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金融市場の期待に対して概ね中立的な説明

3月19日の金融政策決定会合で、日本銀行は大方の事前予想通りに政策金利の据え置きを決めた(コラム「しばらくは追加利上げに動けない日銀(3月決定会合):1月追加利上げ以降の6つの大きな環境変化に注目」、2025年3月19日)。金融市場は、今後の日本銀行の金融政策姿勢を占う観点から、会合後の定例記者会見での総裁の説明に注目していた。
 
定例記者会見での植田総裁の説明は、毎回振れが大きく、金融市場の政策見通しに比較的大きな影響を与える傾向が見られたが、今回については、金融市場の期待に対して概ね中立的な内容になった印象だ。
 
1月24日の前回の追加利上げの実施後に、金融市場は日本銀行が追加利上げの姿勢を前傾させているとの見方を強め、一時は今回の3月で連続追加利上げが実施されるとの観測も浮上していた。その影響から長期金利も継続的に上昇したが、現状では、追加利上げ時期についての金融市場の見通しの中心は、7月会合まで後ずれしている。
 
植田総裁は、追加利上げの時期を巡る金融市場の見方を修正する必要性を特に感じなかったことから、金融市場の期待に中立的な説明を行ったとも考えられる。

海外経済動向に強い不確実性

日本銀行が19日に公表した対外公表文では、リスク要因に「各国の通商政策の動き」との文言が加わり、日本銀行がトランプ関税やそれに対する他国の反応などに注視していることが確認できた。
 
植田総裁は、国内の経済・物価情勢はオントラック(想定通り)であるとして、基調的な物価上昇率が2%に向けてさらに上昇を続けるなか、政策金利を徐々に引き上げていくという従来の政策の基本方針を改めて説明した。他方、トランプ関税や米国での企業・個人の景況観の下振れなどについては「非常に不確実性が強い」としており、国内、海外の要因で明暗を分けた形である。
 
4月2日にはトランプ政権は25%の自動車関税と各国ごとに相互関税を発表する予定だ。日本が関税の対象に含まれる可能性は高く、そうなれば、日本経済にも大きな打撃が及ぶことは避けられない。景気後退の引き金となる可能性もあるだろう(コラム「日本の対米貿易黒字解消手段を検証:輸出品全体に60%の関税で黒字解消:GDPは1.4%低下」、2025年3月17日、「トランプ関税の米国経済への悪影響に注目が集まる:25%の関税の応酬で米国のGDPは1.8%、日本のGDPは0.9%低下」、2025年3月19日)。植田総裁は、「景気が悪化する中で無理に利上げを進めることはない」と明言した。

米国では既に企業・個人の景況感が大きく悪化

可能性は限られるが、仮に日本が4月2日に発表される関税の対象とならない場合でも、日本銀行にとっては大きな懸念は残る。他国にかけられる関税の影響や関税が米国経済に与える影響が、日本の輸出環境を大きく損ねる可能性があるからだ。
 
植田総裁は、関税の影響は長期にわたるものであり、すぐには判断できないとしながらも、それが心理面に与える影響から一定程度推測できる、と説明した。トランプ政権が相次いで打ち出した関税、連邦職員削減、移民強化などを受けて、2月の米国の企業、個人の景況感は大きく下振れした。3月の個人の景況感(消費者心理)も予想外の下振れが続いている。実際の経済にもしばらくは減速感がみられると植田総裁は考えているだろう。
 
そのため、4月2日に発表される関税に日本が含まれなければ、5月の決定会合で追加利上げが行われる、という判断にはならないのではないか。米国経済の動向を向こう数か月間は慎重に見極める必要があるだろう。

日本銀行は国内経済・物価には強気だが。。。

国内については、コメの価格高騰の影響について植田総裁に多くの質問がなされた。植田総裁は、コメの価格高騰はサプライショックであり、日本銀行が金融政策で直接対応するものではないとした。他方で、それが個人の中長期のインフレ期待を押し上げ、さらに基調的な物価上昇率を押し上げる場合には、日本銀行の政策金利引き上げを早める要因になり得る、と説明している。
 
しかし、コメの価格高騰は個人の消費意欲をかなり低下させているように見受けられ、消費全体の下振れの要因ともなっている。そのもとで、中長期のインフレ期待を押し上げる要因と判断できるのかどうかは疑問だ。
 
日本銀行が発表する消費活動指数は、1月に大幅に下振れた。コメや野菜の価格高騰の影響が出ていると感じるが、植田総裁は、春節の時期のインバウンドによる消費が季節パターンに影響しており、消費の実態はこの指数が示すほど弱くない、と記者会見で説明した。しかし、インバウンド消費の影響を除く、旅行収支調整済の系列で見ても、同指数は大きく下振れているのである。
 
トランプ関税の発動が進み、米国経済の下振れ傾向がより明らかになれば、国内経済、物価に対するこうした日本銀行の強気の見通しも後退を迫られることになるだろう。海外情勢の急変によって、日本銀行の次の追加利上げのタイミングについては、現時点では全く見通せなくなっている。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。