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SDV(Software Defined Vehicle)の発展のカギ

-NRI 自動車業界レポート 2023-

2024/07/26

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執筆者プロフィール

システムコンサルティング事業本部
豊田 健一:

2022年に野村総合研究所に入社。データベースエンジニアを経て、自動車業界、特に海外における開発を中心としたコンサルティング業務に従事。

はじめに

野村総合研究所 システムコンサルティング事業本部の豊田です。
前回のブログ1では、クルマのソフトウェア化により新しい事業機会が生まれるというのが自動車業界の共通認識である一方、SDV(Software Defined Vehicle)普及のカギとなる機能やサービスはいまだ不透明であると述べました。
今回は、SDVの発展の方向性と、発展のためのカギとなる要素についてレポートします。

「NRI自動車業界レポート2023」ダウンロードはこちら

SDVの発展の方向性

今後、クルマには、これまで重視されてきた価値に加えて、新しい価値が求められるようになると考えられます。

図1:クルマに求められる価値

従来、クルマではエンジンの出力や装備といった走行性能・機能、車両価格、燃費・電費といった購入時・利用時の経済性、衝突回避などの安心・安全、そして走りの爽快さや室内の広さといった快適性が価値として重視されてきました(図1左側)。

しかし、CASE(Connected:コネクティッド、Autonomous:自動化、Shared & Services:共有化とサービス化、Electric:電動化)というキーワードで示される領域において技術革新が進むに伴い、今後は運転の負担の少なさや電動化に代表されるような環境負荷の低さ、そして伝統的なクルマの枠にとらわれない新たな体験の提供といった価値も求められるようになると考えられます(図1の中央参照)。

これらの新しい価値の実現には、AI、クラウドコンピューティング、OTA(Over the Air:無線通信によるソフトウェアアップデート)などのソフトウェア技術が大きな役割を果たしています。クルマは、ハードウェアによって価値が決まっていた従来のものから、ソフトウェアにより価値が決まるSDVへと進化しつつあります。

SDVはソフトウェアによってハードウェアを緻密に制御できるため、さまざまな機能を追加することができます。さらに、ソフトウェアアップデートによって継続的な機能の追加・改善が可能になるため、消費者のニーズの変化にスピーディに対応できるようになります。

SDVが実現する未来のユースケース

SDVがもたらす新しい価値のうち、「運転の負担の少なさ」については自動運転/運転支援機能の高度化により、「環境負荷の低さ」についてはソフトウェアによるハードウェアの細かな制御による燃費向上などにより実現されるでしょう。これらはイメージしやすいと思いますので、ここでは「新たな体験」がどのようなもので、どのように提供されるのかについて、私たちの考える具体的なユースケースを紹介します。

(1)クルマの利用形態の拡張

これまでクルマは主に移動を目的として利用されてきましたが、リモートワークの普及やタイムパフォーマンスの重視などを背景に、クルマは高速な通信環境や演算装置、ディスプレイ、カメラ、空調などを備えたパーソナル空間になると考えられます。これにより、クルマは自宅の居室やオフィスを拡張した「移動しながら別のこともできる」空間として利用されるのではないでしょうか。

図2:車内での学習

例えば、クルマは、学習のための空間として利用することも可能です。図2に示すように、高速な通信環境を通じて常に最新の授業コンテンツを入手でき、車内カメラの画像によって受講者の集中度合いをチェックできる可能性もあります。顔画像の判定や感情認識の技術が高精度し、学習コンテンツや音響、空調も受講者がより集中できるようにチューニングされます。また、OTAによってこれらの機能が継続的にアップデートされ、受講者が効果的に学習するための改善が行われます。

(2)車内体験の高度化

従来のクルマにおいても、車内のスピーカーなどのAV機器による音楽再生は、ユーザに快適性や娯楽性を提供していました。しかし、SDVでは高速な通信環境や演算装置を組み込むことで、リッチなコンテンツを扱えるようになります。音響面では、ソフトウェア制御による立体音響やノイズキャンセリングなどが可能となり、視聴覚に訴える高度な車内体験を提供すると考えられます。

図3:車内でのゲームプレイ

図3は車内にてビデオゲームをプレイする様子を示しています。車内ディスプレイは、大画面化、高解像度化が進み、プロジェクターやウィンドウディスプレイ、ホログラフィーなどの利用も考えられます。音響面でも複数スピーカーのソフトウェア制御による立体音響により、臨場感あふれるプレイ体験が可能になるでしょう。筆者が音響系に強い海外大手車載機メーカーのマネージャーと会話したところ、近年では安価なスピーカーでもソフトウェア技術により非常にリッチなサウンドが体験できることが強調されていました。さらに、スピーカーやディスプレイの単価が下がり、1台のクルマに複数台を搭載することが一般的になると述べていました。

(3)運転体験の高度化

SDVによりソフトウェアを通じてハードウェアを緻密に制御できるようになることで、運転の操作性をユーザの好みに合わせてカスタマイズできるようになると期待されます。

図4:クルマの操作性のカスタマイズ

従来、アクセル、ブレーキ、ステアリングの操作性はクルマの各パーツにより規定されていましたが(図4左側)、今後はバイワイヤ化(機械的機構で力を伝えるのではなく、電気的な経路で制御を伝達)とソフトウェア制御により、個人の好みに合わせたカスタマイズが可能となるでしょう。

例えば、操作性の設定をテンプレート化し、自動車メーカーが著名なレーサーとコラボレーションして「〇〇氏推奨の設定」として配布することで、その操作性を体験したい個人が自分のクルマに適用するような未来が来るかもしれません。

SDV発展のカギ

ここまで、私たちが考えるSDVの発展の方向性について、いくつかの将来仮説を示してきましたが、このようなSDVの発展を実現するためのカギとなる要素は一体何でしょうか。例えば、伝統的な枠にとらわれないクルマの新たな使い方のアイデアは、どのように生み出せばよいのでしょうか。また、アイデアがあったとして、その検証や実装は、クルマの価値がハードウェアからソフトウェアにシフトする時代において、これまで通りのやり方でよいのでしょうか。実装後も、SDVの大きな特徴であるOTAを通した継続的な改善を行うために、何に留意すべきなのでしょうか。

クルマ作りにおいて欠かせない「企画検討」、「開発・検証」、「製品改善」というプロセスを踏まえると、私たちは以下3つの要素がSDV発展のカギになると考えています。

(1)ユーザニーズを発掘・検証する仲間づくり(企画検討)

SDVでは環境の変化や技術の進化に応じた、新たな体験・新しい価値の提供が必要です。そのためには、クルマの新しい利用方法を考案し、提案していくことが避けて通れません。ユーザ起点で、生活シーンの中でのどのようにクルマが使われるかを考えることが重要です。このような検討においては、自動車メーカーの知見や経験だけでは発想が限られてしまうでしょう。

図5:ユーザニーズを発掘・検証する仲間づくり

例えば、前述のようにクルマを学習環境に使う場合、学習塾の関係者など、子供の学習についてノウハウを持つ人の関与が必要となるでしょう。つまり、SDVで提供するサービスを考える上では、自動車業界と異業種との連携が非常に重要になると考えています。

さらに、さまざまなサービスを実現するには、クルマに搭載されているハードウェアの機能を連携させて活用することが求められます。その際にはセンサーや音響、照明装置などに関する技術的な知見を持つ方々との連携も欠かせません(図5右側)。

(2)クルマが持つ情報のオープン化と検証環境の充実(開発・検証)

自動車業界と異業種とが手を取り合って実際に活動するためには、クルマが提供できる機能の詳細情報や、実際にソフトウェアを実装して試す環境を整えることで、連携のハードルを下げることがポイントです。「クルマが持つ情報のオープン化」と「検証環境の充実」により、新たなユースケースやサービスアイデアに対して迅速なプロトタイピングと実装が促され、イノベーションのサイクルが加速されることでしょう。

図6:クルマが持つ情報のオープン化と検証環境の充実

多くの仲間と協働していくためには、クルマに関する必要情報をできるだけ多くのステークホルダーに情報開示することが求められます。もちろん、知的財産やセキュリティの観点からも、自社製品の内部仕様に関わる情報を公開することには抵抗があると考えられ、また情報公開後も、そのメンテナンスにはコストが必要と考えられます。

また、アイデアを形にする、つまりソフトウェアとして実装するため、API解放やSDK提供、連結テスト環境の用意、最終的には実際のハードウェアを通した動作確認を行える環境の提供が必要です。新規アイデアを実装することとなるため、現実には、商品化までたどり着かないアイデアも多く出るでしょう。それゆえに、開発のサイクルを高速化できる仕組みが、差別化要素となるのではないでしょうか。

この観点における具体的な取り組みとして、私たちが注目しているもののひとつに、ソニー・ホンダモビリティ社による「AFEELA共創プログラム(仮称)」2があります。これは、「社外のクリエイターやデベロッパーが、自由にAFEELAの上で動作するアプリケーションやサービスを開発できる環境を提供し、クリエイティビティを表現・共創できる場をデジタル上で用意する」という試みです。

また、クルマに関する情報の公開や検証環境の整備を考える上で、自動車の標準化団体の動向にも注視が必要です。2024年1月には、自動車業界における4つの主要な標準化団体「COVESA」、「AUTOSAR」、「Eclipse」、「SOAFEE」が連携し、「SDV Alliance」という団体を新たに立ち上げるという発表がありました。クルマを制御するためのデータの標準化や、オープンソースでのソフトウェアの実装や検証のための環境をAmazon AWS等を駆使して整備するという構想が示されており3、SDVの発展を促す取り組みとして目が離せません。

(3)データを活用したサービス改善(製品改善)

「(2)クルマが持つ情報のオープン化と検証環境の充実」とも関係しますが、SDVの大きな特徴のひとつである継続的な機能改善のためには、ユーザから取得したデータを蓄積し、PDCAサイクルを回せる環境を整えることも重要です。

図7:データを活用したサービス改善

ただし、分析に活用するデータの整備には、必要な情報が本当に取れているかどうか、また、分析に適した前処理加工が可能かなど、利用のフィージビリティを慎重に確認する必要があります。

さらに、プライバシーガバナンスの点で条件を満たしていることが不可欠です。ユーザから利用の許諾を得て、適切な管理ルールのもとでデータを利用できなければ、たとえ分析可能なデータが入手できていたとしても、それはフィージビリティが備わっていないことと同義になってしまいます。

SDV化に伴い、取得されるデータも増え、ユーザの利用許諾条件も複雑化するなど、データ管理は想像以上に複雑になると考えています。裏を返せば、そのような状況下でも、パートナ企業を含めて適切にデータを活用できることが、自動車メーカーにとっての競争優位性につながると考えています。

早く着手し、段階的に進めることが肝要

オープン化の範囲に応じて、仲間づくり、環境準備、データマネジメントそれぞれに係る労力も増えていくため、段階的に範囲を拡大してゆくことが現実的です。ブレーキやアクセルなど安全性に直結する領域ではなく、IVI(インフォテイメント)や室内環境など運転制御に直接関係しないが、外部の知見を取り込みたい領域からオープン化に着手するのが良いのではないでしょうか。

前述の「AFEELA共創プログラム(仮称)」においても、メディアバー、パノラミックスクリーン、eモーターサウンドなどの作成/開発予定アイテムが挙げられており、安全性への影響が少ない領域からチャレンジされていることが見て取れます。

まとめ

今回は、SDVの発展の方向性を、将来のユースケースの例を交えてお伝えしました。また、SDV発展のカギとして、「ユーザニーズを発掘・検証する仲間づくり」、「クルマが持つ情報のオープン化と検証環境の充実」、「データを活用したサービス改善」を挙げました。

なお、SDVの制御のうち車両の制動に関わる部分については、まずはハードウェアを担っているサプライヤーと自動車メーカーを中心に議論が進み、オープン化は容易ではないことが予想されます。また、オープン化に際しては車載OSを含めたソフトウェア基盤の標準化が重要なポイントとなりますが、現時点では自動車メーカー各社の戦略が固まっているとは言い難く、検証環境を充実させる中で議論が進んでゆくものと考えています。これらの観点における業界動向や課題等については、また改めてブログでも取り上げていきたいと考えています。
弊社では、自動車業界におけるサービス/システム企画構想支援、開発支援等を行っています。自動車業界の変革に対する打ち手の検討や、取り組みの推進についてお困りのことがございましたら、お気軽にご相談ください。

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執筆者情報

  • 豊田 健一

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