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トランプ政権は自動車、農産物の輸入を問題視

4月17日に行われた日米関税協議について、赤澤大臣は直後の記者会見では、具体的な協議の内容について明らかにしなかったが、その後、報道などを通じて次第に事実が明らかになってきた(コラム「初回の日米関税協議が終了:トランプ政権が関税協議に安全保障問題、為替問題を絡めてくることが懸念に」、2025年4月17日)。
 
トランプ大統領は、米国の自動車や農産物が日本で売れていないことを問題点に挙げ、さらに対日貿易赤字をゼロにしたい考えを示したという。また閣僚級協議でトランプ政権側は、日本の自動車の安全基準の見直しなどを迫ったという。さらに米、肉、ジャガイモなどの農産物の輸入拡大を促したとみられる。
 
トランプ政権が求める非関税障壁の見直しについて、赤澤大臣は「優先順位を示して欲しい」と述べたとされる。しかし、そのような言い方をすれば、最初からトランプ政権が求める非関税障壁の見直しを受け入れる姿勢を示すことになってしまう。さらに、優先順位を求めれば、上位の要求は受け入れねばならなくなってしまい、交渉の戦略として果たして適切であったのか。
 
これを機に、安くて良い製品の輸入を妨げ、日本国民の利益を損ねるような過度な規制を見直すことは良いことだが、トランプ政権側が求める非関税障壁には根拠がないものも多く、それを見直すことは国民の利益を損ねかねない。例えば、日本での自動車の安全規制の厳格さが米国の自動車の輸入を阻んでいる、というトランプ政権の主張には全く根拠がない。それにも関わらず、トランプ政権の主張を受け入れ、自動車の安全基準を緩和すれば、日本国民を危険にさらすことになってしまう。まさに国益を損ねてしまうのである。

トランプ大統領が「対日貿易赤字をゼロにしたい」と述べた

初回の日米関税協議で最も見逃せなかったのは、トランプ大統領が「対日貿易赤字をゼロにしたい」と述べたことだ。経済学は、1国の貿易赤字は、国際流動性危機、通貨危機などを引き起こす可能性があることから問題となる可能性があることを指摘するが、2国間の貿易不均衡を問題視することはない。それは、自由貿易の中では必然的に生じることだからだ。しかし、トランプ政権は、こうした常識を無視して、各国との関税協議では、貿易相手国に貿易赤字の解消を求めるのだろう。
 
相互関税で、トランプ政権は各国ごとに貿易赤字の解消に必要な関税率を示し、その半分の関税を課すことを当初決めた。この計算式は極めていい加減なものであったが、トランプ政権が2国間での貿易赤字の解消を狙って関税をかけたことを裏付けている。
 
しかし、実際には計算上、貿易赤字の解消に必要な関税率の半分しか相手国に関税をかけなかった。トランプ政権が、今後の2国間交渉で相手国に対米貿易赤字の解消を求めるのであれば、発表した相互関税率の2倍の赤字削減効果を生じさせる施策を、交渉を通じて相手国から引き出す考え、ということになる。これは、相手国の経済に甚大な打撃をもたらしかねない。
 
いずれにせよ、トランプ政権はそのぐらい強硬な態度で関税交渉に臨んでいると言えるのではないか。この点は十分に留意しておく必要があるだろう。

日本の対米貿易黒字解消で日本のGDPは1.4%低下

日本の場合、25%の鉄鋼アルミ、自動車の関税と24%の相互関税によって4.3兆円程度対米輸出は減少し、それは日本のGDPを0.71%低下させると推計される(コラム「トランプ政権が相互関税を発表:24%の追加関税で日本のGDPは0.59%低下」、2025年4月3日)。2024年の対米貿易黒字は8.6兆円であったことから、これらの関税はそれを半分程度縮小させる効果が期待される。それは、日本経済に大きな打撃をもたらす。
 
ところが、トランプ政権の求めに応じて、短期間で対米貿易黒字を解消させるような劇的な輸入拡大、輸出減少策を日本が受け入れる場合には、日本のGDPは1.4%も減少する計算となってしまう(コラム「日本の対米貿易黒字解消手段を検証:輸出品全体に60%の関税で黒字解消:GDPは1.4%低下」、2025年3月17日)。
 
関税発表時よりも、交渉後の方が、日本経済により大きな打撃をもたらす施策を、日本が関税率引き下げと交換で受け入れることをトランプ政権は望んでいると考えることができるだろう。
 
そうであれば、日本政府はトランプ政権の要求を安易に受け入れるべきではない。現状の関税が維持された方が、日本経済への打撃はずっと小さいのである。

日本政府は関税交渉でトランプ政権に対して安易に大幅な譲歩をすべきでない

日本政府は、トランプ政権が日本と優先的に交渉することや、初回の日米関税交渉にトランプ大統領が参加したことを、トランプ政権が日本を重視していることの表れ、と解釈している。しかし実際には、真っ先に交渉を求めてきた日本は、もっとも与しやすい相手とトランプ政権が見なしたことの表れなのではないか。トランプ政権は、最も与しやすい日本から大幅な譲歩を引き出し、それを他国にも求める戦略である可能性も考えられる。
 
関税策は、米国経済を損ね、金融市場を動揺させることから、トランプ政権は関税策を早い場合には今後4~5か月程度で、縮小方向で見直さざるを得なくなることが予想される。日本政府は関税交渉でトランプ政権に対して安易に大幅な譲歩をせず、トランプ政権が関税策を自ら見直すまで待つ方が得策だろう(コラム「日米関税交渉:日本は拙速に大幅譲歩するのは得策でない:世界の自由貿易を守る役割を果たすべき」、2025年4月14日)。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。