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企業の景況感は前回調査からほぼ横ばいか

日本銀行は7月1日に短観6月調査を公表する。経済環境に大きな変化がないことを裏付ける調査結果となることが予想される。

民間18社の予測(QUICK調べ)によると、大企業製造業の景況判断DIは+12と、前回3月の+11とほぼ同水準が見込まれている。物価高懸念による個人消費の低迷と、2024年6月に新たに発覚した自動車の認証不正問題、それ受けた一部車種での生産停止が企業景況感を下押ししたとみられる。他方、円安による輸出企業の利益押し上げなどはプラスの要因となる。

自動車の認証不正問題によって名目GDPは983.7億円減少し、関連業種を含めて生産額は2,440億円減少すると見込まれる(コラム「 自動車メーカー認証不正問題の経済への影響 」、2024年6月4日)。

大企業非製造業については、+34とこれも前回3月調査の+33とほぼ同水準が見込まれる。インバウンド需要は、飲食、宿泊などサービス業の景況感に追い風となっているが、その増加ペースは鈍っている。

物価高騰の逆風で個人消費は異例の弱さ

6月10日に発表された1-3月期GDP統計(二次速報)で、実質GDPは前期比-0.5%(年率換算で-1.8%)と2四半期ぶりにマイナスとなった。そして実質個人消費は前期比-0.7%と、4四半期連続でのマイナスとなった。実質個人消費が4四半期連続でマイナスとなったのは2009年1-3月期以来のことであり、かなり異例の弱さと言える。

この時期には、リーマンショック(グローバル金融危機)という歴史的な経済危機が起こった。今回は、それに匹敵するような経済危機が起きていない中にもかかわらず、実質個人消費が4四半期連続マイナスとなった理由は、歴史的な物価高騰の影響以外には考えられないだろう。

そして、抑えが効かなくなった円安は、物価高騰がこの先も続くとの個人の懸念を一段と強め、それを通じて個人消費を大きく損ねてしまっているのが現状だろう。この点から、円安に歯止めがかからない限り、個人消費の回復、経済の復調は難しいのではないか。

電気・ガス補助金復活の効果は限定的

岸田首相は、5月末に廃止した電気・ガス補助金を8月から3か月間復活させる方針を示した(コラム「 政府は廃止した電気・ガス補助金を8月に一時復活か 」、2024年6月21日、「 2段構えの経済対策:岸田首相記者会見 」、2024年6月24日)。補助金の額は前回と同水準となる見通しだ。

この補助金復活による景気刺激効果を考えると、個人消費は1年間で+0.06%、GDPは+0.02%とかなり限定的だ(内閣府、短期日本経済計量モデル・2022年版に基づく)。

実質賃金プラスの時期は9月に前倒しも消費の回復には直結せず

厚生労働省が公表した4月分毎月勤労統計(速報)で、現金給与総額の増加率から消費者物価上昇率を差し引いた実質賃金は前年同月比-0.7%と、過去最長となる25か月連続での低下となった。実質賃金の低下は、個人消費の逆風となる。

補助金の復活によって、実質賃金が前年同月比でプラスになる時期は、従来の見通しの今年12月から9月に前倒しされると予想される。ただし、実質賃金上昇率がプラス基調に転じても、それだけで個人消費が力強さを増す訳ではないだろう。

2022年以降、海外でのエネルギー・食料品価格の上昇、円安進行の影響を受けて、輸入物価は大幅に上昇した。日本は未曽有の「輸入インフレ・ショック」に見舞われたのである。物価上昇に賃金上昇が追い付かない時期が続く中、2021年平均と2023年平均との比較で、実質賃金は3.5%も低下してしまった。

年末に実質賃金が前年同月比で上昇に転じるとしても、「輸入インフレ・ショック」前の水準にまで戻るのには、まだ何年も要するだろう。「輸入インフレ・ショック」の後遺症はまだ長く残るはずだ。

景気・物価情勢は日本銀行に追加利上げを慎重にさせる要因に

今回の短観の調査結果が、7月の決定会合やその後の日本銀行の金融政策に与える直接的な影響は限られるだろう。

継続する個人消費の弱さは、追加利上げを一定程度制約する要因だ。また、物価動向についても、日本銀行が持続的な物価上昇、2%の物価目標達成の条件とする、賃金からサービス価格への転嫁も明確に確認されていない。消費者物価統計のサービス価格上昇率は低下を続けている(コラム「 円安下でも基調的な物価上昇率の低下傾向が続く(5月CPI統計):2%の物価目標達成は難しい 」、2024年6月21日)。

年明け後に一時上振れていた企業サービス価格の上昇率も、6月分では前月比-0.1%、前年同月比+2.5%と予想外に大きく下振れ、賃金上昇がサービス価格に転嫁される期待を裏切った。こうした物価動向は、日本銀行に追加利上げを慎重にさせる要因となるだろう。

円安への警戒を強める日本銀行

他方、日本銀行は円安への警戒を強めており、経済・物価動向よりも、為替動向が金融政策決定に与える影響が一段と高まっている。6月24日に公表された日本銀行の主な意見もそれを示唆している(コラム「 為替は1ドル160円目前に:円安への警戒を強める日銀(日銀主な意見) 」、2024年6月24日)。

主な意見では、円安についての言及が目立った。円安への対応では、円安で物価が押し上げられ、2%の物価目標達成の確度が高まるのに合わせて金利を引き上げるべきとの見解と、円安は個人消費などに悪影響を与えることから、そのリスクを軽減するために金利引き上げで対応すべき、との2種類の見解が暗に示されたと考えられる。

この先、円安がさらに進めば、円安を食い止めることも狙って、7月には国債買い入れ減額と同時に、日本銀行が追加利上げを実施するとの観測が強まる可能性がある。

他方、日本銀行は政策を小出しにすることで、円安のけん制効果を持続させようと狙っている可能性も考えられる。この場合には、7月には国債買い入れ減額のみを決定し、そのうえで9月以降の追加利上げを示唆することも考えられるところだ。

現状では後者の可能性の方を高く見て、追加利上げは最短で9月と考えておきたい。物価高で個人消費が弱い中、政府が国民に不人気な利上げを望んでいないことも、日本銀行の追加利上げを当面制約することが考えられる。

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。