大企業製造業の景況感は認証不正問題と円安の影響の綱引きに
日本銀行は7月1日に短観(6月調査)を発表した。日本銀行の利上げ、円安進行などの環境変化を受けても、企業の景況感には総じて大きな変化は見られなかった。
大企業製造業の業況判断DI(最近)は、前回の11から2ポイント改善し13となった。2四半期ぶりの改善となり、事前予想を幾分上回った。
自動車やその関連業種である鉄鋼の景況感は悪化したが、そこには、6月に浮上した認証不正問題による出荷停止の影響があるだろう。自動車の認証不正問題によって名目GDPは983.7億円減少し、関連業種を含めて生産額は2,440億円減少すると見込まれる(コラム「 自動車メーカー認証不正問題の経済への影響 」、2024年6月4日)。自動車の先行きの景況感の見通しも悪化しており、同問題が先行き尾を引くことが懸念されている。
他方で、円安進行は輸出型企業の景況感には追い風となった。特に素材業種の景況感改善がけん引する形で、大企業製造業の業況判断DIは改善した。
大企業非製造業の景況感は17四半期ぶりの悪化
大企業非製造業の業況判断DI(最近)は、前回比1ポイント悪化し33となった。非製造業の景況感悪化は、実に17四半期ぶりである。前回調査でのDIが1991年以来の高水準であったことから、極めて高い水準の景況感は維持されている。しかし今回の景況感の悪化は、インバウンド需要の影響を含め、新型コロナウイルス問題からの回復という経済の追い風が一巡しつつあることを意味しているだろう。
また、小売、宿泊・飲食サービスの景況感が悪化したことは、インバウンド需要の鈍化と物価高による国内消費の鈍化の影響を反映しているとみられる。
人手不足はさらに深刻に
雇用人員判断DIは、人手不足がさらに深刻さを増しており、企業の経済活動、景況感に逆風となっていることを示唆した。雇用人員判断DIは、大企業製造業で前回比1ポイントの悪化、大企業非製造業で2ポイントの悪化となった。先の判断DIについては、中堅・中小企業で大幅悪化となっている。
物価環境には大きな変化は見られない
人手不足が深刻さを増し、賃金上昇圧力は強い中でも、物価環境には大きな変化は見られない。足もとでの円安進行は物価高要因であるが、海外での商品市況の安定や国内での価格転嫁の一巡が背景にあるだろう。
大企業の販売価格判断DI、仕入れ価格判断DIは、過去2年近く顕著に下落した後、今回調査では小幅上昇となった。しかし先行き判断DIは再び下落している。ただし、円安進行に歯止めがかからなければ、価格判断DIは第2ラウンドの上昇局面に入る可能性もあるだろう。
企業の物価見通しは、3年後、5年後の水準が前回調査から0.1%ポイント上昇し、それぞれ2.2%、2.3%となった。円安進行が企業の中長期の物価見通しを幾分押し上げている可能性があるだろう。
他方、大企業の資金繰り判断DI、貸出態度判断DIは前回調査から変わらず、3月のマイナス金利政策解除後も、企業を取り巻く金融環境には目立った変化は見られない。
GDP統計改定と物価高騰の逆風による個人消費の異例の弱さ
ところで内閣府は7月1日に、2024年1-3月期GDP統計(二次速報)の改定値を公表した。GDPの基礎統計の一つである建設総合統計が過去3年間に遡って修正されたことを反映したものだ。
建設総合統計は毎年6月に確定した建設投資額の実績値から算出される直近の補正率を用いて、前年度から 3か年分を遡及改定されるが、今回はそれに加えて、建設工事施工統計調査の新推計、建築着工統計調査の新たな外れ値対応を反映した出来高にする改定が行われた結果、改定幅が大きくなった。
その結果、2024年1-3月期の実質GDP(二次速報)は、前期比-0.5%から-0.7%へ、年率換算値は-1.8%から-2.9%へと大幅に下方修正された。民間住宅投資と公的固定資本形成の下方修正幅が目立った。
そして、1-3月期GDP統計(二次速報・改定値)で、実質個人消費は前期比-0.7%と、4四半期連続でのマイナスとなった。実質個人消費が4四半期連続でマイナスとなったのは2009年1-3月期以来のことであり、かなり異例の弱さと言える。
この時期には、リーマンショック(グローバル金融危機)という歴史的な経済危機が起こった。今回は、それに匹敵するような経済危機が起きていない中にもかかわらず、実質個人消費が4四半期連続マイナスとなった理由は、歴史的な物価高騰の影響以外には考えられないだろう。
そして、抑えが効かなくなった円安は、物価高騰がこの先も続くとの個人の懸念を一段と強め、それを通じて個人消費を大きく損ねてしまっているのが現状だろう。この点から、円安に歯止めがかからない限り、個人消費の回復、経済の復調は難しいのではないか。
電気・ガス補助金復活の効果は限定的
岸田首相は、5月末に廃止した電気・ガス補助金を8月から3か月間復活させる方針を示した(コラム「 政府は廃止した電気・ガス補助金を8月に一時復活か 」、2024年6月21日、「 2段構えの経済対策:岸田首相記者会見 」、2024年6月24日)。補助金の額は前回と同水準となる見通しだ。
この補助金復活による景気刺激効果を考えると、個人消費は1年間で+0.06%、GDPは+0.02%とかなり限定的だ(内閣府、短期日本経済計量モデル・2022年版に基づく)。
実質賃金プラスの時期は9月に前倒しも消費の回復には直結せず
厚生労働省が公表した4月分毎月勤労統計(速報)で、現金給与総額の増加率から消費者物価上昇率を差し引いた実質賃金は前年同月比-0.7%と、過去最長となる25か月連続での低下となった。実質賃金の低下は、個人消費の逆風となる。
補助金の復活によって、実質賃金が前年同月比でプラスになる時期は、従来の見通しの今年12月から9月に前倒しされると予想される。ただし、実質賃金上昇率がプラス基調に転じても、それだけで個人消費が力強さを増す訳ではないだろう。
2022年以降、海外でのエネルギー・食料品価格の上昇、円安進行の影響を受けて、輸入物価は大幅に上昇した。日本は未曽有の「輸入インフレ・ショック」に見舞われたのである。物価上昇に賃金上昇が追い付かない時期が続く中、2021年平均と2023年平均との比較で、実質賃金は3.5%も低下してしまった。
年末に実質賃金が前年同月比で上昇に転じるとしても、「輸入インフレ・ショック」前の水準に戻るのには、まだ何年も要するだろう。「輸入インフレ・ショック」の後遺症はまだ長く残るはずだ。
景気・物価情勢は日本銀行に追加利上げを慎重にさせる要因に
今回の短観の調査結果が、7月の決定会合やその後の日本銀行の金融政策に与える直接的な影響は限られるだろう。
短観でも改めて示された個人消費の弱さは、追加利上げを一定程度制約する要因だ。また、物価動向についても、日本銀行が持続的な物価上昇、2%の物価目標達成の条件とする、賃金からサービス価格への転嫁も明確に確認されていない。消費者物価統計のサービス価格上昇率は低下を続けている(コラム「 円安下でも基調的な物価上昇率の低下傾向が続く(5月CPI統計):2%の物価目標達成は難しい 」、2024年6月21日)。
年明け後に一時上振れていた企業サービス価格の上昇率も、6月分では前月比-0.1%、前年同月比+2.5%と予想外に大きく下振れ、賃金上昇がサービス価格に転嫁される期待を裏切った。こうした物価動向は、日本銀行に追加利上げを慎重にさせる要因となるだろう。
円安への警戒を強める日本銀行
他方、日本銀行は円安への警戒を強めており、経済・物価動向よりも、為替動向が金融政策決定に与える影響が一段と高まっている。
この先、円安がさらに進めば、円安を食い止めることも狙って、7月には国債買い入れ減額と同時に、日本銀行が追加利上げを実施するとの観測が強まる可能性がある。他方、日本銀行は政策を小出しにすることで、円安のけん制効果を持続させようと狙っている可能性も考えられる。この場合には、7月には国債買い入れ減額のみを決定し、そのうえで9月以降の追加利上げを示唆することも考えられる。
現状では後者の可能性の方を高く見て、追加利上げは最短で9月と考えておきたい。物価高で個人消費が弱い中、政府が国民に不人気な利上げを望んでいないことも、日本銀行の追加利上げを当面制約することが考えられる。
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