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相互関税には「法律の壁」も

米トランプ政権は3月26日に、日本を含むすべての国からの輸入自動車に25%の関税を課すことを命じる大統領令に署名した。この関税策は4月2日に発効する。
 
さらにトランプ政権は4月2日に、米国製品に高い関税を掛けている国や非関税障壁があると認識する国に対して関税を課す、「相互関税」を発表するとしている。
 
ただし、この相互関税の内容を巡っては、トランプ政権からの説明は一貫していない面があり、正式発表を見ないとその具体的な内容は分からない。さらに、4月2日に正式に発表されるかどうかについても確実ではない。
 
相互関税の実施に向けて、トランプ政権が最も苦慮しているのは、関税について、米国内での法的裏付けを確保することだろう。相互関税はその趣旨に照らすと、貿易相手国の不公正な貿易慣行に対して追加関税という報復措置をとることを認める、米通商法第301条に基づいて発動されると考えるのが自然だ。
 
しかし、第301条は貿易相手国が不公正な貿易慣行をしているかどうかを、事前に調査することを求める。トランプ政権発足以来、こうした調査を続けてきたとしても、多くの国の多くの品目を対象とする相互関税の調査としては、十分なものではないはずだ。この点から、301条に基づいて相互関税を発動すれば、米議会で反対する動きが出てくる、あるいは、司法が違法の判断を示す可能性もある。
 
その結果、トランプ政権の関税政策が行き詰まってしまうことがないように、相互関税では、一部の国については即座に発効せず、一定の調査期間を設けた後に遅れて発効するという、2段階方式も検討されているとされる。
 
相互関税については、経済の国家緊急事態を宣言し、中国、メキシコ、カナダに対して課した一律関税の根拠ともなった国際緊急経済権限法(IEEPA)を適用すること、25%の自動車関税の根拠とされたとみられる、国家の安全保障を脅かす事態への対応を認める通商法第301条を適用することも検討されよう。
 
また、貿易における差別的な待遇への対抗策を行使できる1930年関税法338条に基づき、最大50%の関税を適用する可能性もある。あるいは、相手国ごとにこれらの法律を組み合わせる可能性もあるだろう。
 
いずれにせよ、広範囲な国と品目に関税を課すトランプ関税は、米国内法に基づく根拠を欠く面があり、トランプ政権は引き続き、こうした「法律の壁」と戦い続ける必要がある。あるいは将来的には、関税の法的根拠の弱さが、トランプ関税の拡大に歯止めをかけ、また、縮小を余儀なくさせる可能性もあるだろう。

EUには20%の相互関税か

ベッセント財務長官は、米国との貿易関係が強い国・地域は、貿易相手国全体の「15%程度」であるとし、それらを不公正な貿易慣行を行う「ダーティー(ずるい)15」と表現し、相互関税の対象とする可能性を示唆している。
 
この発言に基づくと、相互関税の対象となるのは一部の主要国に限られる。しかしトランプ大統領は26日に、「(相互関税は)すべての国を対象にする」と語っており、両者の発言は食い違っている。
 
またナバロ大統領上級顧問は、「一つの数字を課す」と話しており、相互関税では、国・地域ごとに単一の関税率を設定する考えを示している。
 
トランプ大統領は相互関税について、すべての国を対象にする一方で、関税率は低く抑える考えを示している。トランプ大統領は、「寛大なものにするつもりだ。多くのケースで、過去数十年間に我々に課してきた関税より低くなる」「幾分か保守的なものにしようと考えている。人々は喜びながら驚くだろう」と述べている。
 
トランプ大統領が示唆する低めの関税率がいったいどの程度の水準であるかは明らかではないが、ラトニック商務長官やグリア通商代表部(USTR)代表と会った欧州連合(EU)のシェフチョビッチ欧州委員(通商・経済安全保障担当)は、EUへの相互関税が20%程度になるとの見方を示している。
 
EUは、既にEUを対象にして打ち出されている鉄鋼・アルミニウムの関税、自動車関税と合わせて、相互関税についても報復措置を講じる。

日本の相互関税10%でGDPは0.24%押し下げられる

2024年の米国の貿易赤字額を国別及び地域別にみると、EU向けの貿易赤字額は中国に次いで第2位、輸入額は第1位だ。それに対して、日本向けの貿易赤字額は第8位(国別には第7位)輸入額は第7位(国別には第5位)である。この点から、仮にEUへの相互関税が20%となるのであれば、日本はそれよりも低く、10%程度になるとの推測が成り立つのではないか。
 
そこで、仮に10%の相互関税が日本から米国向けの輸出品に一律化される場合には、日本から米国向けの年間輸出額は1兆4,900億円程度減少し、それは日本の名目及び実質GDPを0.24%押し下げる計算となる(コラム「日本の対米貿易黒字解消手段を検証:輸出品全体に60%の関税で黒字解消:GDPは1.4%低下」、2025年3月17日)。
 
また、相互関税率がすべての米国の貿易相手国の平均で10%となり、相手国が同率の報復関税を発動する場合を想定すると、米国経済も相応に打撃を受けるなど、日本の輸出環境はさらに悪化する。そうした間接効果も含めると、経済協力開発機構(OECD)の試算に基づき、10%の相互関税は日本の名目及び実質GDPを0.35%押し下げる計算となる(コラム「トランプ関税の米国経済への悪影響に注目が集まる:25%の関税の応酬で米国のGDPは1.8%、日本のGDPは0.9%低下」、2025年3月19日)。
 
相互関税の他国への影響を加味しない場合の、0.24%という日本の名目及び実質GDPの押し下げ効果に、既に実施された25%の自動車関税の影響を加えると、押し下げ効果は0.4%程度となる(コラム「トランプ政権が日本を含むすべての輸入自動車に25%の関税を発動」、2025年3月27日)。
 
27.5%の水準にまで引き上げられた自動車関税に、相互関税による10%の税率上乗せが適用されない場合には、今回の25%の自動車関税と10%の相互関税による、名目及び実質GDPの押し下げ効果は0.3%程度となる。いずれにせよ、これらの影響により、日本経済の減速感が強まることは避けられないのではないか。

トランプ関税には毅然とした態度を

25%の自動車関税に日本が含まれたことを受けて、石破首相は、あらゆる選択肢を排除せず、引き続き関税の適用除外をトランプ政権に求めると説明している。このあらゆる選択肢には報復関税も含まれるのだろうが、実際には対米関係の悪化を恐れて、それは実施できないだろう。日本は米国からの関税措置に対して、報復関税を講じたことは一度もない。
 
相互関税につても、日本が対象とならないように日本政府はトランプ政権に働きかけているとみられる。国内からは、政府がトランプ政権に対して関税の適用除外を求めるように働きかけることを望む声が強い。実際には、日本が適用除外となる可能性は低いだろう。
 
ただし、日本が自らへの関税措置の適用除外のみをトランプ政権に働きかけるのはおかしいのではないか。そもそも、自動車関税についても相互関税についても、国際的な自由貿易のルールに反する不適切な措置だ。日本政府は、日本への関税措置の適用除外のみをトランプ政権にお願いするのではなく、他国と連携しながら、追加関税措置全体の撤廃や実施見送りを強く要求すべきだ。それこそが、自由貿易のリーダーである日本に求められる重要な責務だ。
 
(参考資料)
「トランプ米政権、2段階の関税制度を検討 4月2日に発表」、2025年3月27日、NIKKEI FT the World
「EUには「20%程度」か=米政権の相互関税-FT報道」、2025年3月27日、時事通信ニュース
「トランプ米大統領:「相互関税低く」 トランプ氏意向」、2025年3月28日、毎日新聞

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。