており、今後欧州議会にて正式に採択された後に、EU加盟国にて法制化される見込みである(2024年3月時点)。
国内・EUともに議論の進展度合いの違いはあるが、企業における人権デュー・ディリジェンスの必要性は高まっている。それでは、その実施方法はどのようなものであろうか、また、企業はどのような点に難しさを感じているだろうか。

人権デュー・ディリジェンスの実施方法

人権デュー・ディリジェンスは、一般に図1のような一連のステップを指す。まず、企業活動やサプライチェーン上の取引関係において、人権に対して負の影響を与えるリスクの存在やそのリスクのインパクトがどの程度か調査を行う(① 人権影響評価)。その上で、リスクが存在する場合には適切な措置を講じ(②負の影響の防止・軽減)、措置の効果のモニタリングを実施する(③追跡評価)。これらリスクの調査結果や対応結果について情報を公開する(④情報公開)。こうした一連のプロセスを一度きりではなく継続的に実施し続けることで、人権リスクに対する企業の認識と組織的な対処がなされ、情報公開を通じてステークホルダーに対する透明化が図られることになる。それぞれのステップについても、既にOECDや日本政府のガイダンスにより実務的なレベルのポイントも示されている。

〈図1.人権デュー・ディリジェンスのプロセス全体像〉

出所:ビジネスと人権に関する指導原則より野村総合研究所作成

①人権影響評価

人権デュー・ディリジェンスのファーストステップにして、一丁目一番地とされているのが人権影響評価である。いきなり全ての人権リスクに漏れなく対処することは難しいため、人権影響評価により、優先的に対応すべき箇所を見極めることが重要となる。そのために、自社のバリューチェーンを整理し、バリューチェーン上のステークホルダーを把握した上で、「セクター」「製品・サービス」「地域」の観点で、各種ガイドラインやレポート等の外部情報も活用しつつリスクの洗い出しを実施し、そのリスクを「深刻度」と「発生可能性」に基づいて優先対応度を評価することが一般的である。リスクをより詳細に把握するためには、各ステークホルダーもしくは各ステークホルダーに相対する社内の担当者(ステークホルダーが取引先であれば調達部門や営業部門など)にアンケートやヒアリングを実施し、各ステークホルダーの人権リスク状況について直接的もしくは間接的に把握することが非常に有効である。

②負の影響の防止・軽減

人権影響評価により明らかになった優先的に対応すべき人権リスクについて、負の影響を未然に防止もしくは軽減するための適切な措置を講じることが必要である。
リスクの種類によって措置は異なるが、責任の所在の明確化、管理体制の構築、マニュアルや規程の更新、工程の見直し、研修や啓発活動等の教育、といったことが一般的な措置として考え得る。なお、取引先における人権リスクが深刻であった場合に、取引先への対応として、取引停止という選択肢は存在するものの、この措置は原則、最後の手段として検討されるべきものとされる。経済産業省の「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン(2022/9)」においても、取引停止に関しては「自社と人権への負の影響との関連性を解消するものの、負の影響それ自体を解消するものではなく、むしろ、負の影響への注視の目が行き届きにくくなったり、取引停止に伴い相手企業の経営状況が悪化して従業員の雇用が失われる可能性があったりするなど、人権への負の影響がさらに深刻になる可能性もある」とされている。自社の選択によってさらにステークホルダーに負の影響が生じる可能性も十分に考慮しつつ、取引関係を通じて影響力を行使して改善を促すか、取引を停止するかの判断が求められる。

③追跡調査、④情報公開

実施した措置については、その措置の有効性を質的・量的指標を用いてモニタリングすることが重要である。人権影響評価の際に活用したアンケート、ヒアリングを継続的に実施すれば、各設問に対するステークホルダーの回答を指標化し、モニタリングに活用することも可能である。
また、人権影響評価で特定されたリスクや、そのリスクに対して実施した措置、およびそのモニタリングなどの一連の取組については、負の影響を受けるステークホルダーに対して対応を周知するために適切に情報公開を実施することが求められる。サステナビリティレポートや統合報告書、HPにて他のサステナビリティ関連の情報と同様に公開することが一般的だが、自社の事業や状況によっては、人権対応に特化したレポートを作成することも有益である。

人権デュー・ディリジェンス実施時に直面しがちな難しさ

いざ、人権デュー・ディリジェンスの取組を開始しても、様々な障壁が立ちはだかる。野村総合研究所では、日頃から大企業の人権担当の方と情報交換する機会も多い。ここでは担当者の皆さまが実務上、直面する“難しさ”について紹介するとともに、その対処にあたって留意すべき点についても簡単に述べる。

・自社事業において考えるべき人権が何か、への理解が進んでおらず協力を得にくい

どの企業においても人権リスクは存在するということは、広く知られるようになってきているが、各社の事業において考えるべき人権が何かということを理解できている企業や担当者はまだ多くはない。人権影響評価にてアンケートやヒアリングを実施する際や、負の影響を防止・軽減するための措置を実施する際には、関係部門や取引先の協力を得る必要があるが、その際に先述の認識から人権について何をすべきか分からず、また、何か面倒に巻き込まれるという不安を持たれてしまい、協力を取り付けるまでに時間を要することも多い。
対処法として、人権問題には強制労働、ハラスメント、労働環境など様々なテーマがあり、また、自社社員以外の人権も考慮する必要があるということを理解いただくことが必要である。また、人権デュー・ディリジェンスは問題を摘発して罰する監査のような位置づけのものではなく、より良い環境づくりに向けた活動である旨を説明し、同じ方向に協力して取り組んでいける関係づくりを意識することが重要である。

・見切り発車してしまったが故に取組が円滑に進まない

外部ステークホルダーの要請などを受けて人権対応を急ぐあまり、社内体制を確立しないままに取組を開始してしまい、人権方針は策定したものの、人的リソースを要する人権デュー・ディリジェンスを実施する際に本社間で責任の押し付け合いが生じ、着手や各プロセスの実施に時間を要するケースが見られる。
人権デュー・ディリジェンスは、自社の従業員だけでなくサプライチェーンも含めた社内外のあらゆるステークホルダーを対象とするため、人事部門やサステナ部門、調達部門など、既存の組織のみでは旗振り役を決めづらいことがある。既存の組織体制のまま進めるか、人権対応を担う社内横断組織などを新たに組成するかは企業の状況に応じて判断する必要があるが、少なくとも責任の所在は明確化した上で取り組むことが重要である。

・人権リスクを浅く広く捉えることはできたものの実態把握に至らない

人権影響評価では、各種ガイドラインやレポート等の外部情報も活用しつつリスクの洗い出しを実施すると述べたが、人的リソースの不足や時間の制約により、ステークホルダーとの対話実施まで至らず、人権リスクを浅く広く抽出することはできたもののあくまで「一般的」なリスク止まりとなってしまい、自社における人権リスクの実態を把握できていないケースが生じ得る。
人権影響評価においては、外部情報を活用するデスクトップ調査はもちろん重要だが、実際に負の影響を受ける可能性があるステークホルダーとの対話を通じてリスクの実態を把握することが重要とされているため、少なくともステークホルダーに相対する社内部門の関係者やNGO・NPO団体へのヒアリング、可能であればステークホルダーへのヒアリングを数年に1回は実施し、個別リスクの実態を捉えたい。ステークホルダーへのヒアリングについては、既に実施タイミングが確立されている内部監査と併せて実施することで、定期的に様々なステークホルダーの実態を把握することができる。

人権デュー・ディリジェンスは日本国内でも実施する企業が急速に増え、国内全体でその実践知が溜まりつつある。今回ご紹介した“難しさ”は、人権デュー・ディリジェンスに取り組み始めた企業が直面しがちな課題であるとも言える。こうした難しさを予見し、予め対処策を講じつつ円滑に人権デュー・ディリジェンスを進めていくことは、担当部署や関連する部署、ステークホルダーにとっても望ましいものだろう。

本コラムに掲載した以外にも関連データを多数ご用意しています。ご関心のある方はぜひ資料ダウンロードしてご参照ください。

執筆者情報

  • 西内 彩乃

    サステナビリティ事業コンサルティング部

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