現時点で早期の追加利上げは見通せない状況
日本銀行は3月18・19日に開いた金融政策決定会合で、大方の予想通りに政策金利の据え置きを決めた。対外公表文では、リスク要因に、トランプ関税を念頭に「各国の通商政策等の動き」が追加された。他方、今後の金融政策運営の記述は、今回の対外公表文では省略されている。
1月24日の前回会合で追加利上げを決めた時点と比べると、経済、金融環境は大きく変化しており、現時点で早期の追加利上げは見通せない状況だ。
昨年12月の決定会合後の記者会見で植田総裁は、トランプ政権の経済政策と2025年の春闘に向けた賃上げのモメンタムを見極めることが、次の追加利上げの条件になる、との説明をしていた。
そして1月24日の決定会合では、1月20日のトランプ大統領の就任日に打ち出された経済政策は想定内であり、金融市場の混乱は見られなかったこと、支店長会議の報告などから、春闘に向けた企業の賃上げ姿勢は前向きであることを理由に挙げ、日本銀行は追加利上げを実施した。
1月24日の前回会合で追加利上げを決めた時点と比べると、経済、金融環境は大きく変化しており、現時点で早期の追加利上げは見通せない状況だ。
昨年12月の決定会合後の記者会見で植田総裁は、トランプ政権の経済政策と2025年の春闘に向けた賃上げのモメンタムを見極めることが、次の追加利上げの条件になる、との説明をしていた。
そして1月24日の決定会合では、1月20日のトランプ大統領の就任日に打ち出された経済政策は想定内であり、金融市場の混乱は見られなかったこと、支店長会議の報告などから、春闘に向けた企業の賃上げ姿勢は前向きであることを理由に挙げ、日本銀行は追加利上げを実施した。
米国経済の減速懸念と金融市場の不安定化
しかしその後、日本銀行の追加利上げを妨げる環境変化が6点生じている。第1に、米国経済の減速懸念の浮上だ。関税や連邦職員の大量解雇、移民規制の強化など、トランプ政権が打ち出す政策が、企業や個人の景況感を悪化させている。2月に続いて3月の消費者の景況感も大きく下振れた。雇用統計などハードデータでも変調が確認されれば、米国経済の減速の可能性は高まる(コラム「米国の消費者心理が急速に悪化:企業データにも変調が広がる」、2025年3月18日)。これは、日本経済の下方リスクも高めることになる。
第2に、米国経済の減速懸念は、2月以降の米国株式市場に調整を生じさせるなど、金融市場を不安定化させている。また、それは、米連邦準備制度理事会(FRB)の利下げ期待の再燃と共にドル安傾向を生じさせている。
米国経済の減速懸念から、昨年7月の日本銀行の追加利上げ直後に急速なドル安円高と日本株の歴史的な下落が生じたが、現状はそうした環境に似てきている。米国経済の減速リスクについては、その時を上回るだろう。こうした環境は、日本銀行の追加利上げの制約になる。
第2に、米国経済の減速懸念は、2月以降の米国株式市場に調整を生じさせるなど、金融市場を不安定化させている。また、それは、米連邦準備制度理事会(FRB)の利下げ期待の再燃と共にドル安傾向を生じさせている。
米国経済の減速懸念から、昨年7月の日本銀行の追加利上げ直後に急速なドル安円高と日本株の歴史的な下落が生じたが、現状はそうした環境に似てきている。米国経済の減速リスクについては、その時を上回るだろう。こうした環境は、日本銀行の追加利上げの制約になる。
輸出全体に25%の関税で、日本のGDPは直接効果で0.6%、間接効果も含めて0.9%低下か
第3に、3月14日には日本の鉄鋼・アルミニウムの対米輸出にも25%の関税が課され、いよいよ日本もトランプ関税の対象となってきた。4月2日には日本の対米自動車輸出に25%の関税、その他輸出品に相互関税がかかる可能性がある。
日本の対米輸出全体に25%の関税がかかると、日本のGDPは直接効果で0.6%程度、間接効果、波及効果も含めて0.9%程度低下することが見込まれる(コラム「日本の対米貿易黒字解消手段を検証:輸出品全体に60%の関税で黒字解消:GDPは1.4%低下」、2025年3月17日、「トランプ関税の米国経済への悪影響に注目が集まる:25%の関税の応酬で米国のGDPは1.8%、日本のGDPは0.9%低下」、2025年3月19日)。これは、日本経済を景気後退に陥れるほどの影響力を持つだろう。そうした状況が見えてくれば、日本銀行は追加利上げを停止し、利下げの可能性さえ出てくる。
日本の対米輸出全体に25%の関税がかかると、日本のGDPは直接効果で0.6%程度、間接効果、波及効果も含めて0.9%程度低下することが見込まれる(コラム「日本の対米貿易黒字解消手段を検証:輸出品全体に60%の関税で黒字解消:GDPは1.4%低下」、2025年3月17日、「トランプ関税の米国経済への悪影響に注目が集まる:25%の関税の応酬で米国のGDPは1.8%、日本のGDPは0.9%低下」、2025年3月19日)。これは、日本経済を景気後退に陥れるほどの影響力を持つだろう。そうした状況が見えてくれば、日本銀行は追加利上げを停止し、利下げの可能性さえ出てくる。
生鮮野菜やコメの価格高騰といった「悪い物価上昇」で個人消費は失速状態
第4に、生鮮野菜やコメの価格高騰の影響などから、個人消費の下振れ傾向がより顕著になっている。日本銀行が発表している実質消費活動指数(旅行収支調整済)は、昨年12月に前月比-0.7%、今年1月に同-1.3%と大きく下振れ、年末以降の個人消費はほぼ失速状態にある。これは、日本銀行に追加利上げを慎重にさせる要因だ。
生鮮野菜やコメの価格高騰による物価上昇率の上振れは、経済の安定を損ねる「悪い物価上昇」であり、日本銀行がそれに対して追加利上げで対応することはないはずだ。
生鮮野菜やコメの価格高騰による物価上昇率の上振れは、経済の安定を損ねる「悪い物価上昇」であり、日本銀行がそれに対して追加利上げで対応することはないはずだ。
春闘で高い賃上げ率継続でも実質賃金の本格回復は見通せず
第5に、連合の春闘の第1回集計で、平均賃上げ率は+5.46%と昨年の第1回集計時の+5.28%を若干上回った。これは、「前年並み」という日本銀行の想定に概ね沿った結果である。
しかし、足もとで生鮮野菜やコメの価格高騰の影響などから物価が上振れる下、昨年並みの賃上げ率では、実質賃金が顕著に上昇することは展望できない。実質賃金でみると、春闘の賃上げも決して積極的なものとは言えず、賃金・物価の好循環で持続的に2%の物価目標が達成できるという姿は見えてこない。
第6に、いわゆる商品券問題などを受けて、石破政権への批判が強まり、政治情勢は不安定の度を高めている。こうした状況の下では、7月の参院選への悪影響を警戒して、政府は日本銀行に対して追加利上げを控えるよう圧力をかける可能性がある。実際それは、日本銀行の追加利上げに一定程度制約要因となるだろう。
しかし、足もとで生鮮野菜やコメの価格高騰の影響などから物価が上振れる下、昨年並みの賃上げ率では、実質賃金が顕著に上昇することは展望できない。実質賃金でみると、春闘の賃上げも決して積極的なものとは言えず、賃金・物価の好循環で持続的に2%の物価目標が達成できるという姿は見えてこない。
第6に、いわゆる商品券問題などを受けて、石破政権への批判が強まり、政治情勢は不安定の度を高めている。こうした状況の下では、7月の参院選への悪影響を警戒して、政府は日本銀行に対して追加利上げを控えるよう圧力をかける可能性がある。実際それは、日本銀行の追加利上げに一定程度制約要因となるだろう。
日本銀行の追加利上げは9月、前倒しされるとしても7月と予想
1月の追加利上げを受けて、金融市場は早期の追加利上げ観測を強めたが、その後はこの6つの点から金融政策を取り巻く環境は大きく変化しており、現状では、日本銀行が早期の追加利上げに踏み切る環境にはないと考えられる。
日本銀行は特に米国経済の減速リスクを警戒しているだろう。仮にそれが一時的な減速にとどまるとしても、それが見極められるまでには数か月の時間は必要だ。米国経済が持続的に悪化する状況を免れるとしても、日本銀行が次に追加利上げに踏み切るのは9月、早まったとしても7月と見ておきたい。
こうした環境変化に加えて、日本銀行は、政策金利が中立水準の領域に入ってきたことを意識し始めており、その分だけ、従来よりも追加利上げに慎重となり、その結果、利上げの間隔もより開くと見るのが自然なのではないか。
現在の物価上昇率を前提に計算すれば、実質金利(名目金利-予想物価上昇率)はなおかなり低いと言えるが、生鮮野菜やコメの価格高騰、円安によるエネルギー、食料品価格の上昇は一時的側面が強く、いずれ物価上昇率は大きく下振れる可能性があるだろう。そうなった際に、実質金利が急速に上昇し、政策金利を据え置く中で金融政策がにわかに経済に抑制的な効果を発揮するようになるリスクがある。日本銀行は、そうしたリスクを十分に考慮に入れつつ、適切な政策金利のピーク水準(ターミナルレート)を見極めながら追加利上げを慎重に進めるはずだ。
日本銀行は特に米国経済の減速リスクを警戒しているだろう。仮にそれが一時的な減速にとどまるとしても、それが見極められるまでには数か月の時間は必要だ。米国経済が持続的に悪化する状況を免れるとしても、日本銀行が次に追加利上げに踏み切るのは9月、早まったとしても7月と見ておきたい。
こうした環境変化に加えて、日本銀行は、政策金利が中立水準の領域に入ってきたことを意識し始めており、その分だけ、従来よりも追加利上げに慎重となり、その結果、利上げの間隔もより開くと見るのが自然なのではないか。
現在の物価上昇率を前提に計算すれば、実質金利(名目金利-予想物価上昇率)はなおかなり低いと言えるが、生鮮野菜やコメの価格高騰、円安によるエネルギー、食料品価格の上昇は一時的側面が強く、いずれ物価上昇率は大きく下振れる可能性があるだろう。そうなった際に、実質金利が急速に上昇し、政策金利を据え置く中で金融政策がにわかに経済に抑制的な効果を発揮するようになるリスクがある。日本銀行は、そうしたリスクを十分に考慮に入れつつ、適切な政策金利のピーク水準(ターミナルレート)を見極めながら追加利上げを慎重に進めるはずだ。
プロフィール
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木内 登英のポートレート 木内 登英
金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。