フリーワード検索


タグ検索

  • 注目キーワード
    業種
    目的・課題
    専門家
    国・地域

NRI トップ ナレッジ・インサイト レポート レポート一覧 〈アクティビティ・レポート〉市民の安全安心なくらしをフェーズフリーに支援するデジタルサービスの提供

〈アクティビティ・レポート〉市民の安全安心なくらしをフェーズフリーに支援するデジタルサービスの提供

―鶴岡市における防災情報共有プラットフォームの構築―

2024年1月

  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn

令和6年能登半島地震で被害を受けられたみなさまに心よりお見舞い申し上げます。

はじめに

台風や豪雨などの気象災害は、数日前から直前までの気象予警報が出されるため、適切な行動によって被災を回避することが可能と考えられる。それにも関わらず、各地で逃げ遅れによる被災が繰り返されている。
本稿では、被災地住民に対するアンケート調査結果から、逃げ遅れによる被災が生じる原因は、市民一人ひとりの状況に応じて、被災可能性を我が事として実感できるような情報が、適時・的確に伝達されていないことにあると考察する。その上で、課題解決に向けた取り組みとして、官民学連携による「災害情報共有プラットフォーム」構築の必要性について提言する。
鶴岡市では、現在、その実現に向けたしくみづくりや市民参加型の実証実験を実施しており、有効性を検証している。ここでは、その取組内容を紹介するとともに、今後の課題や展望を紹介する。

1.台風・豪雨災害時の逃げ遅れ被害はなぜ繰り返されるのか

(1)気候変動による災害激甚化が進展

2023年の夏は全国的に猛暑が続き、特に7月下旬以降は38度以上の危険な暑さが相次いで観測され、11月に入っても、各地で25度以上の夏日が観測された。近年、台風の巨大化や短時間豪雨などによる気象災害の激甚化が進行するなど、気候変動による影響が顕在化しており、その傾向は、今後さらに顕著になると予想されている1

(2)豪雨災害時の情報伝達と避難行動における課題

豪雨災害時における逃げ遅れによる被害が繰り返し発生している。被害を小さくするためには、適時・的確な避難が重要となるが、その実現に必要な情報提供に課題があると考えられる。
野村総合研究所(以下「NRI」)は、逃げ遅れによる被害が繰り返し発生する原因を分析するため、2019年の台風19号における被災地域2の居住者を対象とした「水害への備えと対応に関するアンケート」を実施した。その結果、浸水想定区域の低層階に居住する人など、本来は避難すべきだった人の7割強が、警戒レベル4などの避難指示情報の発令を知りながら、避難しなかったことがわかった(図表1)。

図表 1 2019年10月の台風19号発生時の避難行動 -被災地域市民に対するアンケート調査結果より

(出所)NRIメディアフォーラム第292回 「豪雨災害時における適切な避難誘導と市民の意識啓発に向けた課題と対策」
https://www.nri.com/jp/knowledge/report/lst/2020/cc/mediaforum/forum292

避難しなかった理由は、「自宅にとどまった方が安全だと判断した」(9割強)、「浸水する地域だと考えていなかった」(5割強)と回答する人が多く(図表2)、自宅の浸水リスクについて十分な理解が進んでいなかったことがわかる。また、「避難先の環境が心配だった」(約7割)、「避難所の場所やルートを知らなかった」(約6割)と回答する人も多く(図表2)、避難先の環境やルートへの不安も逃げ遅れの原因になっていることがわかる。

図表 2 避難が必要であるにも関わらず避難しなかった理由

2019年(令和元年)10月の台風19号発生時に避難が必要であるにも関わらず避難しなかった人の判断理由
(出所)NRIメディアフォーラム第292回 「豪雨災害時における適切な避難誘導と市民の意識啓発に向けた課題と対策」
https://www.nri.com/jp/knowledge/report/lst/2020/cc/mediaforum/forum292

2.災害時にパーソナル・リアリティ・タイムリーな情報が受け取れる社会へ ―災害情報共有プラットフォーム構築―

台風・豪雨災害時の人的被害を軽減するためには、気象予警報等を把握し、分析した上で、適時・的確に伝達することによって、住民や滞在者の適切な避難行動を促す必要がある。その実現には、「災害情報共有プラットフォーム(以下「災害情報共有PF」」の構築が有効と考えられる(図表3)。この「災害情報共有PF」では、官民の様々な主体が保有する多種多様な災害情報を、最新のセンシング技術によって自動的に収集することを目指す。それにより、自治体による市民への避難指示判断が適時・的確に行えるようになる。また、市民は、自分自身の状況に応じた「パーソナル」なリスク情報を必要なタイミングで「タイムリー」に受け取ることが可能となる。被災リスクの現実性をわかりやすく伝える方法としては、VR等を活用した「リアリティ」のある浸水イメージなどの工夫も考えられる。

図表 3 災害情報共有プラットフォームのイメージ

(NRI作成)

3.鶴岡市における災害情報共有プラットフォーム構築の取り組み

(1)鶴岡市で目指すデジタルワンストップサービスの実現

鶴岡市は、官民が保有する様々な情報やサービスを一元的に市民に提供する「デジタルワンストップサービス」(図表4)の提供を2021年11月から開始している。

図表 4 鶴岡市で進めるデジタルワンストップサービスのイメージ

鶴岡市における「デジタルワンストップサービス」のイメージ
(出所)「鶴岡SDGs未来都市デジタル化戦略有識者会議」2第2回資料

(2)鶴岡市における「災害情報共有PF」構築の取り組み

市は、「デジタルワンストップサービス」のメニューの一つに「災害情報共有PF」(図表5)を位置付け、災害情報の収集・共有化や避難情報などの市民への伝達ができる体制整備を進めている。このシステムは、「災害前」における市民等の災害対応力の強化や、「災害発生時」における適時・的確な避難行動の促進から、「災害発生後」の避難生活のサポートや支援金の提供まで、幅広くフェーズフリーな支援3の実現を目指すものである。

図表 5 鶴岡市「災害情報共有PF」の全体像

(NRI作成)

① 災害前の事前準備

市は、市民の防災意識を高め、いつ災害が発生しても適切なタイミングで避難できる準備ができていることを目標に、自宅や周辺地域の災害危険性や避難場所とルートの確認、警戒レベルに応じた市民自らの避難行動計画の策定を支援する「デジタルマイタイムライン」の開発とそれを利用した避難訓練の実証に取り組んでいる。

② 災害直前直後の情報の一元化と可視化

避難指示判断が遅れる原因としては、水位観測施設(水位計等)が不足していること、様々な観測情報を分析・評価するための手順や方法が整理されていないことなどが考えられる。
市販の水位計は高価で、観測網整備のボトルネックとなっている。そのため、市は、「鶴岡高専人材育成事業」を利用した低価格な簡易水位計の開発と実用化に向けた実証実験を実施している。
また、市の防災担当者による円滑で的確な避難指示の発令判断が行えるよう、官民学の様々な主体が提供する観測情報を一元化した上で、分析・評価が容易に行えるような画面構成やダッシュボードを利用した可視化が工夫されたしくみづくりを進めている。

③ 災害直前直後の情報伝達

市は、避難指示を市民一人ひとりに直接伝達する手段として、防災行政無線、緊急速報メール、デジタルワンストップによる通知、広報車などを利用している。しかし、防災行政無線は、スピーカーや受信端末が設置されている地域が中山間地域等に限定されており、市域全体をカバーしていない。また、暴風雨時には街頭スピーカーのアナウンスが聞き取りにくいなどの課題もある。広報車による伝達も、台数が限定されており、十分とは言えない。緊急速報メールやデジタルワンストップによる通知は、スマートフォン所有者に直接伝達する有効な手段であるが、スマートフォンの扱いに不慣れな人や所有していない人への伝達が課題となる。
そのため、「誰一人取り残されない社会」を実現する観点から、スマートスピーカーを活用して、スマートフォンなどの扱いに不慣れな人でも情報が受け取れるしくみを検討している。

④ 発災後の被災者支援

国・山形県・鶴岡市が実施する各種の被災者支援情報の提供、支援制度への申請・交付、支援金の支給などに要する手続きのデジタル化についても検討している。特に罹災証明書の申請・交付、支援金の支給は、迅速な生活復興の実現に向けて重要な手続きとなるため、申請から交付まで一貫したデジタル化の実現に向けた取り組みを重点的に進めている。将来的には、必要な情報や支援策がプッシュ型で情報提供されたり、手続きしなくても被災者支援金がマイナポータルと紐づけされた口座に直接支給されたりするようなしくみの実現を目指している。

(3)「災害情報共有PF」構築に向けた実証実験の推進

(2)で説明した「災害情報共有PF」構築における3つのテーマのうち、先行的に進めている取り組みを紹介する。

① デジタルマイライムラインの導入実証備

【デジタルマイタイムラインとは】
台風や大雨等の水害リスクが高まった際に、市民が適時・的確な避難行動をとれるように、事前に自分自身や同居する家族に必要な避難準備や避難を開始するタイミングを整理して作成する行動計画を「マイタイムライン」という。
鶴岡市は、市の公式LINEのメニューの一つとして、市民が自ら「マイタイムライン」を作成して、デジタルデータとして保管するしくみを作っており、これを「デジタルマイタイムライン」(図表6)と呼んでいる。

図表 6 デジタルマイタイムラインの画面

(出所)鶴岡市デジタルマイタイムラインより

【実証実験による検証と改善】
市は、市内の自治会の協力を得て、2023年9月にデジタルマイタイムラインを活用した避難訓練の実証実験を行った。実証実験前は参加者11名全員がマイタイムラインを知らないと回答していたが、実際に自らマイタイムラインを作成することによって、10名が「避難の準備や行動がイメージできた」、9名が「これからの行動が変わりそう」と回答しており、避難準備やマイタイムラインについての周知、啓発につながった。
一方で、「避難場所の検索が難しかった」、「操作の説明を丁寧にしてほしい」などといった意見もあり、今後予定しているその他の地域における実証実験の検証結果も踏まえ、今後、さらなる機能改善につなげていく予定である。

② 災害情報共有ポータルサイト「IDRIS」の開発

【取組経緯】
災害時の適時・的確な情報伝達のためには、まず自治体による避難指示等の発令判断をスムーズに実施する必要がある。避難指示等の発令においては、様々な情報を収集した上での総合的な判断が求められるが、情報を個別に収集していると迅速な判断が難しく、有事において災害情報を扱う担当者が不在の場合や人事異動等に伴う引継ぎ時に混乱が生じる可能性がある。そこで、災害直前直後の情報の一元化・可視化が可能な「災害情報共有ポータルサイト」の構築に着手した。

【官民学連携による開発推進】
「災害情報共有ポータルサイト」は、鶴岡市が、国立研究開発法人土木研究所水災害・リスクマネジメント国際センター、鶴岡高等工業専門学校(以下「鶴岡高専」)、及びNRIと連携して、市の特徴に応じた開発を進めており、その方向性としては、次の3つを想定している。
1つ目は、災害関連情報の一覧性を高めるためのWEB画面作成で、実際にポータルサイトを使用する市の防災担当職員と鶴岡高専が直接議論し、より使い勝手の良いサイトになるように改善する(図表7)。
2つ目は、災害時の現場情報の収集・地図上への表示、アーカイブ化に向けた機能開発で、各地点からスマートフォン等で登録された情報を、市の防災担当者が迅速に把握した上で、必要に応じて過去の災害時の状況と比較しながら、被災状況の把握や対応判断に利用できるようにする。
3つ目は、各種都市情報やハザードマップ等の情報を、WEBの地図上で重ね合わせて表示するしくみで、災害による影響分析や対応行動の方針検討などに利用できるようにする。

図表 7 現状の災害情報共有ポータルサイト画面案(TOP画面)

(出所)鶴岡高専人材育成事業

③ 高齢者向け情報伝達サービスの導入実証

【平時と災害時に同じしくみを利用した情報連携サービスの実現】
適時・的確な避難の実現に向けた高齢者等への効果的な情報伝達の方法が大きな課題となっている。自力歩行が困難であるなど避難の際に支援を必要とするケースもあるため、本人に情報を伝達するだけでは不十分であり、支援の要否などを高齢者側から伝えてもらうとともに、支援者側にも要支援者の情報を伝達することも必要となる。
現状の災害情報の伝達手段はスマートフォンが中心であるが、高齢者の中にはスマートフォンを使用していない人も多い。そのような人にも的確に情報伝達ができ、かつ返答も可能なスマートフォン以外のしくみが必要となる。ただし、災害時のみに利用されるしくみでは、いざという場合に使い方がわからず機能しない場合もあるため、普段から使い慣れたしくみを災害時にも利用できることが望ましい。
以上の観点から、平時の見守りサービスと同じしくみを利用して災害時の情報伝達を行う工夫をしている(図表8)。

図表 8 平時と災害時に同じしくみを活用した情報伝達のイメージ

(NRI作成)

【平時の見守りと災害時の情報伝達の有効性を実証】
市は、スマートスピーカーを活用した見守りサービスを実施している民間企業と連携し、災害情報伝達・確認サービスの導入実証を行った。実証では、自治会の協力を得て、参加者の自宅に1カ月間スマートスピーカーを設置して、平時の見守りに関わる情報の提供と受け答えや、災害時を想定した避難指示情報等の伝達と受け答えを確認するなど、スマートスピーカー活用の有効性を検証した上で、今後のしくみ改善に向けた課題抽出を行った。
防災情報の発信・回答状況の確認は、市の防災担当職員が管理画面を操作して行った。管理画面上では、入力した文字情報を音声としてスマートスピーカーから伝達することができ、その回答結果が一覧できるようになっている。

【「誰一人取り残されない」災害に強いまちづくりに向けて】
実証実験の参加者へのアンケートとヒアリングによって、スマートスピーカーを用いて音声で災害情報が得られることについての有効性が確認された一方で、災害情報の伝え方などに対する課題も抽出された。これらについては、スマートスピーカーを日常的に使用する際の課題と防災活用における課題の2つに分けて整理した(図表9)。パーソナル・リアリティ・タイムリーな情報伝達が求められることに加え、機器の使用については「シンプル」であることや、情報については「パブリック(公的)」であることの必要性も把握された。

図表 9 災害情報伝達におけるスマートスピーカー活用の課題

(NRI作成)

今後の展望について

以上紹介した取り組みは、いずれも実証実験による有効性を検証する段階である。今後は、検証により明らかになった課題解決に向けたしくみの改善を図るとともに、段階的な機能拡充に向けたロードマップを策定して、実装に向けた関係機関との意見調整や運用体制の整備を進めていく。
これらの取り組みに加えて、市民の安全安心なくらしをフェーズフリーにサポートするデジタルサービスの提供を目指す観点から、図表5の「④発災後の被災者支援」で示すマイナンバーカードを利用した罹災証明の電子申請や証明書の発行、円滑で迅速な支援金給付の実現に向けた取り組みを進めていく。

以上

  • 1 

    例えば、「地球温暖化予測情報第9巻」(気象庁)など

  • 2 

    2019年10月12日の台風19号における千葉・東京・神奈川の警戒レベル4発令対象地域

  • 3 

    フェーズフリーな支援:平時はもちろん、災害発生等の非常時や事後においても切れ目なく情報やサービスを提供すること。

執筆者情報

  • 浅野 憲周

    未来創発センター リージョナルDX研究室

    エキスパートコンサルタント

  • 西崎 遼

    システムコンサルティング事業本部 社会ITコンサルティング部

    シニアコンサルタント

  • 橘 和香子

    コンサルティング事業本部 社会システムコンサルティング部

    シニアコンサルタント

  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn

お問い合わせ

レポートに関するお問い合わせ


株式会社野村総合研究所 コーポレートコミュニケーション部
TEL:03-5877-7100
E-mail:kouhou@nri.co.jp