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前年同月比でついに2倍を超えたコメの価格

5月の全国コアCPI(生鮮食品を除く総合消費者物価指数)は、前年同月比+3.7%と前月の+3.5%を上回り、2023年1月の同+4.2%以来の高水準となった。基調的な物価上昇率を示す「食料(酒類を除く)及びエネルギーを除く総合」は前年同月比+1.6%と前月と同水準で安定を維持している。やや長い目で見れば緩やかな低下トレンドにあると考えられる。また、物価と賃金の好循環を通じた持続的な2%の物価目標達成の鍵を握ると日本銀行が考えるサービス価格も、前年同月比+1.4%と前月の同+1.3%を小幅に上回ったものの、安定を維持している。
 
このように基調的な物価上昇率は安定を維持しているとみられる中、コアCPI上昇率が上振れているのは、コメ価格の高騰の影響によるところが大きい。5月のコメ類の価格は前年同月比+101.7%とついに2倍を超えた。コメ類がCPI全体の前年同月比を+0.63%、コアCPIを+0.66%押し上げており、コメ価格の高騰がなければコアCPIは前年同月比で+3.0%程度にとどまっている計算だ。
 
ただし、前月比上昇率で見たコメ類の価格のピークは昨年の8月であり、その後前月比上昇率は低下傾向にある。随意契約による政府備蓄米放出の影響から、6月にはコメの価格は前月比で小幅に低下するとみられる。その結果、前年同月比で見たコメ類の価格上昇率は、6月以降は低下傾向を辿ることが予想される。

足もとでの原油価格上昇はGDPを0.15%押し下げ、物価を0.21%押し上げる

コメの価格高騰が終息に向かう兆しがみられる一方、新たな懸念となっているのは、中東情勢の緊迫化を受けた海外での原油価格上昇だ(コラム「中東情勢の緊迫化と金融市場の動揺:シナリオ別日本経済への影響試算」、2025年6月13日、「中東情勢の一段の緊迫化を受けて石破首相がガソリン価格安定化策の実施を表明」、2025年6月19日)。イスラエルとイランの軍事衝突を受けて、WTIの価格は1バレル60ドル程度から足元では75ドル程度まで25%程度上昇している。これは、1年間で実質GDPを0.15%押し下げる一方、個人消費デフレータを0.21%程度押し上げる効果が見込まれる(内閣府短期日本経済マクロ計量モデル(2022年版)のシミュレーション結果による)。海外の原油価格が25%上昇すると、ガソリン価格は1リットル214円程度にまで上昇する計算だ。

石破政権は、7月から8月にかけて、補助金制度を拡充し、全国平均のガソリン価格の上限を1リットル175円程度に抑える考えを示している。この措置が実施されれば、CPI上昇率の更なる加速は回避できるだろう。しかしこの措置によって上昇を抑えることができるのはガソリン価格だけであり、輸入原油の価格上昇が、電気代、ガス代等に与える影響は避けられない。

終わらない悪い物価上昇

ところで、立憲民主党や日本維新の会、国民民主党など野党7党は1リットルあたり25.1円上乗せされているガソリンの旧暫定税率を7月1日から廃止する法案を、6月11日に国会に提出した。20日に採決する方向だ。これが実現すれば、CPIは0.27%低下し、世帯当たりのガソリン費負担は年間9,670円減少する計算となる(コラム「ガソリン暫定税率の廃止は来年4月か:世帯当たりのガソリン費負担は年間9,670円減少」、2025年3月6日)。しかし同法案には与党が反対しており、法案成立の目途は立っていない。

ウクライナ問題を受けた海外原油価格の上昇、円安進行、生鮮野菜の高騰、コメの価格高騰、そして中東情勢緊迫化を受けた海外原油価格の上昇と、代わる代わる物価上昇率を押し上げる要因が浮上しているのが2022年以降の動きである。これらはすべてコストプッシュ型の物価上昇であり、個人消費に打撃となる悪い物価上昇だ。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。